「騎士科の劣等生」著・ワナビもち先生
「うへぇ」
殿下から渡されたリストを見て、オレは顔をしかめた。
普通科、騎士科合わせて四十余人の名が連なっている。
「誘われて在籍したものの、活動には参加していない者が大半だ」
「あー、確かに。付き合いとか、断り切れずに登録したんだろうな、って名前がちらほらありますね」
知り合いの名前を見つけて呟く。お前らが黒魔術に興味あるとか絶対ウソだろ。
「儀式で殺した生け贄だから、焼却炉に破棄したそうだ」
「埋めてやれよ」
反射的にツッコんだが、その直後にそこかしこにネコやら鳥やらが埋められた土地で、何も知らずに生活する自分を想像してゾッとした。
「ソロモン。カイザー殿下の前だ、口を慎め」
「構わん。ポール・ソロモン、今回はご苦労だったな」
窘めてくる副会長を、生徒会会長である第三王子が制した。
そうですよ、ここは学校。王族と貴族の正しいやり取りがお望みなら、敷地の外に出てどうぞ。
もしオレの言動が気に入らないなら、追い出してどうぞ。
何が悲しくて放課後の貴重なひとときを、
「偶々ですよ」
動物の怪死事件は、新学期に入って間もなく始まった。
新入生の入学、親睦会の準備と立て続けに予定されているイベントに各委員会や教員は慌ただしく、後手に回っているうちに事件はパタリと止んだ。
昨夜、クラスメイトとこっそり学院を抜け出して夜の町に繰り出そうとしたオレは、その犯人である“アゾフの羊”と名乗る連中の集会に遭遇した。
もちろん秘密の脱走計画は失敗だ。
あんなイカれた連中とさえバッタリ出くわさなければ、オレはエリスちゃんと酒場で大人の階段上っていたかもしれないのに。
ちくしょう。
大捕物というか、お互い軽いパニックで乱闘のような感じになった騒ぎの後、消灯後に部屋を抜け出した理由を問い詰められたので「独自に事件の調査をしていた」と寮監にウソついた結果今に至る。
幸か不幸か生徒会長でもあらせられる、我らがフローレス王国のカイザー殿下の目にとまってしまい、ごくごく普通の新入生でしかないオレは、選ばれし者しか足を踏み入れられない生徒会室に召喚された。
あの日、教員宿舎の裏手にある森には十名弱の生徒が真っ黒なローブを纏って輪を作っていた。
フードで顔を隠していたので、名簿のうちの誰があの場にいたかは定かでは無い。
罰則覚悟で消灯後の寮を抜け出して、小動物を殺めて生贄として捧げるなんて理解できない。
若者よ。同じルール違反なら、オレのように女子との楽しいひとときを求めた方が、よっぽど健全だし幸せになれると思わんかね。
真夜中の邂逅にオレはビビったが、連中もビビっていた。
人の顔を見るなり蜘蛛の子を散らすように逃げたが、そのうちの一人を確保したので、ようやく事件のいきさつが明らかになったのである。
オレが捕まえたのは、全く面識の無い普通科の生徒だった。
これでも騎士科だから、普通科のお坊ちゃんを捕まえるくらいわけない。
普通科には血筋は確かだが、あまり裕福じゃない貴族の子が通っている。田舎の三男坊だけど、そこそこの家に生まれたオレとは接点がなかったんだな。
「彼らは、お互いの名前も知らないまま活動していた。定められた日時に、ローブを着用して集まった者は同志という扱いで、お互いを詮索しないのがルールだったようだ」
えー、挨拶もおしゃべりも一切なしで、黙々と儀式を執り行い即解散って、それ何が楽しいの?
危険な火遊びするなら、その高揚を仲間内で分かち合いたいと思わなかったの?
マジで謎だ。一生かかってもわかり合える気がしない。
「捕まえた生徒から活動内容を聞き出すことに成功したが、実際動物の殺害に誰が関与していたかは謎のままだ。野良猫や敷地内に入り込んだ烏はともかく、飼育していた鶏の殺害は犯罪だ」
「そうですか」
正式に飼っていたわけでは無いが、長い間この学院に住み着いていたネコの親子も、敷地の一角で飼われていた卵用の鶏も、連中のごっこ遊びで命を奪われた。
なんちゃって悪魔崇拝だろうと、学校の所有物を損なったのだから器物損壊。家畜は物扱いなんだってさ。
「ポール・ソロモン。この件に関して、君に調査を「お断りします」」
「元々興味があり、独自に調べていたのだろう」
「もう興味失いました。謹んで辞退します」
「……」
………
……
…
殿下から解放され、無人の廊下でオレは首を鳴らした。はー、肩こったわ。
職員室とか、生徒会室とか悪いことしてなくても無駄に緊張するから嫌なんだよね。まあ、今回は悪いことしたのを誤魔化してるから、身に覚えありまくりなんだけど。
「どーすっかな」
昨日エリスちゃんの店に行き、他の連中が飲んでる隙に花祭りに誘うつもりだった。
残党の取り締まりで夜回りが強化されるから、再び抜け出すのは無理だろう。
公然と外出できる日に、堂々と会いに行くしかないのだが……。
「一人で行くのは、うーん……。でも、女の子誘うのに、友達ゾロゾロ連れて行くなんてダサすぎるよな」
みんなで飲みに行ったついでに、こっそり誘うのが理想的だったのに。返す返すも口惜しい。
オレがオカルト同好会の連中に対し恨みを募らせていると、視線の先に見覚えのある黒髪がいた。
「そうだ! おーい、ミハイル!」
存在感ゼロのぼっち少年、ミハイルを連れて行けばいいんだ。休みの日に一緒に食事に行った風を装い、さりげなくエリスちゃんに声をかければバッチリ。
こちらを見て怯むクラスメイトに笑いかけた。
失礼な奴だが、今はそのコミュニケーション能力の低さに感謝する。きっと店でも、みごとな置物になってくれるに違いない。
「次の外出日、一緒に飯食いに行こうぜ!」
一瞬口元を歪めたが、ミハイルは頷いた。
「えーっと。これは単純に誘ったからであって、強制じゃないぞ」
他意はあるが、悪意は無い。
先日の件で脅迫していると思われたら心外だ。
オレはこの先もミハイルのしたことを他人に話すつもりは無い。
◇◇◇
入学式から間もない嵐の夜。
寮の二階で投石事件があった。
その部屋の住人は、ちょうどシャワーに行っていたため、戻ってきた頃には割れた窓から雨が入り込み部屋はびしょ濡れ状態。
同じフロアの連中が掃除にかりだされ、偶々被害のあった部屋の生徒に辞書を返しに行ったオレも巻き込まれた。
石は結構大きくて、風の力で飛ばされたとは到底思えない。
誰かが、雨の中、無人の部屋に石を投げ込んだ。
嫌がらせにしては、外の天気が悪すぎる。
事件の翌日、前の席のミハイルがいつも以上に挙動不審だったのでオレはピンときた。
昨夜はミハイルも部屋の片付けに来ていた。人見知りなのか、人と関わろうとしないコイツにしては積極的に動いていた。
どうにもきな臭いと問い詰めてみれば案の定、ミハイルが事件の犯人だった。
犯行の目的は、煙草を手に入れるため。
窓が割れた状態で、雨に降られた部屋は水浸しになった。
被害にあったのは、“
しまわれているんじゃなく、隠されているのは部屋の点検があるからだ。
隠れて煙草を吸ってる連中はそれなりにいるが、一応校則では生徒の喫煙は禁じられている。
あの部屋の連中はチェックを免れるために、部屋のあちらこちらに煙草を仕込んでいた。
濡れた煙草は乾かしても味が落ちる。
もったいないが、駄目になった煙草はゴミ箱行き。
事件当日、ミハイルはゴミ捨てをかってでていた。
オレに事件の真相を見抜かれたミハイルは、「煙草に興味があったけど、手に入れるツテがなかった。馬鹿な真似をしたと思ってる」と懺悔した。
ミハイルの実家が抱えるバルト騎士団は精鋭ぞろい。
団長でもある伯爵は厳しい人で、幼い頃から厳しく育てられたらしい。
伯爵家唯一の男児であるミハイルは、親元から離れて、ちょっと悪い遊びをしたくなった。
アドリアの学生が、煙草を手にする手段は限られている。
この辺りは田舎なので、近隣の町では販売していない。酒の友として夜の店で提供されるのが精々なので、門限のある学生は外出日だとしても手に入れることができない。
学院は学生の喫煙を認めていないが、吸っている人間は多い。
彼等がどうやって手に入れているかと言えば、単純な話で帰省時に買いだめしているだけだ。
胴元になる生徒が大量に買い込んだ煙草を、他の人間が金を払ってわけてもらう形だ。大体は先輩が買って、後輩が購入する図式になる。
バレたら停学モノなので、誰にでも売るわけじゃない。
コイツなら裏切らない、と信用できる相手にしか紹介しない。
だがコミュニケーション能力が皆無で、他の手段も思いつかないのに興味だけは強くなった結果、教室の隅でいつも俯いている少年は、あんな大それたことしてしまったらしい。
オレに真相を見抜かれたミハイルは、気絶するんじゃ無いかってくらい震えていて、なんだか可哀想になってしまった。
本当は寮監に報告するべきなんだろうけど、窓を割ったのはマズかった。たぶん親に連絡が行く。
そうなった時このクラスメイトはどうなるんだろうか、とオレは思ってしまった。
幸いにも怪我人はいない。
若気の至りでミハイルの人生が潰れるかもしれないと思うと、その引き金をひく覚悟がオレにはなかった。
だから黙っていることと引き換えに、もう早まった真似はしないと約束させた。
「学生の今しかできない息抜きがしたいんだろ。なら遊びに行こうぜ。いい店があるから、連れてってやるよ」
若者よ。湿気た煙草を物陰で吸うよりも、クラスメイトと町にくり出した方がよっぽど健全だし幸せになれるとは思わんかね。
「騎士科の劣等生」より一部抜粋
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