第7話 きんもちいい

 クーンをわしゃわしゃして抱きしめる。その時気が付いた。

 川に飛び込んで岸に置いて来た上着はともかく、他はずぶ濡れだった。

 特に酷いのはブーツで踏みしめると水が溢れてきて気持ち悪いったらありゃしない。

 髪から垂れる水滴を払うように首を振ると、ポンとマルチェロが俺の肩を叩く。

「飛び込んだ時は焦ったぜ。無事でよかった」

「つい飛び出しちゃった。ナイフ、ありがとう」

「ズブ濡れじゃねえか。ここで乾かしてから動いた方がいい」

「ありがとう」

 ほら、脱いだ脱いだと仕草をしながら枝を集め始めるマルチェロ。

 動き始める彼に対し、女の子はじっと俺を見たままであった。見つめ合ったままは少し気まずい。取り繕うようにして彼女へ声をかける。

「え、えっと。俺はティル。君は?」

「ハク」

「ハク、俺はしばらくここで暖を取ることにするよ」

「寒い?」

 濡れているから体温が奪われて多少寒くなっているけど、現在の気温は高いしハクの言わんとしていることは分かる。

 歩いていなくても汗ばむほどだからね。

 といっても、濡れている俺を見て「寒い?」は少しばかりズレている気がする。あくまで自分の感覚で、だから世間一般では特に違和感を覚えるものではないのかも?

 インターネットはもちろんラジオでさえない環境だから、世間との意識の共有は希薄な世界である。その分、個々人の考え方に個性があり、これはこれで悪くないと思っているんだよな。

 日本の生活は便利で快適だったけど、この世界はこの世界で良いところも多い。どちらかを選べと言われたら……日本かな。

 他にも俺と同じような転生者がいたとしたら、是非とも聞いてみたい。

 とりとめのないことを考えながら服を脱がずマルチェロに続き枝を集めていると、クーンも口で枝を運んできてくれた。彼が咥えた枝は葉が沢山ついているものだった。

「賢いな、クーン」

「はっは」

 葉は枯れていて乾燥していたのでそのまま焚火につかえそうだ。

 俺たちの様子を見てハクも手伝ってくれた。

「助かるぜ」

 マルチェロが片目を閉じ、お礼を述べる。礼を言うなら俺の方だよ、と彼に告げ、みんなに俺からも感謝を伝える。

 マルチェロがカチカチと火打石を叩き、枝に火をつけた。すぐにパチパチと乾いた音がし始める。

 頃合いを見て適当な枝に服を引っかけ火に近づけた。寄せ過ぎると燃えるから注意が必要だ。

 靴もひっくり返して乾かし、ズボンも脱ぎ……下着はさすがにハクの前では我慢した方がいいか。

 上着を肌の上から直接羽織って「ふう」と息をつく。

「乾かさないの?」

「え、いや」

 ハクが言わんとしていることは分かる。戸惑う俺がおもしろかったのか、マルチェロが腹を抱えて笑っているじゃあないか。

 マルチェロとクーンだけなら遠慮なく下着も脱いじゃうのだけど、ハクの前だとさすがにセクハラが過ぎるだろ。八歳なら、すっぽんぽんでもまだ許されたりする?

 いやいや、許されたとしても大人な心の俺の精神的にセクハラだと思ってしまうって。


「よっし。こんなものかな」

 服を着て靴の様子を確かめる。結構な時間がかかってしまった。 

 太陽が傾き始め、あと一時間もすれば夜のとばりがおりるだろう。それにしても、長い一日だったなあ。

 怪鳥に攫われ、マルチェロとフェンリルに助けてもらって、クーンとハクに出会い。

 ん、ハク? ハクは俺たちと焚火を囲んでいる。

「急いでハクの村に戻らないと」

「村?」

 コテンと首をかたむける彼女であったが、当たり前のように一緒にいたので抜けていた。

 マルチェロも枝を焚火に投げ込もうとしていた手が止まっている。

 状況からみて彼女が村から出て採集とか水を汲みに来たとかそんなところであることは明白だ。

「暗くなるとより危険度が増すし、動けなくなっちゃうからさ」

「巣のこと?」

「君の住処まで早く帰らないと、危ないかもだから送るよ」

「クーンに頼んで」

 クーンが彼女の村の場所を知っているのかな?

 彼の首元をわしゃっとしたら尻尾をフリフリして喜んでくれた。

 ……じゃなくってだな。

「クーン、巣の場所って知ってるの?」

「わおん」

 ふんふんと鼻を鳴らし俺の周りをグルグルするクーン。

 満足したのかその場で伏せて尻尾をフリフリ、俺へ首を向ける。

 可愛いなあとかつての愛犬の姿と彼の姿が重なった。

 様子を見ていたハクがそっけなく尋ねてくる。 

「乗らないの?」

「乗せてくれるの?」

 聞き返してしまった。いくら大きいとはいえ犬の骨格で人を乗せて動くことなんてできるのか?

 試しに彼にまたがってみたら軽々と彼が立ち上がる。

「お、おおおお」

「わおん」

 クーンが軽快にに右へ左へステップを踏む。この調子だと余裕で俺を乗せて走ることができそうだ。

 なるほどなあ。俺と同じくらい小柄なハクなら彼に乗ってもいけそうじゃないか。

「ハクはどうやってここまできたの?」

「飛ぶ。ティルは飛ばない?」

「と、飛べないかな……」

「ティルはクーンに乗って」 

 まさか飛べるなんて。

 ハクが両手を握り、胸の前にもってくると背中から白い翼が生えてきた。翼は翼竜や飛竜の翼に近い。

 パタパタと翼をはためかせると、こちらにまで風圧が感じられた。ハトとかでも近くで飛ばれると凄い風圧がくるものな。人間サイズの翼となると離れていても風を感じるのもさもありなん。 

「クーン、案内してくれ」

「わおん」

 伏せのポーズをした彼にまたがり、首に手を添える。ふわふわで乗り心地抜群だ。まさか犬に乗れる日が来るなんて言葉に言い表せないほど感動だ。

「うあ」

 クーンが走り始めたかと思うとグングン速度があがっていく。ちょ、ハクがついてきているか確認しながら行きたかったのだけど……。 

 と思ったら、地上から1メートルくらい宙に浮いたハクが並走しているではないか。

 彼女の飛び方は空を飛ぶのではなく、宙に浮いて移動するイメージに近い。

 地上から1メートルくらいのところをホバリングするように移動している。

 こいつは馬より速いかもしれない。

 難点はすでにどこにいるのか全く分からないことかな……えへ。

 あれ、何か忘れていたような。

 

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