第6話 クーン

「わおん」 

 岸に戻り、犬がプルプルとすると濡れていた時は茶色のだった犬の毛並みが純白に変わったではないか!

 キラキラと弾けた水が光に反射し、美しい純白を際立たせる。

 それだけじゃない。柴犬より少し大きいくらいのサイズだったのが、むくむくと早回しのようにサイズが大きくなっていく。

 ただの飼い犬だと思ったが、こいつは魔獣やモンスターの一種かも。

 犬型の魔獣やモンスターは多数いて毛の色や爪の形、大きさなどで判別できる。中には分かりやすいのもいるのだけど……角が生えていたりする種とか。

 純白の大型犬より大きなサイズは俺を助けてくれたフェンリルくらいのものだと思っていたのだけど、こいつの種族はなんなのだろうか。

 忽然と姿を現したあの女の子の飼い犬なんだよな? ひょっとしたら彼女は魔獣使いの能力を持っていたりするのかも?

 彼女もまた俺が初めて目に見る種族だし、フェンリルからはじまった一連の流れは未知なことばかりで頭が追いついてこないよ。

 うーんと悩むが二人からの視線を感じ我に返る。

 俺を心配してくれていたマルチェロだけじゃなく、銀髪で角の生えた少女の目線まで俺に固定されていた。

「あ、あの……」

 見つめるだけで口を開かぬ彼女に困惑する。犬は犬ではっはと俺に向かって尻尾を振っているし。マルチェロはマルチェロで腕を組み押し黙ったままだ。彼とて俺に対し言いたいことがあるだろうけど、空気を読んで待っててくれていることはすぐに分かった。

 気まずい。

 俺の心中など知らぬとばかりに彼女は一歩前に踏み出し踵をあげる。

 背伸びして見上げる彼女の口は閉じたまま。彼女と俺の目線の高さは同じ。息がかかるほどの至近距離でますます気まずくなるのは俺だけなのか?

 たらりと冷や汗が流れ落ちる俺に対しだしぬけに彼女がぼそりと声を出す。

「クーシー」

「クーシー?」

 問い返すもすっと純白の犬を指さす彼女。

 あの犬の種族がクーシーっていうことかな。

「知らない?」

「初めて聞く種族だよ。あ、あの犬の名前がクーシーなの?」

 彼女は左右に首を振り否定する。

 初対面の俺に対し緊張しているのか、元々言葉数が少ないのかはまだ分からない。単語単語で語られても何のことか掴みきれないぞ。

 聞いていいものかと悩んでいたら、ぽつりぽつりと彼女が語り始める。

「ダイヤウルフ。心から信頼。魔獣より聖獣に至る。アナタの愛」

「え、えっと。元はダイヤウルフという魔獣で、俺が助けたことでクーシーに進化した?」

 彼女はコクリと頷く。この後もポツポツと彼女が語ったことをまとめるとこんな感じだ。

 彼女は溺れるダイヤウルフを発見したものの、自分では川の中に入り救い出すことは難しかった。

 そこへダイヤウルフと何ら繋がりのない俺が打算などなく彼を救い出したことで、ダイヤウルフがクーシーに進化したのだという。

 ダイヤウルフは一生をダイヤウルフのまま過ごすものが大半で、命の危機に陥ることも少ない。

 ダイヤウルフは森の中ではそれなりに強い種族らしく、足も速く賢く気配を察知する能力にも長ける。

 ああ見えて果物食らしくて人を襲うことはないんだって。

 ダイヤウルフが心から信頼できると思う相手が現れた時、彼らはクーシーに進化する。たまたま通りがかって助けただけなのだけど、クーシーに進化することを俺が知らなかったことが幸いしたのだと思う。

 そもそも、俺は彼女の飼い犬と自分の飼い犬を重ねて動いたんだものな。

 彼女が何故このような場所にいたのかとか、ダイヤウルフと知り合いだったのか、何てことは分からない。彼女から語らないなら俺から聞くつもりもなかった。

 興味がないのかと聞かれれば、無いわけではない。だけど、無用な詮索はトラブルの元だとこれまで生きて来て学んできたからね。

 触らぬ神に祟りなし、だ。

「待ってる」

「あ、ごめん。待ってる人がいたのか。長話しちゃったよな」

 フルフルと左右に首を振る彼女。

 そして彼女が見やるはくだんのクーシーだった。

「君が俺を?」

「わおん」

 クーシーが頭をあげて撫でてとでも言ってるかのようだ。

 純白でふわっふわの毛に吸い寄せられるように手が伸びる。彼の頭に触れ予想以上の手触りに目じりも口も自然と下がった。

 その時、手から魔力の流れを感じる。この感覚は慣れ親しんだものだったが、初めての感覚であった。

 何を言ってるのか分からないと思われるかもしれない。

 魔力の流れは「自分の体内」で循環するもの。付与術を始めとした魔力を使い魔法を発動させる時には自分で体内の魔力をコントロールして術式を組む。

 本来、「自分の体内」でしか流れない魔力がクーシーから俺に伝わってきたんだよ!

 これで意味が伝わっただろうか。

 他者へ魔力を流すことが不可能なことではないと知っている。魔法の中にはトランスファーってものがあって、他人に魔力を分け与えることができたりするものもある。

 俺とクーシーは特段魔法を使っているわけではない。これはクーシーの能力なのかも。

「お、おお。俺の魔力も君に流れるのか」

「盟約……アナタが望むなら。クーシーは望んでいる」

「盟約?」

「アナタはクーシーの魔力に触れている。クーシーもアナタの魔力に触れている」

 ピンときた。俺とはまるで畑違いの分野だったので「魔法」の観点からしか考えられなかったぞ。

 彼女に言われてハッとなったよ。

「クーシー……名前はないよな」

「わおん」

「ロウガ、ギンロウ、シルバー……う、うーん」

「くううん」

「クーン。クーンにしよう」

 我ながら単純だが、クーシーの名前をクーンにすることにした。

 膝を地面につけ、彼の頭を撫でる。

 両目を閉じ、手から彼に魔力を流すと彼からも魔力が流れてきた。

「誓う。ティル・オイゲンはクーンを盟友とし、魔力を共有する」

 俺とクーンの体を光が包み込み、盟約の儀が成る。

 盟約のやり方なんて知るはずもなく、適当に宣言しただけなのだが何とかなったようだ。

 彼の魔力が流れ……ってとんでもねえ魔力量だな。いや、俺が少なすぎるだけ……だよな。

 

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