すべては冬に
「俺も独自に調べたが、殺害手段から犯人を絞り込むのは難しそうだな。セドリックと揉めていた人間、アイツが消えることで得をする人間を探すか」
世間的にはその筆頭はルーカスだ。
わかりきっていることなので、お互い言葉にはしなかった。
「先輩は去年の冬に、暴力沙汰で罰則を受けたそうです」
これもまたポール経由の情報だ。セドリックと同室だった先輩から聞き出してくれた。
セドリック・ロスという生徒は、生徒会の手伝いを頼まれるくらいなので品行方正な人物だった。
彼が学内でトラブルを起こしたのは、後にも先にもこれきりらしい。
「罰を受けたということは加害者か。あのセドリックが?」
「驚きですよね。でも本当に先輩が、三級生のリカルド・ベーリングを殴ったそうです」
「絵を描く人間が、拳で殴ったのか……」
目撃者の証言によると、寮の談話室に現れたセドリックは一直線にリカルドに近づき、なにも言わずに殴りかかったらしい。
寮監が聞き取り調査をしたが、理由については二人とも黙秘したそうだ。
最終的には手を出した方が悪いとなり、セドリックだけが一週間寮のトイレ掃除の罰を受けた。
当時のセドリックは三級生、リカルドは二級生。
寮の部屋は離れていて、学年が違うので合同の授業も無い。二人とも同じクラブに所属していたりなどの接点はない。
「ベーリング……。聞き覚えがあるような、ないような」
「有名人じゃないですか。去年出版社に送った小説が出版された生徒ですよ」
かなり話題になった作品だ。著者が十代の少年だったこともあり、新聞にも載った。
この学校で彼のことを知らないのは、それこそ他人に興味の無いルーカスくらいのものだろう。
「在学中に商業デビューとか、俺と被ってんじゃねぇか」
「はいはい。今はなにも書いてない人が、何を言っても妬みにしか聞こえませんよ」
「ほほう。この世界を紡ぎし神を挑発するとはいい度胸じゃないか。俺は筆が乗れば一日三万文字書ける男だぞ」
「乗らない日は?」
「……」
ゼロなのだろう。沈黙がなによりの答えだ。
「罰則を受けた先輩は、何度かアランの部屋を訪ねています。泣いたのか、戻ってきたときには目元を赤くしていたようです」
内密の話だからと、アランのルームメイトは毎回席を外すよう頼まれていた。そのルームメイトの避難先が、現在ポールと同室の先輩の部屋だったりする。
これが主人公補正というものなのか、うまい具合にポールの周囲に関係者が集約していた。
「明日、アランにどんな話をしたのか聞いてみようと思います。故人のプライバシーだと断られる可能性がありますが、それなら捜査に協力してもらおうかと」
内容を明かせなくても、その情報を元にアランが動いてくれるのなら戦力になる。
期待に目を輝かせるミシェルと対照的に、ルーカスは顔を曇らせた。
「……あの優等生がねぇ」
「ルーカス様が、アランみたいなタイプが嫌いだってことはわかります。でも協力者は多いに越したことはないでしょう」
「オイ。何で俺が、光属性のリア充ギライだって決めてかかるんだ」
「対極じゃないですか」
「おまっ。俺のどこをみて陰キャ弱男だと思ったんだ。見よ、このつよつよ顔面を!」
いつものごとく知らない単語が立て続けに飛び出してきたが、要はアランとルーカスを対極だと判断した理由を聞きたいのだろう。
「友達どころか授業で組んでくれる人を探すのも苦労していて、人望が無くて、……「止めろ止めろォ!!」」
指を折って数えると、ルーカスが叫びながらその手を押さえようとしてきたので躱した。
「考えたんですが、先輩と一緒に温室で過ごしていたのはリカルド・ベーリングだと思うんです。多分彼はあの場所で小説を書いていたんじゃないかと」
分野は違うが、仲良く創作活動に励んでいた二人は仲違いした。
クッションが減ったのは去年の冬。暴力事件が起きたのは、本を出版した直後だ。
「セドリック先輩が不当な行いをするとは思えないので、リカルドの方が不義理を働いた可能性が高いと思います」
「筋は通っているな。ミルトアの後に、ベーリングを訪ねるか。性根の腐った男なら、自分が原因で揉めたのに逆恨みしてもおかしくはない」
「ソウデスネ」
過去にルーカスのことを“自業自得で転んだのに逆恨みしそう”と、思ったミシェルはぎこちなく笑みを浮かべた。
*
翌日の放課後。アランを訪ねてミシェルは生徒会室を訪れた。
今日は王子が不在な為か、廊下に護衛はおらず簡単に入室を許された。
普通科と騎士科の生徒会は分かれている。
そもそも校舎も違い、寮も違うので、同じ敷地内に二つの学校が入っているようなものだ。
それぞれの校舎に生徒会室があり、学院には二組の生徒会が存在する。
生徒会室には副会長のアランと、会計の男子生徒だけがいた。
会長のカイザー殿下は不在。
ミシェルが入学する前に亡くなり、補充されていない役職は、消去法で書記だとわかった。
「彼からは個人的な相談をうけたけど、デリケートな問題だからミシェルであっても明かすことはできない」
案の定、アランには断られた。
親戚として協力を仰ぎたかったので、ポールに同行してもらわなかったが、もし主人公である彼がいたら結果は違ったのだろうか。
「アランなら知ってると思うけど、セドリック・ロス先輩の件で僕とルーカス様は疑われてるんだ。でも僕たちは無実だ」
「身に覚えが無いなら堂々としていることだ。こうやって嗅ぎ回っていたら、それこそ不都合な事実を隠蔽しようとしているんじゃないかと怪しまれる」
アランにしてはキツい物言いだ。
彼に絶対の信頼をよせているミシェルは、その言葉に従いたくなったが、何もしなければ破滅だと思い直す。
「アランの言いたいことはわかる。でも本格的に調べられる前に、身の潔白を自分で証明したいんだ。忙しいのに迷惑かけて申し訳ないけど、助けてほしい」
彼ならこれで伝わるはずだ。
流れに身を任せていては、いつ事情聴取されてミシェルが“ミハイル・バルト”ではないとバレてしまうかわからない。
アランは味方だが、小説とか前世とかは話さない方がいいだろう。
到底信じられる話ではない。
それに切羽詰まっているから、予言で証明してみせる時間も無い。
(本当に荒唐無稽な話だ)
ふとした瞬間、ミシェルだって半信半疑な状態に戻ってしまう。
しかしそれだけが理由じゃない。
彼女はこの従兄弟に“頭がおかしくなった”“ふざけている”と、一瞬でも軽蔑した眼差しで見られたくなかった。
ふー、と息を吐き、眉間を揉むとアランは、重々しい口調で話しはじめた。
「君達がセドリック・ロスの死に関与していないことは既に明らかになっている。公式に発表されるまで口外することを禁じられているので、これ以上は言えない。今、言ったことだって本当は駄目なんだ。この話は、時がくるまで誰にも言わないでくれ」
「!? ありがとう! でも当事者のルーカス様には伝えてもーー」
口を開いたミシェルの横を、何かが通り過ぎた。
大きななにかが、窓の外から降り注いでいた日差しを一瞬遮る。
不意に陰が落ちたことで、彼女が窓の外に顔を向けるのと、外から悲鳴混じりの喧騒が聞こえてきたのは同時だった。
「ふ、副会長。今のあれ――」
窓に向かい合う形で座っていた男子には、何が落ちたのか見えたようだ。
血の気が引いた顔で、はくはくと口を動かしている。
一瞬目を合わせたアランとミシェルは、無言で窓に駆け寄ると外を見下ろした。
固い地面の上に、倒れている人物がいた。投げ出された人形のように、手足が不自然に曲がっている。
「リカルド・ベーリング……」
アランの呟きで、ピクリとも動かないその人物の正体がわかった。
頭部は血に染まっているが、全てが血に汚れているわけではない。
日差しを反射して輝く髪はーー眩い
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