くそったれな世界に報復を
@homatu
第1話 日常を壊す異変
魔王が誕生する前、この地、ラドクスは豊かな穀倉地であった。しかし魔王が誕生し、魔族の勢力が拡大すると負のエネルギーによって人族の領域は侵食されて行った。
1人の少女は丘の上に佇んでいた。目に涙を湛えている。その涙は強さの証だ。ほとんどの人々は地獄の毎日に悲しみさえ失ってしまったのだから。丘の上からは王都ジルベールが一望できた。魔族の侵攻により荒廃した都市は現実の厳しさを教えてくれる。彼女は踵を返した。人々の絶望を背に負い、召喚の祠へと歩を進める。
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深い深い意識の奥底でたゆたうわずかな意識。なんとも頼りなく儚いこの意識は過去の因縁を拾っていた。
ギュルミッド、おいギュルミッド。なぜ俺を無視するんだ?
友達だろ? 戦友だろ? 忘れたのか。あの日々を。これからもニンゲンを殺しつくそうぜ?
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青い空、白い雲、そして輝かしい太陽。日本のとある県では梅雨が明け、過剰とさえ思える清々しさに包まれていた。その過剰さは舗装された道路すらこがす勢いなのだが。
1人の少年が慌てながら突っ走っていく。
「遅刻だ。遅刻だ」
スクールバックを荒ぶらせながら駆けていくその姿に通行人は珍しいものを見たかのように振り返っては興味を無くし視線を切る。
少年の名はヒロシ。高校1年生だ。
ヒロシが息せき切って学校に着くと体育教師が校門で待っていた。
「おい、遅刻だぞ」体育教師は怒った口調でヒロシを責めた。
学校の二階の窓から丸刈りの少年が顔を出した。
「もう、授業始まってんぞ」からかうような口調で丸刈りの少年は言った。
「うるせぇ、ハルト」とヒロシは返す。
「まだ話は終わってないぞ」体育教師はヒロシの首根っこを掴んだ。大柄な体育教師はやすやすと抵抗するヒロシを引きずっていく。
その時、轟音が響いた。
学校の上の空に黒い亀裂が走った。亀裂は耳をつんざく唸りを響かせ、どんどん広がっていく。
狼狽した体育教師とヒロシはただ呆然とその異常な風景に見入っていた。体育教師は顔を青ざめさせていた。
亀裂から大きな腕が生えた。5tトラックを軽々と持ち上げそうな黒く剛毅な腕は手のひらをさまよわせ、所在無げにふらふらと踊っている。
ハルトは窓から悲鳴を上げた。「おいなんだあれ。お前が遅刻を繰り返すから神様が怒ったんじゃないか?」
ヒロシがハルトの軽口に「知るかよ」と返そうとしたとき、空中の亀裂から生えた黒い巨大な腕は学校を押しつぶした。
不気味な地響きが起こった。ハルトの頭がヒロシの目の前に飛んできた。ハルトの体から分かれたそれは何回かバウンドして転がっていった。
ヒロシは転がっていったハルトの頭を目で追いかけた。追いかけることしかできなかった。頭は完全にフリーズして何も考えられない。「あぁ、あぁ」と言葉にできない吐息が歯の隙間から漏れていくばかり。
ヒロシの足元で体育教師は尻もちをついていた。「こんなことは起こるはずがない。これは夢なんだ」自分に言い聞かせるように何度もつぶやいた。
しばらくして轟音が止んだ。あたりは静寂に包まれた。遠くからかすかに救急車とパトカーのサイレンが聞こえた。ヒロシは黒い手に視線を戻す。そして絶望した。なぜならそれはヒロシの方へ伸びてきたからだ。ヒロシはガタガタと震えた。自分もハルトと学校のみんなと同じようになるのか? この疑問がヒロシを逃走に駆り立てた。
ヒロシは叫びながら逃げ出した。
「誰か誰か、助けてください」
ヒロシの哀願は虚しく、黒い手はヒロシを捕まえ握った。ヒロシは恐怖で失禁した。だがヒロシは黒い手から殺意を感じなかった。その手は優しくヒロシを握っていたからだ。亀裂のもとに黒い手が戻った。亀裂の中に黒い手が消えるとその亀裂は閉じて、また清々しい空へと戻った。
死傷者多数、行方不明者多数を出したこの摩訶不思議な事件は迷宮入りすることとなる。
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