第3話 フェンリル
出来れば二人には俺がいないところでも争って欲しくないな……どちらかが怪我するなんて嫌だ。
「お兄さん、一体何が起こったのか教えて欲しい」
「お前さんが空から降って来たんだ。空でも飛んでいたのか?」
子供っぽく無邪気を装い聞いてみたら、男が目じりを下げ質問を投げかけてくる。
対する俺は「おじさん」と呼ぶか「お兄さん」と呼ぶか悩んでいた。ま、まあ、40歳前後に見えるが「お兄さん」でも間違えてないさ。
「大きな鳥に掴まって、突然、落とされたんだ」
「きっとこいつの気配を感じたんだろうよ」
グイっと顎で犬の方を指す男。
指された本人はふああと欠伸をしながら、呑気に「わうん」と声を出す。
大きさといい只者じゃないのは分かるけど……。
白銀の毛色で馬のように大きな狼、か。しかも、人に敵対的ではない。言葉も理解しているようだし。
そこから導き出される答えは――。
「「フェンリル」」
俺と男の言葉が重なる。
狼系の聖獣のうち最も有名で気高く、強い。英雄譚にも勇者の相棒として登場し、子供からの人気も高いので俺でも知っていた。
怪鳥はフェンリルの威に敏感に反応しビックリし停止したのか。
魔物にあまり詳しくないけど、あの怪鳥だってなかなかのものだったと思う。
フェンリルと一緒にいたこの男もまた?
目線が合うも、男が苦笑しつつ首を横に振る。
「違う違う、偶然、対峙することになったんだ。生きた心地がしなかったぜ」
男から聞いたことをまとめると、たまたま遭遇し、とっさのことだったから剣を抜いた。
しかし、相手がフェンリルでどうやって逃げようか頭を捻っていたら子供が空から落ちてきたのが目に入る。
その後は考えるより先に手が動いていたんだって。剣を放り投げて俺が落ちないように支えてくれた。
「そうなりゃもう開き直るしかないってわけだ」
「は、はは。ありがとうございます」
ありがたいのだけど、変な笑い声が出てしまう。
彼にとっては笑い話かもしれないが、笑い話にするにはちょっとばかし早すぎるよね。
なんて思っていても口には出さないのが、前世の記憶持ちなりの配慮である。子供の体に精神が引っ張られるとか本で読んだ。あれは嘘っぱちだね、うん。
「おもしろくなかったか、こいつは滑ったな」
「ま、あ、まあ、そうです」
「お前さんを見ている方がおもしろい。素はそっちか?」
「どっちも素だよ」
おっと、ついつい口調が変わっていた。戻しはしたが、この人なら口調なんて気にしないか。喋りやすい方で喋ることにしようっと。
たはは、と後ろ首を親指でかきながらまたしても苦笑する。
そんな俺に向け彼が右手を前に出す。
「マルチェロだ。今は冒険者をやっている」
「俺はティル。よろしく」
少しだけ思案し、彼に対しては自分の素の口調を選んだ。取り繕うより、俺としてもこの方がすっきりする。
ふわふわのフェンリルに乗ったまま、彼とがっしと握手を交わした。
「ほんとおもしれえ奴だな。貴族の坊主みたいな格好でコロコロ口調が変わるわ、とんでもねえ状況なのにもう落ち着いていたり」
「変だったかな?」
「そういうわけじゃない。面白いって言ってんだ」
「あはは。マルチェロも相当変わり者だと思うよ」
人好きのする笑顔で「そうか」とぼりぼりぼさぼさ頭をかきむしるマルチェロ。
何だか憎めない、人に警戒心を抱かせない彼の雰囲気は生来のものかな。一期一会が多い冒険者って職は彼にとって転職なのかもしれない。
貴族の子に生まれ、まだ子供ということもありこうして冒険者と話をするのは初めてだ。
ざっくりとカテゴライズするなら、この世界は魔法があるファンタジー風異世界である。ファンタジー風異世界の定番(俺調べ)といえば、ズバリ冒険者だよな。
先生から聞いたり、本で読んだりして冒険者のことは調べた。
彼らは日雇いの個人事業主のようなもので、冒険者ギルドで依頼を受けて依頼を達成することで報酬を得たり、魔物や薬草を売って稼いだり、で生活をしている。
危険と隣合わせであるが、自由気ままな彼らの生きざまは憧れだ。
子供の好きな職業トップ3ってものがあればきっと冒険者もランクインするはず。
彼から色々聞きたいところであるけど、そうも言っていられない。
怪鳥にここまで運ばれた俺は何も持っていないし、どこにいるのかも分からない状況である。
暗くなる前に少なくとも安全に休めるところは探しておかなきゃ。食事や水のあてもない。
うーん。チラリとマルチェロの顔に目をやる。
彼に街まで連れていってもらって……も僅か10歳の子供が生きていくことは難しい。俺が並の付与術師くらい使える奴なら話は別だが……現状自分が食っていけるだけのスキルは持ち合わせてなどいないのだ。
「わうん」
「ん? どうしたの?」
のっしのっしとフェンリルが歩き始めた。
「おいおい、どこに行こうってんだ」
マルチェロもフェンリルの後を追う。
この時はまさかフェンリルが俺の考えていることを察して動き出したなんて思いもしなかった。
◇◇◇
移動すること30分くらいだろうか。
マルチェロがついてこれるようにフェンリルがゆっくりと歩いていたので、そこまでの距離は進んでいない。
それでも俺が30分駆け足をするよりは遥かに進んでいる。
「お、おお」
「お前さんにこの景色を見せたかったのかもな」
辿り着いたのは小高い丘の上だった。遠くの山までここからなら良く見渡せる。
「わうん」
フェンリルが首を右に向け顎をあげた。
彼の視線の先に見せたいものがあるのかな? 目を凝らすが遠くて良くわからないな。
ここは、そうだな。
術式を構築……発動。
「ハイ・センス」
力ある言葉と共に五感を強化するハイ・センスの付与術が俺を強化する。
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