打ち所が悪かったようです

「……お前、ずいぶん小柄だな」


 寮父が去った後。

 ルーカスの指摘に焦ったミシェルは、前のめりに反論した。


「見た目で人を侮辱するとは、紳士の風上にもおけないな! 僕は成長期が遅いだけだ。剣の腕なら君に負けない自信がある!」


 残念ながら彼女の成長期はもう終わっている。これ以上身長が伸びることは無いだろう。


「あり得ない。オレの影武者をするには、体格に差がありすぎる」

「影武者!?」


 小間使いの次は、影武者扱い。彼の中でルームメイトとは一体どんな存在なのか。


「……成り代わって入学するには、保護者の協力が必要だ。最も可能性が高いのは、双子の姉。――つまり貴様はミシェル・バルトだ」

「な、なんのことだか」

「ミハイルの家族構成は、父と姉の三人家族だ。姉の絵は国内外で高い評価を得ているが、ミハイルも剣よりも筆を好む。フン、つまり姉の名で発表されている絵は、本当は弟が描いた物なんだな」


 にやりと口元を歪め、目を細める姿はネズミをいたぶるネコのよう。

 ルーカスの言葉は全部推論に過ぎないが事実だ。

 今の時点では何の証拠もないが、ここでミシェルの性別を確かめられたら、一巻の終わりだ。

 彼の手が届かない距離まで、彼女は慎重に後ずさった。


「剣の才に乏しい弟の代わりに、騎士の家系でそれなりの教育を受けている姉がやってきたというわけか」


 顎に手をあて、推理を続けるルーカス。

 全て正解だが、ミシェルもまた彼の姿に疑問を抱いた。

 誰がルームメイトになるのか、ミシェルは今日部屋の鍵を受け取ったときに知らされた。

 ルーカスなら事前に情報を入手していてもおかしくないが、ミハイルが絵を描くことはごく一部の身内しか知らない。

 彼等を買収したなら、弟が姉の名を騙っていることまで知っているはず。今しているように推理する必要は無い。


 ミハイルに剣の才能が無いことに至っては、子供達に稽古をつけた父、一緒に学んだミシェル、双子の母しか知らないことだ。


「原作に無い行動だ。……――さては貴様“も”転生者だな!!」


「違います」


 ミシェルはバッサリ切った。



「“原作”とか“テンセーシャ”とか、なんのことだかわからないです」

「シラを切るな!」

「いや本当に」

「転生じゃないなら“死に戻り”か! 最悪な未来を回避するために、タイムリープした的なヤツだな。いやしかし、この世界に魔法はないはずだ。もしや物語が俺の手を離れているのか……!?」


 これが噂に聞く“十代の少年が陥る一過性の病”というやつか。

 ミシェルは一気に脱力した。馬鹿馬鹿しくて、なんかもう全部どうでもよくなる。

 剣より絵が得意なことも、きっとルームメイトについて下調べして、幼い頃に絵画展に出したことがあるのを知り適当に言ったのだろう。


「すみません。そういうの詳しくないんで、付き合いかねます」


 ブツブツと自分の世界に入るルーカスを、ミシェルはしらけた顔で見た。


(テンセーシャ……ああ、転生した者で“転生者”か。あれか。自分には特殊な力があるとか、偉大な人物の生まれ変わりとか。そういう設定の話なのか)


 残念ながらミシェルにその手の知識は無いし、戯言とわかって付き合うのはおぞま――おそれ多い。


「ずいぶん強く頭を打ったみたいですね」


 頭をぶつけて混乱している。

 そういうことにしてやるから、もう止めてくれ。

 祈るような気持ちで、ミシェルはルーカスを見つめた。


「ああ、体に受けた衝撃で前世を思い出した。ここは俺が書いたラノベの世界だ」


 まだ続けるのかよ。しかも更に設定が増してる。


「“ラノベ”がなんなのか知りませんが、軽率にそういった話をしないほうがいいですよ」


 ミシェルはこの不毛な会話を終わらせたかった。

 この男ルーカスには権力がある。

 在学生の中では、三本の指に入る高貴な血筋を持つ男だ。

 彼の立場を案じたのではなく、クラスメイトが彼にへつらって教室が奇妙なごっこ遊びの空間と化すのを防ぎたくて、ミシェルは忠告した。


「確かにこの話は仲間内にとどめた方がよさそうだ。ちなみにラノベとはライトノベルの略で、娯楽小説のジャンルの一つだ。書かれている題材は様々だが、独自の世界観と個性的なキャラクターが特徴だ。一冊当たりの文字数が手軽なので、気軽に楽しめる若年層向けのエンターテイメントだ。人気のある作品は長寿化するので、シリーズ化すると……――」


 説明が欲しくて「知らない」と言ったわけではないのに、詳しい講釈が始まった。

 しかも知らないうちに仲間認定されている事実に、ミシェルの顔から血の気がひく。


「作者である俺は、いわばこの世界の神だ」


(そうきたか)


 伝説の勇者とか、魔王ではなく作家というのはずいぶん弱い設定だと思ったが、そうかそうか、神様ときたか。

 ミシェルは自称創造主の発想力に感心した。お前本当に作家になれるんじゃね。


「このままでは俺もお前も破滅する。だがまだ間に合う。記憶がよみがえったのが事件の前で良かった」

「ソウデスカ」


 設定の説明が終わり、次のステージに進んだようだ。

 彼の物語の目的は、事件を防ぎ破滅を回避することらしい。事件ってなんだよ。


「俺の前世が著者・ワナビもち先生だったことに感謝するんだな! 小説に書かれていることも、裏設定も俺だけが全て把握している。まさに最強の存在だ!」

「え。それ人の名前ですか」

「ペンネームだ。ちなみに先生も含めて名前だ」


 なんだか大成しなさそうだし、美味しくもなさそうな名前だ。作家としての格が、名前の時点でお察しである。

 ワハハ、と腰に手を当てて笑う姿は、初対面の神経質そうなルーカスとは正反対だった。


「今のルーカス様の本体はどちらなんですか? 前世が主体なんですか? あくまで、記憶が追加されただけのルーカス様なんですか?」


 全部スルーしたいところだが、確認せずにはいられなかった。

 前世を盾にキャラを変えたいのか、あれこれ設定を追加して自分を盛りたいのか。

 彼がこの遊びを止める気がない以上、今後どちらのスタンスで接しなければいけないのかは重要だ。

 なにせこの先、三年間は同じ部屋で寝起きするのだから。

 授業や放課後訓練等々を差し引いても一日十四時間くらいは空間を共有することになる。


 横暴な貴公子の生け贄ルームメイトに同情した先輩達が

「俺の部屋に避難しにきてもいいぞ」

 とか

「進級時に一人部屋を作れそうだったら、すぐに部屋替えしてやる」

 と言ってくれたけど、性別を偽っているので異性の部屋に行くのは極力避けたい。

 部屋替えに関しては望み薄だろう。


「赤と青が混じって紫になった感じだ。詳しく述べると、思考回路は前世よりだが、知識は今世の方がしっかりしているな」

「あー。前世の身分と、小説の内容くらいしか覚えていない、ということですか」


 きっと考えるのが面倒だから、そういう都合のいい設定にしたんだろうな、とミシェルは思った。


「ああ。前世に関しては局所的な記憶しか無い。享年三十歳の兼業ラノベ作家で、本業は薬剤師。親に『いざという時、食いっぱぐれない資格取れ』と言われたので、家から通える医療系の大学受験したら、たまたま薬学部に引っかかった。したがって本業への情熱はゼロ。大学在学中に投稿サイトのコンテストで賞を取りデビューしたが、数年たっても作家としては不安定。拾い上げの使い捨て作家なので、本は一巻完結ばかりで刊行ペースはまちまち。どれも実売印税だったので収入の予測が難しく、予定より遅れて出版するのもザラだったので専業は無理。結局社会保険と年金目的で、調剤薬局を辞めたくても辞められない状況だった。姉が二人いて、どちらも結婚している。親に孫の顔を見せる云々はそちらが果たしてくれたので、結婚願望は無い。親とは不仲ではないが、仲がいいわけでもないので実家に住むという考えはない。一人暮らしのために家賃補助が必要だったので、派遣とかパートじゃなくて正社員で働いていた。フルタイムで勤務して、退勤後や休日に執筆する毎日。商業作家になってからは外で遊ぶ機会が減り、気づけば彼女いない歴=年齢の童貞のできあがり。死因は――……」


「もういいです! おなかいっぱいです!」


 軽い気持ちでつついたら、とんでもなく濃いのがでてきた。

 なかなかの凝り性だ。何も考えてないようにみせて、作り込みがすごい。

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