第2話 口移しをしよう

「口移ししない?」


 先輩は言った。


「口移しですか?」


 俺は訊ねた。


 今は昼休み。

 先輩と黙々と弁当を食べていた。


 先輩はハンバーグを咀嚼しながら、思いついたようにそう言った。


「そう。口移し。それも普通の口移しじゃないの」

「普通じゃないってどんなんですか?」


 俺の問いに先輩は口を開いた。

 咀嚼物が見える。


「ばっちいですよ」

「知ってる」

「で? それがどうしたんですか?」

「咀嚼してから口移しするの」


 思わずうへぇっと顔を歪めた。


「汚いじゃないですか」

「それがいいんじゃない」


 そうなのか?

 変なの。


「で? する?」

「しますか」


 先輩の問いに頷いた。

 すると先輩はいったん口の中のハンバーグを飲み込んだ。

 そして新しくハンバーグを口に入れ直す。


 もぐもぐ。

 もぐもぐ。


「くち、あけて」


 ハンバーグを頬張ったまま先輩は言った。

 俺は口を開けた。

 先輩の口が近づいてきて、そっと触れた。

 俺の口の中に先輩のハンバーグが押し込まれていく。


 俺はそれをそのまま飲み込んだ。

 噛まずに済むくらいには咀嚼してくれていた。


「どう?」

「どうと聞かれましても」


 俺は困ったように言った。

 先輩は俺の弁当のつくねを箸で差して言った。


「じゃあ後輩君はそれね」

「はしたないですよ、箸で物を差すなんて」

「今さらでしょ」

「確かに」


 俺はつくねを口に含み、もぐもぐと咀嚼した。

 先輩は目を瞑って口を開く。

 俺は顔を近づけて先輩の口の中につくねを押し込んだ。

 先輩はあえてさらに口を動かし味わっているみたいだった。


「大丈夫なんですか?」


 俺が尋ねると先輩は黙って頷いた。

 大丈夫らしい。

 そして先輩は飲み込むと言った。


「不思議な味ね」

「……褒められてます?」

「別に褒めてはないわよ」

「さいですか」


 思わずため息をついた。

 しかしそんな俺に構わず、先輩はまた口をあけた。


「またですか?」


 先輩は黙って頷いた。

 俺は再びつくねを口に含んだ。


 それから何度か交互に口移しをした。


「満足しました?」

「いったんはね」

「いったんですか」


 また放課後もありそうだ。

 ため息をついた。


「あ、そうそう」


 先輩は思いついたようにそう言って、俺のつくねを箸で掴んだ。

 そしてひょいとそのまま自分で食べる。


「うん。普通に食べた方が美味しいね」

「……元も子もない」


 思わず呆れたように言った。

 そして先輩は自分のハンバーグを箸で掴むと差し出してきた。


「ん」


 俺はそれをそのまま頬張る。


「おっ。美味しいですね」

「そう?」

「はい。美味しいですよ」


 俺が言うと先輩は視線を逸らした。

 俺は先輩に訊ねた。


「これって先輩が作ったんですか?」

「……ひみつ」


 どうやら教えてくれないみたいだ。

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