先輩は退屈している

AteRa

第1話 靴下を交換しよう

注*すこしえっちです

――――――――――――――――



「退屈ね」


 先輩は言った。


「そうですか?」


 俺は読んでいた文庫本から顔を上げるとそう返した。


 ここは文芸部の部室だ。

 部員は二人。

 俺と先輩だけ。


 先輩は机に頬杖をついてもう一度言った。


「退屈ね」

「そうですか」


 俺の返答に先輩は立ち上がった。

 そして俺の前に立ち、ぐいっと顔を近づけてくると圧をかけながら言った。


「た、い、く、つ、ね」

「……何をしてほしいんですか」


 俺が尋ねると彼女はにまぁっと口を三日月に歪めた。

 そして言った。


「何をしてもらおうかしらね」

「考えてなかったんですか?」

「もちろん」


 俺は文庫本を閉じた。

 先輩は俺から顔を離すと指を差してきて言った。


「後輩君が考えて」

「……俺ですか?」

「もちろん」


 うむ。

 何をすれば退屈が紛らわせるか。


「何かしたいことはないんですか?」


 結局、先輩に聞くことにした。

 ヒアリングは大事だ。

 先輩は一拍おいて、こう言った。


「あるわよ」

「じゃあそれでいいじゃないですか」


 俺が言うと先輩は若干視線を逸らした。


「絶対、後輩君はドン引きする」

「しませんって」

「ホント?」

「本当です」

「じゃあ……靴下、交換しない?」

「は?」


 思わず戸惑いの言葉が漏れた。

 俺の反応に先輩はムッとする。


「ほら、ドン引きした」

「してません」

「ホント?」

「本当です」

「なら靴下交換しよ」


 なんだよ、靴下を交換するって。

 意味が分からないよ。

 しかし先輩はいそいそと靴下を脱ぎ始めた。

 俺はため息をついて靴下を脱ぐ。


「はい」


 そう言って先輩は自分の靴下を差し出してきた。

 俺はそれを受け取る。

 なんか少し温かくて湿っている。

 ……ゾクゾクしてきた。


 俺も先輩に自分の靴下を手渡した。

 彼女は躊躇いもせずに俺の靴下をはく。


「温かくて湿ってるね。意外と足汗多い方?」

「ずっと上履き履いてましたから」

「そっか。……てか、後輩君も履きなよ、私の靴下」


 言われて、俺も先輩の靴下を履く。

 少し小さい。

 足も細いのか、脛の辺りがピチピチだ。


「どう?」

「感想を求められましても」

「ちなみに後輩君の靴下からはちゃんと後輩君の体温と足汗が伝わってきてるよ」

「説明しなくて良いです」


 先輩はその上から自分の上履きを履いた。


「今日はずっとこのままね」

「……帰るときはどうするんですか?」

「帰るときにまた交換しよ」


 さいですか。

 俺はため息をついた。

 でも先輩は何だか嬉しそうだった。


「退屈は少しは紛れました?」

「今日のところは大丈夫かな」

「今日のところは?」

「そう。今日のところは」


 ってことはまた明日も退屈になるのかよ。

 こんなんが続くって考えると背徳感がヤバい。

 不道徳すぎるだろ、こんな生活。

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