あの日のこと

 今は自習時間なので、高確率で在室しているはずだ。

 ルーカスとミシェルは、ポールの部屋を訪ねた。


「ポール・ソロモン。貴様は入学してから奇妙な事件に遭遇したり、怪しげなものを見聞きしたことはことはあるか?」


「今まさに奇妙な事件が起きてる。どうしてスコーティアがオレの部屋に……?」


 青ざめながらも口は達者はポール。


「学内で動物の死骸を見つけたり、器物損壊の現場に居合わせたことは?」

「なななな何言ってるんだよぉ。そんな物騒な目にあうわけないだろっ!」

「ちょっと、ルーカス様ストップ!!」


 一方的にクラスメイトを詰問するルームメイトを、ミシェルは慌てて止めた。


「ポール。もしも何かに巻き込まれたり、おかしな話を見聞きしてたら教えてくれないか?」

「ミハイルまで一体なんだよ。ロス先輩の件はまだしも、お前ら何がしたいんだよ!」

「えっと。実は僕たち学内で起きる事件を調べてるんだ」


 ミシェルの説明に、ポールは苦虫をかみつぶしたような顔になった。

 なんで自分がそんなことに協力しなければいけないんだ、と顔に書いてある。

 確かにセドリックの件で、ポールは率先して協力したが、それは友人が疑われていたからだ。

 友を助けるためならやぶさかでは無いが、よくわからない活動――しかもルーカス絡みの案件なんて関わりたくない。

 今のところポールはルーカスに何もされていないが、それは単に接触しなかったからだ。接する時間が増えれば、数多の被害者リストに自分の名前が加わるかもしれない。


「……もし協力してくれたら、女の子紹介してあげるよ」

「マジで!?」


 一瞬で顔を輝かせたポールにミシェルは複雑な気持ちになった。


「エリスから聞いたよ。彼女の親戚はお気に召さなかったんだろ」


 彼の反応に腹が立ったので、チクリと刺した。

“ミュリエル”のことを思い出したのか、ポールは「あー……」と複雑そうな顔になった。


「あの子、地毛が黒髪なんだよ。それにどちらかというと綺麗系」

「え?」

「まつげと眉毛。化粧で色を変えてたけど、ちゃんと見ればわかる。頭の方は染めてるのか、カツラなのか知らないけどストロベリーブロンドが浮いてた。系統が違うのに無理矢理かわいい系の格好しててさ、作ってる感が凄くてオレはいいと思えなかった」


 カワイイの権化である“エリス”の変装道具一式を借りたので、自然と仕上がりもそちら寄りになった。

 ミシェルは今までにない自分の姿に、良い意味で非日常を感じたが、ポールには不自然で痛々しくみえたらしい。


 呆気にとられるミシェルに、ポールは首の後ろに手をあてると「本人が満足してるなら、オレがとやかく言うことじゃないから、指摘しなかったけどね」と続けた。

 首に触れるのは、彼が気まずい時によくやる癖だ。

 流石推理小説の主人公になるだけあり、本人は無自覚なのだろうが観察力がある。


「……よくわかった。僕に姉がいることは知ってるだろ。その友達でよければ紹介するよ」


 綺麗系と評されたことでわだかまりが解けたミシェルは、脳内で候補をリストアップした。社交の場に足を運ぶことは少ないが、友人はそれなりにいる。

 伯爵以下であれば、婚約者がいない令嬢も多い。

 まあ紹介はするが、それは交際確約ではない。

 彼女たちを射止めることができるかどうかはポール次第だ。


「やるやる! 全然オッケー! でも何のためにそんなことするんだ? 目的がわからなきゃ、見当違いの話を集める可能性があるから、ちゃんと説明してくれよな」


 もっともな話だ。

 しかしどう説明したものか。まさか本当のことを言うわけには行かない。


「……小説の題材探しだ」

「え?」


 ルーカスが発した言葉に、ポールはぽかんと口を開けた。


「在校生に小説家がいただろ。書いたのは別の人物だったが、結局はこの学校の生徒だ。そいつに負けたくないと思ってな」

「はあ」


 続く説明に納得したのかどうなのか。なんとも気の抜けた反応だ。


「そうなんだよ! ミステリーの題材になりそうな、不可思議な噂や、できごとがあれば教えて欲しい。これまでに、そんな感じのことに鉢合わせたことはなかった?」

「そう言われてもなぁ……」

「よく思い出して!」

「うーん……」


 二人から期待の眼差しを向けられ、ポールは眉間に皺を寄せて記憶を探った。終いには腕を組みウンウン唸るが、何も出てこない。

 暫くその様子を見守ったが、ポールから参考になりそうな情報は出てこなかった。


「――これだけ考えて思い至らないなら、今の時点では“何も起きていない”んだろう」


 ルーカスはそう結論づけると「もし新しい情報があれば、すぐに知らせに来い。俺からも報酬をやろう」と告げた。


「ス、スコーティアからの礼ってなんか怖いな。とんでもないもの渡されるか、受け取ったが最後骨の髄まで利用し尽くされそうなんだけど……」


 ポールは顔を引きつらせたが、タダ働きはごめんなのか「要らない」とは言わなかった。



 寮の部屋に戻った二人は、自習などそっちのけで相談を始めた。

 以前と同じ過ちを犯さないため、声のボリュームには気をつけている。特にミシェル。


「動物の死骸とか、器物損壊とか具体例をあげてましたが、もしかして小説の中で起きた事件ですか?」

「そうだ。そしてポールが解決した事件でもある。器物損壊――投石事件については、事件が発生していないことを再確認した形だな」


 作中ではミシェル達の部屋があるフロアの一室に外から石が投げ込まれた事件なので、もし実際に起きていたら大きな騒ぎになっていたはずだ。


「どちらもセドリック殺しの準備だ。投石事件は毒液を作るための材料確保、動物の死骸は本当に生き物が死ぬのか確認するための実験だ」

「……小説の中で、弟はそんなことに加担していたんですね」


 現実のミハイルは何もしていないが、もし彼が入学していたら計画的に人を殺すことに協力したのかもしれないと思うと胸が苦しかった。


「煙草の調達はミハイルが行ったが、動物実験には関わっていない。ミハイルは“煙草を水出ししたものを飲ませたら嘔吐する。人前で恥をかかせてやりたいから、協力しろ”と説明されていただけだ」


 珍しく彼女をフォローするルーカス。

 投石事件は発生から間もなく主人公が解決したが、ポールはミハイルを犯人として突き出さなかった。“厳しく育てられたお坊ちゃんの過ち”だと、同情したからだ。


「でもセドリック先輩は亡くなった。その後もあの子は、素知らぬ顔で学院生活を送ったんですよね」


 ミシェルは身内の弱さ、愚かさを突きつけられて項垂れた。

 手を潰すと脅されたのは同情する。だがその後の行動はいただけない。


(やっちゃいけないことだって、子供にだってわかることなのに。どうして“ルーカス・スコーティア”から逃げようとしなかったの……?)


 ミハイルの対人能力では、クラスメイトや教師といった他人に助けを求めるのは難しかっただろう。

 だが父や姉、従兄弟までもそうだったのか。

 五年前はまだ幼かったから、誰にも言えずに引きこもってしまった。でも今ですら、家族を頼ることができないのか。

 あの日からミシェルは、弟と新しい関係を築こうと努力してきた。

 だが全部無駄だったと突きつけられたようで、手足が冷たくなった。


「平然としていたわけじゃない。“ルーカス”は凶器の調達と、ポットへの細工をミハイルにさせた。つまり実行犯に仕立て上げたんだ。騙されたとはいえ、殺人に手を染めたミハイルは黙っていることしかできなかった」


 二人とも、作中の“ルーカス・スコーティア”を、今この部屋にいるルーカスとは別人として扱っている。


「自分が人殺しだ、ってバレないようにですね。バレなければいい、と思っていたんですよね」

「アイツ一人の問題じゃない。家族に迷惑をかけるからだ」

「そんなの言い訳です」

「やってしまったことは、取り返しがつかない。だからこれ以上、被害が大きくならないようにしたんだ」


 ルーカスの言葉に、ミシェルは息をのんだ。

 今し方の会話は、そっくりそのまま彼女にも当てはまる。


 自分だって、幼い子供だってわかるようなやってはいけないことを――犯罪の片棒を担いでいる。

 弟に名前を貸して世間を欺いている。


(私も“ミハイル”と同じだ――……)


 他人に危害を加えていないが、だからといってミシェルのしていることが小説のミハイルよりマシという話ではない。


「おい」

「……」


 ルーカスは顔色を悪くした相棒に不穏なものを感じた。

 呼びかけても反応しない。

 考え込んでいる、というより思い詰めている様子だ。


 パンッ!


 ネコだましをして、意識を現実へ引き戻す。

 目の前で手を叩かれたミシェルは虚を突かれた顔をした。


「あーー」

「今は目の前にあるものに集中しろ」


 瞳を揺らすミシェルに、ルーカスは言い聞かせるように告げた。


「ミハイルの件は、俺がそう書いたんだ。ストーリーの展開上必要なことだった。恨むなら作者を恨め」

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