YOUはどうして学院へ?

 ルーカス曰く、セドリックの母親は公爵の意に反して計画妊娠した。

 彼女はただ一方的に、地位の高い男に弄ばれた田舎娘ではなかった。


 利口でないのはその通りだが、野心家でもあったので、避妊に協力するふりをして公爵を裏切った。

 堕胎可能な期間を過ぎてから妊娠していることを明かし、胎の子の母親として“相応の地位”を要求した。

 浅はかな策略に公爵は激怒し、生まれた子供は庶子としてすら認知せずに愛人の弟に引き取らせた。

 出産を終えた彼女は公爵に捨てられ、片付けられるように男爵家に嫁がされた。


 養子では無く、実子として届け出しているので子供――セドリックは、法的には公爵の子でも、愛人の子でもない。

 本来なら、彼は単なる子爵家の庶子として生きるはずだったが、公爵家の唯一の子供が問題児だったために、公爵は保険としてセドリックの養育に干渉するようになった。


 ちなみに公爵夫人との間に新しい子供をもうける、という選択肢はない。

 一度出産を経験した夫人が「二度と嫌だ。男児を産んだのだから、義務は果たしたはずだ」と強く拒否したからだ。


「二人は年子ですね。経緯はどうであれ、男爵と愛し合ったからリカルドが産まれたんですかね」

「子供を使って成り上がろうとした女が、たった数ヶ月で変わるとは思えん。嫁ぎ先で自分の立場を守るためだろうな」


 年の離れた男爵には、既に息子がいた。

 夫亡き後、継子が当主になれば追い出されかねない。

“男爵家で居場所を作るために体が回復し次第、急ぎ子供を作った”というのがルーカスの見解だった。



「すべて作り話とするには、上手くできすぎている。黒幕にとって都合がいいように、一部改変されたんだろう」


「セドリックとユリウスが共同制作をしていた。リカルドがその成果を盗んだ。セドリックはリカルドを憎んでいた――これは事実だと思います」


 老人の目撃証言と暴力事件は、圧力がかかる余地のない純然たる事実だ。

 ミシェルはルーカスの意見に頷き、ひとつ挙げるたびに指を立てた。


「目撃者がいるから、リカルドが自分から飛び降りたのは間違いない」

「廊下にいた生徒と教師ですね」


 あの日は、図書委員の集まりがあった。

 寄贈された本をクリーニングして、ラベリングするために、騎士科・普通科合わせて十数名が空き教室で作業していた。

 作業を終えた彼等は、本を運んでいるときにリカルドの身投げに遭遇した。

 大人数で立場もバラバラなので、口裏を合わせるのは困難。作業日と場所は工作できるが、解散のタイミングを操作するのは至難の業だ。

 故にリカルドが飛び降りたときに側に人がいなかったのも、彼が自分から窓を乗り越えたのも事実。


「公権力や報道に圧力をかけられる人間は限られている。理由は小説の盗作なんて小さな問題じゃないはずだ」


 個人間のトラブルであり、出版社が被る損害も経済に影響を与えるほどではない。

 二人とも弱小貴族の子供だ。今はまだ何者でもない一介の学生であり、権力者が警戒するような相手ではなかった。


「リカルドは、特別なバックグラウンドのない一般市民だ。なにかあるとすれば、王位継承権を持つ父の血をひくセドリックの方だ」


 母方の血筋により順位は低いが、公爵が認知すればセドリックにも王位継承権が発生する。


「セドリック先輩が、王位継承権を持つと困る人物が関わっているんでしょうか……? もしそうなら先輩を保険にしていた公爵閣下と、先輩より継承権が高い人物は除外ですね」


「……」


 頭の中で該当者をリストアップしているのか、ルーカスは返事をせずに瞳を閉じた。背もたれに体重を預け、ゆらゆらと椅子を揺らす。


「……世界観と人物だけじゃなく、出来事も酷似している。たまたま俺の小説と一部同調シンクロした別世界ではなく、あの小説の世界とみて間違いない」


 形の良い唇から、独り言のような呟きがこぼれ落ちる。


「そうですか? ルーカス様から聞いた話とだいぶズレてるように思いますよ」


 思考を整理するために小さく声に出したのだろうが、ミシェルは反応せずにはいられなかった。

 彼女の言葉に、ルーカスはパチリと目を開けた。


「そこだ。ズレたのには理由があるはずだ。……原作と違うといえばお前もだな。どうして弟の身代わりになったんだ?」


「前にも話したじゃないですか。貴族家の男児は入学が義務だけど、ミハイルに集団生活は無理だからです」


 学校に通っている間は、創作活動の時間がセーブされる。ミハイルには不満だろうが、伯爵家の財政は充分回復したので、絵による収入が減ったところで困ることは無い。

 本物のミハイルを入学させなかったのは、ひとえに彼自身が適応できそうにないからだ。


「……いきさつを詳しく話せ。身代わりなんてものを思いついた切っ掛け、そこから入学するまでの流れを説明しろ」


 ミハイルは何年もろくに人と関わらずに生きてきた。

 従兄弟と話したことで“いきなり学校に放り込んだら、いじめられるかもしれない”と気付いたミシェルは、予行練習させて問題なさそうか確認することにした。


 彼女は父の許可を取り“伯爵家の遠い親戚の子”として、弟を若手が多い訓練所に放り込んだ。

 訓練所は敷地内の宿舎で寝起きし、日中は行動訓練を行う。その生活サイクルは、寮で暮らすアドリア学院騎士科の生活と似ている。

 訓練所では規則正しい生活が求められるが、運動量としてはそこまでハードではないので、試すにはもってこいの環境だった。


 成長期を迎える前に引きこもりになったので、現場の騎士達はミハイルを見ても団長の息子とは気付くまい。

 似ていると思ったところで、親戚ならばさもありなんと納得するだろう。

 弟がちゃんとやれているか審査するために、現場を指揮する隊長には事情を話し、冬休み中だったアランにも協力してもらった。


 アランもバルト伯爵家の親戚なので、“卒業後の進路を考えるための体験入団”として訓練所生活してくれた。

 本来なら実家でゆっくり過ごすはずだったのに、彼は嫌な顔をせず二つ返事で引き受けてくれた。

 貴重な休みを費やして、協力してくれた従兄弟には感謝しかない。


 部屋は六名一室の大部屋なので、二人を同室にすることでフォローしてもらいつつ、他のメンバーとミハイルの様子を確認してもらった。

 上司の方は「積極性に欠けるが、大きなトラブルは起こしていない」という結論を出したが、アランの方は「団長の血縁ということで表に出さないが、不満がたまっている。不満の原因は縁故採用ではなく、情報共有ができないこと、自主的に動かないこと、問題を指摘された際の反応が薄いこと」と看過できない内容の報告をあげた。


 ミハイルは口下手だ。

 リカルドの言い訳ではないが、言葉で自分の気持ちを表現したり、対話による問題解決ができないフラストレーションを絵で昇華していた男だ。

 依頼されて絵を描くことはあったが、それは顧客が提出した要望をただ叶えるだけで、彼から提案したりはしなかった。

 報告、連絡、相談、交渉……そういった、他者と連携して物事を進めるためのコミュニケーション能力がミハイルには欠如していた。

 本来であれば成長と共に学ぶべきスキルなのに、人との関わりを絶っていたために育てられず、僅かに残っていた能力も己の内側にこもる日々で退化してしまったのだ。


 数年の間に伯爵家の人間はすっかり慣れてしまったが、彼の事情を知らない者達からすれば、ミハイルは愛想がなく、態度も悪い人物としてうつるようだった。


 ベースとなる部分で躓いているので、ミハイルの就学は危険だと判断した。

 ミシェルが代わりに通うという案に、父である伯爵は最後まで反対したが、従兄弟にもアシストしてもらい何とか説き伏せた。


 彼女が通うのなら、入学先はアドリア学院の騎士科一択だった。

 名の知れた伯爵家の嫡男なので、同学院の普通科は論外。

 家の格からしてアドリアが妥当なので、他校を選べば悪目立ちしてしまう。

 事情を知る身内がいる、というメリットもあったが、彼女はくるべくしてこの学院にやってきたのだ。

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