誰が彼を殺したか

 老人が見た二人組は赤毛とブルネット。明るい温室で作業していたのだから、金髪を暗色の髪と見間違うはずがない。

 セドリックと会っていたのはリカルドではなかった。


 では一体誰が、セドリックと温室で過ごしていたのか。

 その答えはすぐに明らかになった。


 リカルドはルームメイトの作品を盗作して出版していた。

作品を盗まれた生徒――ユリウス・アムンゼンこそが、セドリックの創作仲間だった。


 アドリア学院に入学したユリウスは、セドリックと出会い意気投合。

 放課後に人知れず友情を育んだ二人は、セドリックが挿絵を、ユリウスが本文を書いて学生生活の記念に本を作ろうとしていた。

 本を作ると言っても、大々的に出版するわけではない。学院の印刷機を使い、思い出作りをするつもりだった。


 手癖が悪かったリカルドは、ルームメイトの荷物を漁り小説が書かれたノートを見つけた。

 手に入れたノートを軽い気持ちで出版社に送ったら、編集部の目にとまり出版されることになった。

 気がついたときには、ユリウスの小説はリカルドの名で世に出されてしまっていた。


 二人は創作活動をしていることを周囲に隠していた。

 共同制作していた作品が、寡婦にとっては厳しい時代に、強く生き抜いた女性の愛と希望の物語で、年頃の男子としては気恥ずかしかったのもある。

 原稿だったノートは奪われ、セドリックが書いた絵だって本を読んで書いた物だと言われてしまえばそれで終わり。

 ノートを取り戻して筆跡鑑定をすれば、ユリウスが作者だと証明できると出版社に問い合わせたが、残念ながら製本が終わった段階でリカルドはノートを破棄していた。

 盗作だと証明する手立てが無く、宝物を奪われ、踏みにじられたユリウスは自殺した。


 クッションが一つに減ったのは、使うべき人がこの世からいなくなってしまったから。

 セドリックがリカルドを殴った理由を言わなかったのは、証拠がない状態でリカルドを糾弾しても取り合ってもらえないから。下手をすれば亡き親友の名誉を傷つけかねない。

 被害者のリカルドが何も言わなかったのは、言えなかったから。


 アランは生徒会の副会長として、書記だったユリウスと親交があった。

 セドリックはアランに、全てを打ち明けていた。度々部屋を訪ねたのはこの為だ。

 だがアランも一介の生徒。話を聞くことはできるが、問題を解決することはできない。



 親睦会の前、セドリックは一通の手紙を残していた。

 そこにはこれまでの経緯が綴られており、最後に「盗作の証拠を手に入れたが、公表する準備が終わる前に、口封じされるかもしれない。もし自分が死んだら犯人はリカルド・ベーリングだ」と書かれていた。


 手紙は遺品のスケッチブックに挟まれていた。

 身の危険を感じたセドリックは、限られた者しか出入りできない生徒会室に目をつけた。


 生徒会室は隔月の月末に掃除を行っている。

 手伝いとして生徒会室に通っていたセドリックは、室内の掃除用具入れにスケッチブックを隠した。

 親睦会が行われた翌月。いつものように掃除をしようと、ロッカーをあけたアラン達は告発文を発見した。

 内容が内容なだけに、生徒会のメンバーには箝口令が敷かれた。


 優等生が起こした不可解な暴力事件は、学院側も不審に思っていた。

 書かれている内容が本当であれば、二名の生徒がこの件で死亡しており、片方は学生間の殺人だ。

 事態を重く受け止めた学院は、リカルドから話を聞いた後にしかるべき機関に捜査を委ねようとした。教員による聴取を終えたリカルドは寮での謹慎を命じられ、帰る途中で校舎の屋上から身を投げた――、というのがことの次第だ。


 全てが明らかになれば、リカルドは何もかも失う。

 盗作と殺人の罪に問われる前に、死んで逃げたのだろうと結論づけられた。



 一連の流れはあっという間に、全校生徒の知るところとなった。

 ミシェルとルーカスへの疑念は晴れ、立て続けに同朋を失ったものの胸のつかえが取れたように校内の雰囲気は明るくなった。


 平和を取り戻した学院で、ルーカスだけがしかめ面をしていた。


「おい。お前はこの顛末オチをどう思う?」

「一件落着なんじゃないですか。セドリック先輩は殺されてしまったので、めでたしめでたしとは言えませんが」

「一見すると落着してるが、どうにも気持ち悪ぃ」


 イラついているのか、眉間にしわを寄せて吐き捨てる。


「ルーカス様は、何が気に入らないんですか?」

「動機と犯人は、疑いようが無いくらい丁寧に書かれているが、結局セドリック殺しの手段と、アイツが手に入れた盗作の証拠は明らかになっていない」


 確かにその通りだ。

 セドリックの死因は薬物中毒。

 リカルドを警戒して手紙まで残すくらいなのだから、彼から手渡された物を口にするはずが無いし、そもそも二人きりになることすら避けるだろう。

 そうなるとリカルドは何らかの工作をして、標的ターゲットに薬物を盛ったことになる。一体どのような手段をとったのか。

 捜査機関が動いたのなら、一介の学生が行った告発の準備くらい突き止められるだろうに、それについては報じられていない。何故伏せる必要があるのだろうか。


「おそらくこれは作られた結末だ。……主人公ポールのところに行くぞ」

「お兄様の死について、公式発表に納得がいかないんですね」


 交流は無くても、やはり血をわけた存在だ。

 表面的な解決をよしとせず、兄の身に起きたことを解明しようとするルーカスにミシェルは微笑んだ。


「放置して、思わぬところからとばっちりが来たら嫌なだけだ」

「はいはい」


 口を尖らせたところで、照れ隠しにしかみえない。


 このまま終われば、小説のストーリーから外れた結末を迎えられる。

 二人は事件とは無関係になり、死んだり投獄されることは無い。

 だがルーカスの決定にミシェルは異を唱えなかった。

 ここで目を背けたら一生後悔する。そんな確信があった。


 あるいは、あの温室でのひととき。

 共に過ごしたセドリックに、彼女なりに友情を抱いていたから、彼の死が利用されているかもしれない状況を看過できなかったのかもしれない。

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