隠されたもう一つの関係

 リカルド・ベーリングの死からひと月後。


 その後の調べで、セドリックが手紙に書いた通り、盗作は事実だと判明した。

 出版社は遺族に許可をとり、著者名を変えて本を販売することを発表した。出版時に改題していたので、タイトルも原題に戻されることになった。

 挿絵に関しても、スケッチブックに残されていた絵が商業レベルの画力だったことで、セドリックの絵に差し替えられた。

 二人の夢は、形を変えて実現することになった。


「こんなに簡単にわかるのなら、ユリウス・アムンゼンが死ぬ必要はなかったんじゃないでしょうか」


 大切なノートは戻ってこなかったが、名誉は取り戻すことができた。


「それは学生間の殺人というセンセーショナルな事件の起因として、世間の注目を浴びたからだ。当時ユリウス達が出版社に乗り込んでも、あしらわれて終わっただろうよ」


 リカルドの名で何千冊も刷り、全国に発送した後だ。

 子供の主張をまともに取り合うとは思えない。

 もし盗作だとわかっても、立場的に認めなかっただろう。


 今回は犯罪捜査の一環として、徹底調査されたために盗作が発覚した。

 被害者であるセドリックを看取ったのはこの国の王子だ。

 王族が関わった事件として、新聞社は一連の流れを広く報じた。

 こうなってしまえば、出版社が取れる行動は二つに一つだ。

 一つは本を自主回収して販売停止。残る一つは必要箇所を訂正して販売継続。


 十代の少年が書きあげた本格大河小説は、その話題性もあり全国の主要都市で販売されていた。

 回収するとなればかなりの手間で、廃棄となれば損失はかなりのものだ。

 出版社は自分たちは加害者では無く、巻き込まれた被害者だと主張。その上で、若くして命を散らすことになった少年達の無念を晴らすと謳い改訂版を発売した。


 セドリックとユリウスに起きた悲劇は、大手新聞社もゴシップ誌も取り上げたので多くの市民が知るところとなった。

 二人に同情した人々は、改訂版の購入がせめてもの供養になればと本屋に殺到した。


 出版社の杜撰な仕事を非難する声もあったが、リカルドは下手に続編を書こうとせず、ノートに書かれている分だけを本にした。

 作品のことを詳しく聞かれても、“自分は口で説明するのが苦手だから創作した。書かれているものが全てで、その解釈は読み手に任せる”として質問には一切答えなかった。

 リカルドが出版社に提出した本物の筆跡は、契約時のサイン程度。

 確かに出版社は、話題性のある若き才能に浮き足立っていた。だがこれで盗作だと気づけ、というのは無茶な話だ。



「盗作に関しては調査内容が公表されたが、セドリック殺しについては有耶無耶なままだな」


 ルーカスは軽く鼻を鳴らすと、特集記事の書かれた新聞を放り投げた。

 どの新聞社も殺しよりも、盗作に重きをおいて報じている。そちらの方がより悲劇的でドラマチックで、読者の歓心を得られるからだ。


「盗作の証明は捜査によるもので、セドリックが用意していた証拠は結局使われていない。そして殺害方法はどこも記事にしていない」

「ルーカス様が指摘した不自然な点は、今もそのままってことですね」


 ルーカスのデスクの上には、大量の新聞が積み上がっていた。

 彼が実家の使用人に命じて取り寄せた各社の新聞記事だ。


「どこか一社くらいは違う切り口で書くはずなのに、揃って同じ方針だ。……圧力がかかってるな」

「圧力……?」


 殺人も盗作も立派な犯罪だが、何社にも圧力をかけるとなるとスケールが釣り合わない。


「今日の全校集会で、校長から説明があっただろ。あれはつまり、この件はこれで終わりってことだ」


 一連の捜査が終了し、結論が出たから学校は生徒に通達したのだ。


「もしかして捜査にも圧力が……?」

「かもな。捜査資料を見れたらいいんだが、公爵家の力を使っても持ち出すのは無理だった」

「ウソでしょ!? なんてことしてるんですか!!」


 この男。脱悪役を謳っておきながら、ナチュラルに権力に物を言わせようとしていた。


「今は捜査に携わった人間を買収して、「駄目です! ストップ違法行為!」」


 セドリック殺害の件は無実であっても、別の件でお縄になりかねない。


(まったくもう! 油断も隙もないんだから)


 ヘタなことをされたら、彼と行動を共にしているミシェルにもとばっちりがくる。

 いくら無関係だと主張したところで、ルーカス経由で極秘情報を耳にしてしまえば共犯になってしまう。


「そろそろ寮監が来るので、新聞それ片付けましょう」


 今日は部屋点検の日だ。


「授業に関係ない書類は、クローゼットにしまって……」

「ルーカス様?」


 不自然に言葉を途切れさせたルームメイトを、ミシェルは振り返った。


「リカルド・ベーリング……。聞き覚えがあったんじゃない、があったんだ――!」


 言うな否や弾かれたようにクローゼットを全開にして、中身を漁る。

 目的のモノを引っ張り出すと、ミシェルに突きつけた。


「なんですかコレ」

「セドリックの身辺調査書だ。アイツの母親は、出産後にある貴族に嫁いでいる」

「もしかして……」


 話の流れで言われずとも、ミシェルはその貴族がなんという名前か察した。


「嫁ぎ先はベーリング男爵家。セドリックとリカルドは異父兄弟だ」

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