失敗フラグ

「なぜだぁぁあ!!」


 豪快に叫びながら、崩れ落ちる男をミシェルは見下ろした。


「理論は完璧だったのに!!」


 地面に手をつき、大声で嘆くのはアンドレイ。数歩離れた場所に、弾き飛ばされた木刀が転がっている。

 ここは競技場で、今は打ち合い稽古の時間だ。

 普通科もスポーツ目的で使うので、此処は訓練所ではなく競技場と呼ばれている。


「それ絶対失敗する流れパターンじゃん」

台詞セリフの時点で負けてる。はたから見ると完全にあしらわれてるんだよな」


 膝を立てて座っていた、ポールとオスカーが口々に感想を述べた。


「たしかに今日はいつもと違う感じだったな。どんな対策したんだ?」


 ミシェルも剣を交えている最中、アンドレイが何か狙っているなとは感じていた。


「……力とリーチは俺に分がある。まともに打ち合えば、絶対に俺が勝つ」

「そうだね。だから受け流してるんだけど」


 幼い頃から騎士団に出入りしていたのもあり、彼女の言葉遣いや振る舞いは板についている。

 見学していたポール達の側に移動すると、地面にドカリを足を広げて座った。きっと亡き母が見たら悲鳴を上げて卒倒するだろう。


 ミシェルは男子に交じって訓練しているが、今のところ問題なくついていけている。

 体力や筋肉は流石に叶わないが、剣の稽古はクラスでも上位層だ。

 初日こそ「コイツなら勝てるだろう」と、侮ってきた連中も多かったが、今は見た目で判断する者はいない。


 このグループはミシェルを除いて“選んでもらう側”なので、気合いが違う。彼等は在籍期間に就職先が決まらなければ最悪、身一つで家を追い出されかねない。

 まだ入学したばかりだが将来に危機感を持っている者が声をかけてくるので、彼女は授業の組みチーム分けでは苦労していない。

 体格の不利を補う剣の腕を持つ彼女から技巧を学ぼうとしたり、バルト騎士団の次期団長と親しくなってコネを作ろうとしたりと理由は様々だが、知人がいない状態で入学した“ミハイル・バルト”はその野心に助けられている。


「お前は動体視力と体捌きに優れているから、最小の動作で俺の攻撃をいなしている。つまり動きが予測できる。お前の動く先にあわせれば、一撃入れられるはずだったんだ」

「でもその一撃もいなされてたな」

「くそぉぉお!!」


 ポールの指摘に、アンドレイが地面を転げ回った。


「正直いつもの方が脅威に感じたな。その気迫とパワーで打ち込まれたら、大抵の人間は怯むから、自分の持ち味いかした方がいいんじゃないか」


 今日のアンドレイは望む流れに仕向けようとするあまり、いつもの勢いがなく中途半端だった。


「戦略と本人の資質が合ってないってことだな。適性がないのに無理するくらいなら、長所伸ばした方がいいってことだ」


 オスカーの指摘に、ミシェルはドキリとした。

 彼女の視線の先にはルーカスがいた。クラスメイトがグループを作って打ち合っている中、彼は教師とペアを組んでいた。


 ミシェルの男子校生活は順調だった。

 元より男所帯に入り浸っていたので、異性に囲まれても怯むことがなかったし、騎士達との会話で耳も慣れていたので言葉遣いも問題ない。むしろ以前は彼等につられてしまわないよう気をつけていたので、今の方が楽だったりする。

 ルーカスと同室になったことでスルースキルが磨かれたので、男同士の下品なジョークも顔色ひとつ変えずに流せる。

 目の前で男子が半裸でうろうろしても、悲鳴をあげるどころか「成長期を迎えた男も、案外細いんだな」とまじまじと観察して、現役騎士の肉体と比べるくらい余裕がある。


 入学式の数日後にアランが様子を見にきたが、見事なまでに男子校に帰化した従姉妹の姿に複雑そうな顔をしていた。



「違うからな」

「まだなにも言ってませんが」


 クラスに馴染んでいくミシェルとは対照的に、ルーカスは相変わらずクラスメイトから遠巻きにされていた。


「勘違いするなよ。俺はひとりで過ごすのが楽なだけだからなっ! 団体行動なんて考えるだけでストレスで胃がねじ切れるだけだからっ!」

「騎士科適正ゼロじゃないですか」


 ため息をつき、ミシェルは昼間考えたことを口にした。


「今の作戦は無理があると思います」


「“大貴族の一人っ子というプレッシャーでトゲトゲハートだった毒薔薇貴公子~学院デビューで生まれ変わりました~”のことか?」


「はい。その前の“侯爵令息はコミュ障。誤解されてるけど本当は好青年です!”も相当無理ありましたが。というか、なんでこんなに作戦名が長いんですか」


 呆れる彼女に、ルーカスはドヤァァと効果音がつきそうな笑みを浮かべた。


「昔取った杵柄だ。長文タイトルだと、内容が一目瞭然だろう」

「略して“トゲデビ”とか“コミュご”とか言ってたら世話ありませんが」

「それより。俺の立てた戦略に異を唱えるなら、当然代替案があるんだろうな?」

「ルーカス様を善人とするのは無理があります」


 ミシェルはキッパリと言いきった。

 パワータイプのアンドレイが小細工した結果、中途半端になったのと同じだ。


 過去の振る舞いに関してルーカス本人に確認したが、誤解や深い事情なんてものはなかった。

 事実と異なる点といえば、ポールの親戚にかけたのが、お茶ではなく水だったことだ。

 体臭と香水が混ざって気分が悪くなったので、ピッチャーの水を頭からかぶせたらしい。豪快すぎる。そして噂より真実の方が酷いという救いのないパターンだった。


「最終的に善人を目指して努力するのは自由です。もしかしたら実を結ぶかもしれません」


 検討の余地があると判断したのか、ルーカスは黙って耳を傾けている。


「でも今は短期で結果を出さなければいけないので、ルーカス様の印象を180度変えるのではなく、少し変えて周囲に受け入れてもらえるような戦略にしましょう」


 そこまで言ってミシェルは、ルームメイトの様子を伺った。

 しかめ面をしているが、気分を害した様子はないので続ける。


「外でのルーカス様は寡黙ですよね。どうして喋らないんですか?」


 初日こそミシェルに声をかけてきたが、彼は教室では基本的に無口で自分から他人に話しかけない。

 初対面のルームメイトに普通に話しかけていたので、人見知りではない。

 堂々とした態度で寮長を言いくるめていたので、内弁慶でもないだろう。


 ミシェルは社交界に出入りしていない。

 ハイペースで絵を描いているはずの彼女が、夜会やお茶会に出席すれば怪しまれる。それに絵の話題をふられたらボロが出るおそれがあるので、彼女は極力人の集まりに参加していなかった。

 故にルーカスと顔を合わせたのは入寮日が初めてで、彼のことは噂でしか知らなかった。


 ルーカス・スコーティアという人物を、端的に表現するならば“傲慢で苛烈”だ。

 気に障る振る相手がいれば、誰だろうと叩き潰す。他人の事情なんてお構いなしで、目的のためには手段を選ばない。

 相手が未成年であれば保護者、部下であれば上司、妻であれば夫。あえて一番知られたくない相手の前で、いたぶるように容赦なくそしる。

 王位継承権を持つスコーティア公爵家の嫡子で、彼を咎めることができるのは親である公爵夫妻と王族くらいのもの。

 しかし両親は、息子を放置。

 公爵夫人は自分しか愛しておらず、息子に興味がない。

 公爵は息子に自分の時間を割くつもりはなく、全て他人任せ。

 野放し状態のルーカスは、成長と共に悪知恵を身につけ、罪に問われないギリギリのラインで好き勝手に振る舞うようになった。


 つまり学校で大人しいのは、意図的に発言を控えているのだろう。

 しかしそれが孤立に拍車をかけている。


「絶対に炎上しない方法を知っているか」

「エンジョー……?」


 燃え上がるという意味の単語だが、口数の話をしていて何故その単語が出てくるのか、ミシェルは理解できなかった。


「炎上を防ぐ究極の方法。――それはSNSをやらないことだ!!」

「エスエム?」

「誤解を招く空耳止めろ。ワザとか」

「知りませんよ」


 知らない単語をポンポン出してくる方が悪い。


「たとえ出版社が公式サイトで作品紹介ページを作ってくれなくても、レーベルが刊行告知してくれなくても、イラストレーターが仕事一覧に載せなくても、俺は絶っっっ対に宣伝垢を作らなかった! 微々たる宣伝効果と引き換えに、炎上とか問題発言で切られるリスクを背負うなんてまっぴらごめんだ!」


「よく分かりませんが、前世から嫌われて――「黙れ小娘」」


 ミシェルの言葉を遮ると、ルーカスは胸を張り「俺が自由に発言したら、引火率100%だぞ」と断言した。


「誰も“好き勝手に発言をしろ”とは言ってません。それって入学前の状態じゃないですか」


 呆れた。

 この男は0か100かしかないのか。極端すぎる。


「僕と二人きりの時ほど開けっぴろげにしないほうがいいと思いますが、ほどほどに自分の意見というか、どんなことを考えているのか周囲に伝えてはどうでしょうか?」


 ルームメイトを使って自分の印象が変わるのを待つのではなく、自分からクラスメイトと打ち解ける努力をするべきだ。


「ミステリアス系イケメンの俺に、暴露系に路線変更しろというのか」

「前世云々は暴露しないでくださいね」


 今もミシェルは、ルーカスの話を信じていない。

 彼のことは“人生をやり直すために、おかしな設定を作っている人”だと思っている。

 この世界は小説だとか、俺は作者だなんて言いふらしたら、取り返しのつかないことになる。大人になってから絶対に後悔する。


「いきなり自分語りされても困るので、授業内容とかの共通の話題を足がかりにするのはどうでしょう。天気でも先生の話でもいいので、まずはこまめに周囲に話しかけてみましょう」


「フッ、まだまだだな。人と親しくなりたければ話すよりも、聞くことが重要なんだ。相手の好きなもの、大切にしているものを否定せず、理解を示すのが仲良くなる肝だ」


 ふとルーカスの姿が、昼間のアンドレイと重なった。

 言ってることはもっともだが、なぜだか嫌な予感しかしない。

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