顔に似合わず物騒じゃねぇの

 しばらくして、袋を片手にルーカスが部屋に戻ってきた。


「お前、胸はどうしてるんだ?」

性的嫌がらせセクハラ止めてください」


 向けられる視線から隠すように、ミシェルは胸の前で手をクロスした。


「俺は女に興味は無い! というか他人に興味が無い!」

「それもどうかと思いますけどね」


 前世では女性との交際経験は無いと断言していた。ルーカスの女性関係のスキャンダルは耳にしたことが無いので、今世もその点は清い身なのかもしれないが、年齢を考えると異性に興味が無いのは問題だろう。


 ちなみに彼が女性には紳士でトラブルを起こしたことが無い、という話ではない。

 女性への暴言、心ない振る舞いはわりと日常茶飯事だ。

 昔こそ騒がれていたが、最近は「自業自得だ。あの毒薔薇に近づく方が悪い」と囁かれるようになった。


(悪い人だけど、遊び人じゃないのは救いか)


 現状では貞操の心配が無いことだけが、唯一の救いかもしれない。


「それより胸と股間の話だ。上は潰して、下は仕込んでるんだろうな。天然まな板でも無い限り、貧乳だろうと何かで押さえているはずだ」


 繊細そうな顔から、デリカシーのカケラもない言葉が放たれる。

 いくら容姿が良くても、口が悪すぎる。

 結婚願望はなかったと語っていたが、おそらく結婚しないんじゃなくて、できなかったんだろう。


 社交界におけるルーカス・スコーティアは観賞専用だ。

 見た目だけなら文句のつけようがない美形なので、彼をモデルにした物語を好む貴婦人は多い。

 彼と接したことが無い女性は、ルーカスの中身を人格者に入れ替えた恋愛小説を、彼に嫌な思いをさせられた女性は、彼を女役にした耽美小説を愛読している。


「厚手のベストを着用しています」

「それだけか?」

「訓練もあるので、動きに支障がでないよう考えた結果です」

「稽古時は胸当てを装着するからベストだけでも問題ない。普段は装備をプラスしろ」


 口を動かしながら、持ち帰った袋を漁るルーカス。

 巾着を取り出すと、豆や綿を詰める。口を閉じると、肉を縛るように糸で形を整えた。


「下着を二重履きにして、間にコイツを仕込め」

「うっ……」

「バレたくないならこれくらいしろ」


 を模しているのか察してしまい、怯むミシェルにルーカスは容赦しなかった。

 次に彼は一枚の皮を取り出すと「採寸するから立て」と指示した。


「ベストを着てるんだから、上は必要ないと思います」

「厚かろうと所詮は布だ、触れば分かる。それとも何だ。お前は男装ボクっ娘ヒロインの少女漫画を期待してるのか? イケメンとラッキースケベでフラグ立てたいのか?」

「言葉の意味はわかりませんが、侮辱されたということはわかります」


 皮を切断し、錐で穴を開ける手に迷いはない。


「器用ですね。それとも慣れているんですか?」

「これぐらい誰にでもできる。できたぞ、“寸胴コルセット”だ」


 嫌なネーミングだが的確だ。胸から腰まで覆い隠すコルセットは、長方形に切った一枚の皮を巻いただけ。ウエストのシェイプがないので、胸は押さえて、腰回りは太くなる。


「腰回りがパカパカにならないよう、タオルを巻いておけ」

「……ありがとうございます」


 悔しいが即席にしてはよくできてる。


「コルセットだから自力で締めるのは無理だ。俺が手伝わない限りな!!」

「まさか」

「そうだ。俺の手を借りたきゃ、貴様も俺に協力するんだ! 世の中ギブアンドテイクなんだよォ! お前の学院生活には俺が不可欠ってことだッ!」

「ちょと見直したのに! というか、それどこで調達してきたんですか?」


 ミシェルは袋を指さした。


「ん? ああ、用務員室からもらってきた。ちゃんと金は払ったぞ」


 カーテンの一件を思い出してミシェルは不安になった。


「まさか用務員さんに、僕にしたような態度とってませんよね?」

「馬鹿にするな。これでも人生二回分の記憶があるんだ、上手くやったさ」


 自信満々な姿に、逆に不安になった。

 翌日、ミシェルの嫌な予感は的中した。


「ルーカス・スコーティアが用務員室を荒らして、金で解決しようとした」という噂が学院を駆け巡った。



 登校初日。

 入学式を終えて教室に帰る途中で男子生徒がミシェルに話しかけてきた。


「お前あの毒薔薇と同室なんだって? 災難だな!」

「ええと、君は」


 クラスに数人はいそうな、平凡な顔立ちの男子だ。褐色の髪に同色の瞳で、身長も平均値。

 人好きしそうな笑顔で、言葉にも嫌らしさはない。友達が多いタイプだろう。


「クラスメイトのポール・ソロモン。よろしく!」

「僕はミハイル・バルトだ。よろしく頼む」

「……バルトって、あのバルト騎士団のバルトか! へー、その見た目でどうして騎士科を選んだのか不思議だったけど、それじゃ仕方ないってか当然だな!」


 ポールの率直な物言いに、ミシェルは苦笑いした。

 バルト伯爵家は武人の家系だ。今までに何人も高名な騎士を輩出し、国でも有数の騎士団を有している。


「しっかし女みたいな顔してんな。ちゃんとついてんのか?」


「――――ッ!?」


 ポンと肩を叩くような気安さで、股間に手を伸ばされた。

 悪意も殺意もない動きに、ミシェルは反応できなかった。


「……マジかよ。お前かわいい顔して、立派なモン持ってんじゃねぇか」


 ポールの顔から笑みが消え、恐れおののくような表情に変わる。


「え。待って、ちょっと硬かったんだけど平常時でそれなの? ヤバくね?」


 自分から近寄ってたのに、警戒しながら後ずさる。


「えーっと、そんなにかな。あ、あはは……」


 基準がよく分からないのでミシェルは笑ってごまかした。

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