この物語はフィクションです
「僕は人の趣味を否定するつもりはありませんが、公子の
「俺一人の問題じゃない。貴様にも見返りはある」
「このままだとルーカス様と一緒に破滅するんでしたっけ」
ミシェルはルームメイトの言葉を振り返った。
「そうだ。俺の共犯者としてミハイルは投獄される。残る家族は没落の憂きめにあい、バルト伯爵家が抱える騎士団は解体だ」
「ますます嫌です。ルーカス様に協力するって、共犯者になるってことでしょう。最初から関わらなければ済む話じゃないですか」
影武者というのは、きっとルーカスの脳内小説でミハイルが行ったことだろう。ミシェルは彼の計画に手を貸すつもりは一切無い。
「たしかに交渉材料としては弱いな。なら、貴様が協力しなければ女だとバラす。協力すれば、正体を隠すのに協力しよう」
「最低だな!! この悪党!!」
「当然だ。小説では悪役ポジションだからな!」
本気で罵倒したのに、何故かルーカスは満足そうだった。
*
「犯罪行為に加担するくらいなら、今すぐ退学届を出した方がマシです」
バルト家の名誉を傷つけるだろうが、脅されるがままに犯罪に手を染めるつもりはない。
「安心しろ。むしろ逆だ。俺たちがすることは世間的には善行だ」
ルーカスは椅子に座ると、足を組んでふんぞり返った。
(後ろに傾けすぎると、またすっころんで頭打つぞ)
こいつもう一回頭ぶつけたら元に戻らないかな、とミシェルは考えた。
「お前の役目は二つ。一つは俺と一緒に、この学園で起きる事件を未然に防ぐこと。もう一つは俺のイメージアップの手助けだ」
ミシェルにうろんな眼差しを向けられても、ルーカスはどこ吹く風だ。
「在学中に俺は名誉回復して、周囲との関係を改善する。そして異母兄に後継者の座を譲り、見返りにリゾート地にある別荘と毎月100万エーゲの支援をもらって、悠々自適のニート生活するんだ!」
「発想がゴミクズ!」
反射的にミシェルはツッコんだ。
ニートがなんだかしらないが、前後の言葉でこの男の目的は理解できた。
「不労所得だと思ってラノベ作家になったけど、結局昼職もする羽目になったんだ! 毎月いくら売れたと報告されず、年二回振り込み予定額が通知される形だったから、昼間の仕事が必要最低限になるようセーブすることもできなかった! 勤務していたのは営業時間9―19時の薬局だったけど、門前の診察時間が延びれば、薬局もそれにあわせて営業しなくちゃいけない。診察時間と受付時間を一緒にするなよ! ラストオーダーの概念持てよ。診察時間ギリギリに滑り込めばセーフじゃねんだわ。看板に掲げてるのは営業19時までなのに、なんで―21時でシフト作られてんだよ。忖度やめろ。暗黙の了解やめろ。本当に必要だったら、仕事とか学校休んで受診するし、緊急なら救急行くだろ。個人経営のクリニックで、毎日十二時間労働とか医者死ぬぞ! 午前の診療時間終わっても、結局受付した患者が捌ける頃には午後の診療始まってるだろ。昼休憩なしとか医者死ぬぞ! そして死に急ぎ野郎に付き合うこっちの身にもなれ! うちの会社は薬歴の持ち越しを認めてないから、その日のうちに書かなきゃいけないんだクソがっ。患者全員捌けるまで帰れません状態で、処方が虫刺され用の軟膏一本だった時の気持ちがわかるか!
「働いたのは前世であって、今世は記憶があるだけでまだ働いていませんよね。というか、兄なんていたんですか」
先ほどの前世の設定もそうだが、よくもまあこれだけ言葉が出てくるものだ。
ミシェルは半分以上聞き流した。この先もスルースキルが磨かれていくことだろう。
「公になってないけどな。ちなみにこの世界のもとになっているのは、異世界ミステリー小説だ。最初に殺人事件が起きて、その後細々とした事件が起こる。主人公は小さな事件を解決するうちに、本命である殺人犯にたどり着くという構成だ」
「物騒ですね。性別隠しているし、捜査機関の手が入るような事態は避けたいんですが」
殺人事件だなんて、もっと驚くべきなんだろうが、そもそもミシェルはルーカスが語る小説云々を信じていない。
要は悪評だらけの公子が、あれこれ言い訳しながら行いを改めて、後継者争いを辞退したいということだろう。
ルーカスがこの
抵抗するだけ無駄なら、ちょっとくらいなら付き合ってやるから大事にはしないでほしい。
「あっ、物語の作者だというのが
「ああ。もちろん」
「じゃあ未然に防ぐのは簡単そうですね。犯人は誰なんですか」
「俺だ」
「は?」
「言っただろう、俺は悪役だと。被害者は異母兄のセドリック・ロス。追い詰められた俺は主人公を殺そうとするが、失敗して死ぬ。そして共犯者のミハイルは逮捕される」
「は??」
目を点にするミシェルを置き去りに、ルーカスは説明を続ける。
「事件が起きるのは新入生親睦会だ。死因は毒殺」
「そんなものどうやって!?」
「煙草2本あれば充分だ。ここは喫煙者の男性職員も多いし、生徒の中にも隠し持っているやつがいる。入手は簡単だ」
簡単に手に入れられる嗜好品を挙げられて、彼女は仰天した。
「煙草って、僕も知ってるあの煙草ですよね!! それでどうやって人間を殺すんですか!?」
「声デカいなお前。……人間が煙草を吸っても死なないのは、本体に含まれるごく一部を吸入しているからだ。全量摂取すれば子供は1本、大人は2本で致死量になる」
「煙草を食べさせるってことですか!?」
「うるせぇ。……ニコチンは水に溶けるから、三十分以上水に浸せば毒液の完成だ。おい、そんな目で見るな。小説を書くために調べただけなんだからな!」
「……」
ミシェルは呆れ半分、感服半分だった。
すごい作り込みだ。事件のでっち上げ方と、その解決方法が全部脳内で完結している。
現実による矛盾の指摘を受けること無く、設定に没頭できるようになっている。
「……それ。ご自身がなにもしなければいいだけですよね」
「あまーい! “強制力”があるかもしれないだろ! 親睦会までにセドリックと親しくなって、怪しい物を口にしないよう目を光らせないと安心できん!」
ルーカスからまたもや謎の単語が出てきた。知らんがな、と言いたくなったが、ラノベの二の舞になりそうなので、ミシェルは口を閉じた。
「事件関係なく兄の好感度上げは必須だ。死ぬまで養ってもらえるよう、友好的な関係になる必要がある」
「カスが」
思わず本音がこぼれ出てしまったが、ルーカスが気にする様子はない。
頭を打つ前の彼だったら考えられない反応だ。
「いかんせん俺は評判が悪い。周囲はルームメイトになったお前が、どんな目にあっているか気になってしかたがないだろう。そこでだ。貴様は俺のイメージを改善させろ。次に兄に接触して仲を取り持て」
「嘘をついても、矛盾した行動をとればもっと評判が落ちますし、演技力には自信が無いので心にも無いことは言えません」
小説のミハイルは、どうしてルーカスに協力したんだろう。頭の片隅で考えながら、ミシェルはさりげなく要求を突きつけた。
嘘が真実になるように、言動を改めろ。
ミシェルがどんなに彼を褒めても、彼がミシェルを困らせるような行動をしたら意味が無い。
「そんなに難しいことは求めていない。“色々聞いて不安だったけど、とても気さくで素敵な人だった。きっと悪意ある輩が噂を流したに違いない”と教室内で悪評を否定し、偶然を装って兄と友達になるだけだ」
「くそめんどくさいです。嫌です」
前半はともかく、後半は難しい。学校に慣れるだけでも一苦労なのに、特定の上級生と親しくなるなんて。
「いいのか? 退学届を出して逃げようとしても、学院を去るまでに女だと明るみになれば伯爵家は終わりだぞ」
娘を息子の身代わりにした当主、男所帯に飛び込む身持ちの悪い娘、入学を拒否して騎士の家系に泥を塗った息子。
誇り高きバルトの名は地に落ちる。
(こいつ……!)
何故ミハイルが彼に従ったのか理解した。きっと今のように、弱みを握って脅したに違いない。
「今すぐ公子を締め落として、気絶している隙に退学します!」
「おっと鞭が強すぎたようだな。ちゃんと飴をやるから、判断するのはそのあとにしろ。そこで大人しくしてることだな!」
ルーカスは首を狙うミシェルから逃れるように、部屋を飛び出した。
去り方が、完全に捨て台詞を吐く
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