第10話 ごはん

「ハクはまだ寝ているのかな?」

 彼女の家の前まで行って窓から中を覗いてみようとして、すんでのところで思いとどまる。

 様子を確かめることが先だって覗きをしようとしてしまった。世が世なら不審者として捕まっているぞ。

 彼女が起きてくるまで日曜大工でもしてみるか。うまくいけば、家具くらいなら作れるかも。

 道具はダガーのみ。釘もなきゃノコギリもない。

 その時、ハクの家の入口扉が開く。

「おはよう、ハク」

「うん」

 彼女は先ほどまで眠っていたらしく、ぼーっとした目でコクリと頷く。

 ハクがふああと欠伸をしていてペタンと座り込んだ。

「ごめん、起こしちゃったかも」

「ううん、自分で起きた」

「ご飯なら作るよ。昨日は長い間飛んでいたし、疲れが残っているじゃないかな?」

 眠気眼の彼女は扉を開けたまま、自分の寝床へ向かう。

 音を立てないようそっと扉を閉め、クーンの首元をわしゃわしゃしてから作業を開始する。

「何を作るにしてもまずは木材からだな」

 廃材を使うか、新しく木を切るか。

 木を切るより廃材を利用した方が手間がかからないと思うも……。

 元家屋だった廃材は手に取って確認するまでもなく、朽ちてとてもじゃないけど雨風に耐えられそうになかった。

「となれば、木を切るか」

 付与術で強化したダガーなら軽く撫でるだけで伐採が完了する。

 これだけ簡単に切れるなら、いっそ家作りに挑戦してみるのもいいかも。無謀だよなあ、と思いつつも次々に伐採し、枝を落とす。

 二十本くらい伐採して枝落としまでしたけど、体感で30分もかかっていない。

 身体能力も強化しているからな。

 だから、丸太もこんな感じだよ。小学校三年、四年くらいの男の子が抱えることも難しい丸太を片手で軽々と持ち上げひょいと投げる姿は凄いを通り越して滑稽に見える。

 自分で言うのもってやつだけどね。

 とまあ、付与術があれば大工仕事も楽々なんだぜ。

「ほいさ、ほいさ」

 次々に丸太を投げ、積み上がっていく。

 全部投げ切ったところで、クーンが丸太の上に登ってはっはと舌を出す。

「わおん」

「よおおっし、競争だ」

 予定変更。急ぐものでもない。クーンの遊んでオーラを感じ取った俺は彼とかけっこをすることにした。

 走り始めた途端にハイ・アジリティの効果が切れる。俺の動きがスローモーションのようになってしまう。

 素の俺は年齢相応、いや、それ以下の速度でしか走ることができない。すぐに息切れするし……。

 付与術の研究優先で余り運動をしてこなかったから、仕方ない、仕方ない。

 同年代の中では身長も低い方だし。

「発動。アルティメット」

 究極の身体能力強化付与術ならどうだ。

「う……」

 アルティメットは身体能力だけじゃなく五感も強化する。草のこすれる音、風の音、遠くで葉が揺れる音、クーンの息遣い、音だけでも情報量が多すぎてクラクラきてしまった。

 嗅覚の方もやばい。

「わお?」

 心配したクーンが俺の手をぺろぺろと舐める。

「大丈夫だよ」

 背伸びして彼の頭を撫でると、ぴこぴこ耳を動かして反応してとても可愛い。思わず抱きしめてしまったほど。

 彼を抱きしめて力加減がつかめてきた。今の俺は筋力もとんでもないことになっているから、いくら丈夫な彼でも思いっきり力を込めたら怪我をさせてしまうに違いない。

 唐突であるが、小さな子供から成長して大人になるわけだろ。成長に合わせて意識せずとも力加減を身につけている。

 俺の場合は大人から子供になった経験もあるので、身体能力の変化に慣れていたのがアルティメットの強化の勘所がつかめたのかも。

 戦闘中にアルティメット・ストレングスで強化された戦士が十全なパフォーマンスを発揮できるのか分からなくなってきたな。

 ……深く考えることはやめよう。

 随分と考え込んでいたと思っていたけど、クーンの耳ぴこ二回分しか経過していない。

 下手に加速すると余計なことを考えすぎてしまうな……。

「こんな感じか」

 人間の耳ってものはよくできている。聞きたい音だけが聞こえるようになっているんだ。他の感覚もそう。

 意識して拾うようにすれば情報量に潰されることもないぜ。

「お待たせ、クーン」

「わおん」

 俺が動き出す前にクーンが駆けだす。は、速ええ!

 四足だと加速力が段違いだな。あっという間にクーンの姿が米粒ほどになる。

 さあ、行くぞ。

「う、うあああ」

 勢いよく飛び出したら、文字通り飛んでしまった。十メートル近く先でようやく着地する。これには走り幅跳びの選手も真っ青だよ。

 最初はそーっといかなきゃ、よし、慣れてきた。

「わおん」

「よおし、滝のところまで行こうぜ」

 クーンのスピードにも余裕でついていける。ハッスルしたクーンが俺を乗せ、温泉にどぼーんと飛び込んだ。

「あははは」

 楽しい。服を着たままだったけど、後で乾かせばいい。誰に見られるわけでもないしさ。

 温泉からあがり、服を絞ってその辺の枝にかけておく。クーンはぶるぶるするだけのお手軽さである。

 ちょうどここでアルティメットの効果が切れ、途端に体が重くなった。アルティメットのように強化率が高い付与術は切れた時の方が注意しなきゃだな。

 しっかし、こいつは癖になる。アルティメットで強化された時の全能感は。

 

「そろそろご飯の準備をしようか」

 崩れた家には竈もあって、少しいじるだけで使えそうだった。

 今日はこの竈で煮炊きすることにしようか。

 場所はハクの家の向かいである。火種は廃材を細かくしてくべることにしよう。

 食材が魚と大きなキイチゴしかないのが寂しいけど、そのうち充実してくるさ。

「ハク、ちょうどよかった。一緒に食べよう」

「うん」

「魚かキイチゴしかないのだけど」

「どっちでも」

 眠気眼をこすり、ふああと欠伸をした彼女はてくてくと歩き竈の傍で座る。

 日は沈み、空には満点の星空が広がっていた。

 灯りもなく、パチパチと火の爆ぜる音だけが響く。

 ランタンをつけたものの、竈の灯りで十分かな。今日は月明かりもあるし、食べ終わったら松明も作ろう。 

 焼き立てでじゅわじゅわしている魚を串ごとハクに手渡し、俺もがぶっといく。

「熱っ!」

「ハクは平気」 

 クーンもはふはふと魚を食べ、あっという間に焼けた分の魚がなくなった。

 まだまだあるぜ。

 川魚に塩を振っただけでも、みんなで食べるとおいしいもんなんだな。屋外で食べてキャンプ気分というのも味を良くしている気がする。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る