第9話 すんげえダガー

「ふああ」

「わお?」

 スローライフだ、と意気込んでいながら、ハクの家に泊めてもらった。

 ま、まあ。家がないわけで野営グッズを一つたりとももっていないから甘えさせてもらったんだ。しばらく泊めてもらいことになりそうなので、彼女にはたっぷりとお礼をしなきゃだな。うん。

 彼女の家にあるもので、これが習慣か種族の差だと思ったのは寝床だった。

 鳥の巣のようなカゴを天井から吊り下げ藁を詰めたベッド? で丸くなって寝る。

 俺? 俺は極上のふわふわ布団で寝ていたよ。クーンのお腹に頭を乗せてね。

 昨日は疲れからか、空腹でも横になったらすぐに寝てしまった。

 ここは水源が豊富で、温泉が湧き出る泉とは別に崖の中腹から流れる滝より続く川もある。川でバシャバシャと顔を洗ってついでに水を飲む。

 川があるということは魚もいる。

 釣り竿もなければ紐、針もないのに魚をどうやって捕まえるのかって? そいつは簡単なことだよ。そう、付与術があればね。

「クーン、付与術を使うよ」

「わおん」

 クーンの魔力のおかげで「本来の」付与術を発動することができる。魚を獲るのだったら、これで十分だろ。

「発動。ハイ・ストレングス」

 赤色の光に包み込まれ、筋力が強化される。ぐーぱーしてみるも、特段強くなった感じはしない。この辺り、筋力や敏捷を強化した際の注意点である。

 自分の感覚としては強化されたように感じられないから、力加減が難しいんだ。元の俺の魔力なら最上級のアルティメットでも大した強化はできなかったので、気を払うまでもなかった。しかし、今は違う。

 試してみなきゃ、始まらない。

 靴を脱ぎズボンを太ももくらいまでまくって川に入る。

 お、ちょうどよさそうだな。俺の体格で両手いっぱいに開いたくらいの岩に手を当て思いっきり力を入れる。

 ズズズズ。

 軽々と俺の体重より遥かに重い岩が持ち上がった。思った以上に岩が大きく元に戻すべきか悩んだが、近くの岩にバチコーンとぶつける。

 岩と岩がぶつかった衝撃で魚がぷかぷかと浮いてきた。

 浮いた魚を岸へ放り投げ、魚の捕獲完了である。

 岩をぶつけるだけで魚が獲れてしまう。何てお手軽なやり方なのだろうか。これは最も原始的な魚獲りの手法でガチンコ漁と呼ばれているものである。

 日本では法律で禁止されている漁獲方法であるのだが、ハクと俺しかいない虹のかかる渓谷では法律なんてもちろん適用されない。

「クーンは魚を食べることができるのかな?」

 犬は雑食であるけど、フェンリルは果実食とか文献に書いていた。クーシーはどうなんだろう。

 その前にどうやって火起こしするかだよな。ハクはまだ寝ているので起こしたくはない。

 そんな時は廃屋を漁ってみるに限る。透明なガラスの破片があったが、水を入れて太陽光を集め火をつけるに適した形のものはなかった。

 ここはそうだな、強引に行くか。

 枯木を力任せにこすりあわせると、ハイ・ストレングスの筋力強化の恩恵であっさりと火がつく。

 魚をナイフで捌き、こちらも廃屋で発見した串に突き刺してじりじりと焼く。

「塩があれば……腹が膨れるだけましか」

「わお」

 クンクンとした後にクーンも焼き魚を食べる。彼が魚を食べられるようでよかったよ。

 塩だと腐るものではないし、廃屋の残骸の中に残っているかもしれないか。

 再び廃屋の残骸を漁り、壊れていない食器類や錆びた刃物などに加え、岩塩も発見した。

 塩、魚、水にあとはビタミンをとれる野菜か果物があれば当面は凌げそうだ。

 木の実だったら発見しやすいので探索すれば見つかるはず。だけど、食べられるか食べられないのか分からないのが痛いところである。

「ん」

 クーンが食べられるもの、との前提であるが、彼にクンクンしてもらえれば判別がつくか。

「クーン、渓谷の外へ散歩に行こうか」

「わおん!」

 散歩の言葉に反応したのか、尻尾をブンブン振ったクーンが伏せのポーズを取る。

 彼の伏せは俺に乗ってくれ、ってことだ。

「よおし、食材を探すぞお!」

 傾斜のきつい坂でもなんのその、クーンのスピードがグングンとあがる。

 

「お、あの赤いのはどうだろ」

 クーンの背の上に立って、見た目キイチゴで大きさが桃くらいの果実をもぎ取った。

 彼にクンクンしてもらって……あ、食べちゃったぞ。

「おいしい?」

「わおん!」

 おいしいらしい。ボロボロになっていたが袋も廃屋からゲットしているので、そいつに詰め込むとしよう。

 あっという間に一抱えほどもある袋に桃サイズのキイチゴでいっぱいになった。

 袋いっぱいになったので、ハクの家まで戻ることにする。彼女にもよい土産ができてよかったよ。

 

 魚でよければすぐに獲れるので、お次はこいつを試してみよう。

 マルチェロのダガーを鞘から引き抜く。

 自分で言うのは何だが付与術の応用力は無限大なのである。付与とは何か、を一言で表すと強化だ。

 身体能力強化は俺だけじゃなく、他の人にもかけることができる。もちろんクーンにだって。

 そして、身体能力強化と双璧を成すもう一つの力がエンチャントってやつである。

 物は試し、やってみせようじゃないか。

「エンチャント・タフネス、そして、エンチャント・シャープネス」

 タフネスは耐久性を、シャープネスは切れ味を強化できる。

 エンチャントもまた、中級にハイ・タフネス、上級にアルティメット・タフネスと強化率をアップ可能だ。

 エンチャント・タフネスをかけたのは借り物のダガーに傷をつけないため。本命は切れ味の方。

「はっは」

「木の幹かあ。枝の方が……」

 クーンが嬉しそうに木を見上げ尻尾を振っている。枝の位置は高く、俺の背丈じゃあクーンの上に乗っても届かない。

「うんしょっと」

 撫でるように軽くダガーを振るってみる。

 ズズズズ。

「え……」

 ダガーを撫でたところから木の幹が斜めにズレていく。

 ドシイイイイン。

 クーンが俺を抱え上げ、素早く退避してくれた。

「い、いやいや、嘘だろ」

 ダガーと倒れた木へ交互に目をやり、目を大きく見開く。信じられない、なんだこの威力は。

 本来のエンチャント・シャープネスはここまで強化されるものなんだっけ?

 取り扱いに注意しなきゃ、切っちゃいけないものまで切ってしまいそうだ。

 しかし、身体能力強化、感覚強化、そして武器へのエンチャントがあれば戦い素人の俺でも害獣を退けることができる……多分。

 最悪逃げることは可能だろうから、何とかなりそうだ。

 クーンの魔力によって本来の力を取り戻した付与術があれば安全を確保できるだろうと試してみたら、想定以上でビックリだよ。

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