第2話 お前、人の心とかあるのか?
***
走馬灯ってやつなのかな。暖色がかったイメージが俺の前から背後へ通り過ぎていく。
ハルトがこっちを向いて泣いている。あぁ、あの風景は高校受験の試験結果発表のときの光景だ。あいつ自分の受験番号を見間違えて受験に落ちたと勘違いしてやがる。そそっかしい奴だなぁ。俺もあいつといっしょに黄泉の国に行くのかね?
しかしあの黒い手の正体ってなんだろうな?
俺は手を顎に当てて考えた。肉体の感触ってあるんだな。走馬灯のくせに。頬が少し緩んだ。肉体に触れて少し安心した。あの世にも肉体ってあるのかな?
<<肉体は引き裂くのが一番面白い。そうだろぉ>>
は? 一体誰の声なんだよ。周りを見渡しても生前の光景しか見えねぇ。初めての母の日のプレゼントを渡した光景や父にガラの悪いカノジョといるときに見つかって叱られた光景、弟の秘密のポルノを見つけたときの光景。見える風景はほのぼのとしてんのに今の声はそれとは正反対だ。この世の怨嗟を煮詰めてできたみてぇにひでぇ。
<<貴様 我を閉じ込めおってただで済むと思うなよ>>
その声で走馬灯は全て消え、暗黒があたりを包んだ。
おいどうなってやがる。心臓が早鐘を打つ。おいおい死んでまでまた化け物に襲われるのかよ。
~~
安心してくれ。私が全責任を負うと誓った。君はもういいんだ。よく頑張ってくれた。ただ悪いがもう少し、もう少しだけ僕に協力してくれ。君は正義を貫くんだ
~~
はぁ? 今の声はさっきの酷い声じゃない。二人いるのか? 優しさと希望に包まれた声。まるで悪魔と天使に囁かれたような気分だ。それにしても協力してくれって何をすれば?
~~ただ正義を、勇気を忘れないでくれ。それだけでいい~~
声は震えて小さくなって消えた。正義なんておおそれたものなんて抱いたこともないが。そんなことを考えているとなんだか眠くなってきた。抗えない。なんだこれ。そう感じると俺は意識を再び失った。
***
「主、主よ。お久しぶりです」
気を失っていたヒロシはその言葉で覚醒した。目を恐る恐る開けた。あたりは漆黒に飲まれ、真上にある光源がヒロシのそばを照らしていた。寝ていた体勢から起き上がるとヒロシは異様な光景に面食らった。
「なんだここ?」ヒロシは困惑する。おぼろげな記憶は意識がはっきりするにつれ輪郭がでてあの事件を描写する。「俺は確か黒い手に連れ去られて……」
「おぉ! 主、意識を戻されたのですね」
「主って。俺のこと?」
「何を寝ぼけておられるのですか。あなたは紛れもなく我が主!」
非現実的な事件の連続でヒロシは困惑を通り越して現状に麻痺してしまった。加えて主と呼ばれ、自分が謎の声の主から崇められて少々気を強くしたヒロシは言葉を発した。
「あの黒い巨大な手はお前となんか関係あるのか?」
「なんと! なんと! 使役魔のことすらお忘れになられたのですか? あれはガクズチ。私の使役魔であります。」
「あんたの使役魔?」
「そうです」
「じゃあ、学校をあんなことにしたのも、俺の友達を殺したのも、お前の使役魔のせいだっていうのか?」
「世界を超えるのには少々、エネルギーがいりますので」
「ふざけるな! 一体なんのつもりだ。何の目的があってあんなことをするんだ」
「目的? そうっ! 目的! 主よ。私を! 我々の世界を! 取り戻してくだされ!」
「断る。なんで俺の人生をめちゃくちゃにしたやつの頼みなんか聞いてやらなくちゃいけないんだ」
暗闇の向こうから微笑の吐息が流れた。ヒロシはその吐息に激怒した。何か言ってやろうと口を開ける刹那、暗がりから声の主が姿を現した。
暗がりから姿を現したのは色が抜け落ちたようでモノクロな人の形をした何かだった。その灰色の人間には目も口も無かった。彼は彼自身を覆う程の大きさの円形の石盤に鎖で拘束されていた。背負った石盤は風化の限りが尽くされるも頑健さを主張している。ぐるぐると巻かれた鎖は乾いた血がところどころに付着しており、錆も見えた。ヒロシは今まで見たこともない程劣化の進んだ鎖を見た。どれだけの間、彼は拘束されていたのか? 怒りを忘れ、ヒロシはふとそんな考えに至る。
彼は怒りを忘れたヒロシに微笑んだ。
「我が主よ、今一度、御身の過去を思い出してくだされ」
その言葉に怒りを思い出したヒロシはキッと声の主を睨みつける。
拘束された彼の石盤の背後から数多の小さな黒い手が伸びてきた。
ヒロシは息を飲んだ。後ずさる。黒い手達は一気にヒロシにまとわりついた。
「あっ。クソっ。何をするんだ!」
ヒロシは恐怖に再び襲われた。その後、今まで感じたことの無い不思議な感覚を味わった。その感覚は軟体動物のがいとう膜でできたドライバーで頭の中をこじ開けられるようだった。
ヒロシは悲鳴を上げた。同時に理性ではありえないと断じつつもどこか懐かしげなイメージが想起された。
世界ラドマーナ。地球の日本とは全く違う世界。物理法則をねじ曲げる魔法が存在し、日本語とは文法も発音も全く異なる未知の言語が共有され、そこで営まれる奇妙な文化が育んだ世界。
そこで鎖に繋がれた彼の主は、すなわちあの世界のヒロシとして生を受ける前の魂が魔族を従え、世界を支配せんと蠢いていた。
ヒロシは理解した。ラドマーナの世界が地球とは違う次元に存在したこと。自分の魂が魔族を統べる魔王の残骸だと。
眼の前にいる鎖で繋がれた人型の何かは魔神官ローヴェス。生前のヒロシの腹心にして懐刀だった老婆だった。
「俺は。俺は一体誰なんだ?」
「魔王イーライ様でございます」
ローヴェスそうだ。俺はイーライだ。ヒロシは徐々に思い出していく。
残虐の限りを尽くし。あらゆる種族から恐れられた最強の男。イーライ。世界ラドマーナの魔法を革命的な技術で魔術に昇華した天才。しかし、地球の記憶がその認識を拒絶する。違う。俺は鮫原ヒロシだ。父と母と弟がいる。ただの日本人のヒロシだ。真面目に学校に通い、日常を愛するヒロシだ。
(俺はどうすればいいんだ)
そのとき走馬灯のときに現れた怨嗟の声がヒロシの脳内に響いた。
<<何をそんなに迷うことがあるのか! 殺せすべてを! 奪え!>>
ーーあぁ、やればいいんだろ! やりゃあっ
ヒロシが投げやりにローヴェスの申し出に同意しようとしたとき希望に満ち溢れた声を思い出した。
~~ただ正義を忘れないでくれ~~
ヒロシは頭が真っ白になった。ヒロシは思い出した。家族のぬくもりを。魔王で居た期間は数千年。地球の平凡な少年で居た期間はせいぜい10年。そこには抗いがたい溝が存在する。しかし例えば一生のうち7日成虫であったならセミは「セミ」だろうか。地中に隠れ、一生の大半の姿である醜い姿の幼虫はセミだろうか? いやセミは羽を羽ばたかせ、生命の限り鳴く、成虫のはずだ。それが本性だ。
(そうだよな。世界を地獄に落とすのは良くねぇ。それは正義じゃねぇ。誰だが知らんがその言葉を信じるよ)
「いや、悪いな。断る」
ローヴェスは顔を歪ませた。目と口が無いので詳しくは伺い知れないが、確かに不快だと主張したいような雰囲気をにじませる。
「そうですか……。では、仕方がありません。取引をしましょう」
「はぁ? 何だよそれ」
ローヴェスは醜く顔を歪ませた。ローヴェスは人を貶めるのが好きなのだ。いつも捕虜に取引を持ちかけ、イタズラに希望を見せ突き落とす。要するに疑似餌で釣りを楽しんでいるのだ。ヒロシは恐怖した。過去の魔王の記憶が部下の残虐さをありありと見せつける。
「それは……」
そしてローヴェスは虚空から鳥かごを取り出した。
「……地球にいたあなたの御学友の魂の破片でございます。もし私に協力していただければ開放させてあげましょう……」
くそったれな世界に報復を @homatu
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