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ごり

ディズニーランド

母が知り合いの子がくるからね、と言って呼んだのは男だった。それもアトピーのせいで赤ら顔の中年じみた二十の男。何やら学童で働いていた頃のお気に入りの子らしい。


男の無駄な女子力の所為でディズニーランドまで予約してしまった。僕もメッセージ上では女の子だと期待していたのだ。ピアノの弾ける儚げな娘をイメージしていた。


アマゾンで頼んだビートルズのベストアルバムのジャケットがイメージと違ったから返品した時みたいにこの男も返品してやりたい、と強く思った。

ただ魂はワリと女子のようで母と男は昔からの知り合いのように話している。弟もHTTP?と何やらよくわからない機械のことを話している。受け入れられていないのは僕だけらしい。それも仕方の無いことで妹ができる夢を見たから上げなくていいハードルまで上げてしまっていた。どちらかといえば映画を見て、そう作られているのだろうがどちらかといえば殺人鬼に感情移入出来る僕は母に隠れてノコノコ家に来た生娘と寝る気でさえいた。

それなのに来たのはこんなオジサン、母も女の子だと思っていたらしくカットモデルになっている男の姿があまりにも女の子で、母がこんなストーカーじみていたことにも驚きつつ、カン違いしたらしい。

僕はガックリしながらカガミを見ながら首元にある太くて埋まりきった毛を抜いた。なんだかハリガネ虫みたいに柔らかく、長い。あまりの太さ、長さにフラフラと貧血を起こし、カガミの前にうずくまる。カガミに映った僕は白くて、酷く可愛げがあった。下がりきったハードルは僕にも効き目があったらしい。おじさんよりは可愛いだろうと無意識の見下しが作用していた。


僕だってカワイイカワイイと中学の頃まで本物の女子に言われた身、どこか自尊心にその時のシコリが残って芽を出していた。

僕は決めた、いないのなら僕が成ればいい、酷く主人公然とした決意だった。


母はオバサンなのでたじろいだあとの立ち直りがバネのようだ。どこか飛んでいってしまわないかいつも見ていて、年端も行かない少女のような奔放さがある。まだまだ母は女の子のつもりらしい。


気を取り直して、ニ階の自室から一階へと降り、リビングで鳴る人好きのする話し声に耳を傾けつつ、洗面所に入りポーチに入ってる母の口紅を塗った。この時の歳はオジサンと同じ二十歳だった。次にコスメやらなんやらを塗りある程度の水準に達したところで、母が僕と同い年の存在しない妹を飼っている、クローゼットを開けた。通常イマジナリーフレンドとか妄想癖とかは七、八才であらかた消え去るものだ。母もそうだったがミラクルが起きてマタニティブルーの後押しもあり幼児退行した母は見えない友達を作り出した。


だから同じサイズの服はあった。

名前はルージュちゃん。金色の髪をしていて青い目をしているらしい。

ただ僕には完全再現するつもりは無かった。日本人の骨格に、というか僕に金と青は似合わない。


クローゼットの服に着替えた僕はロココ調の袖、スカートに戸惑いながらも階下へ降りた。稲妻のような叫びがリビングには落ちた。今すぐに逃げ出したい気持ちだった。

「ル、ルージュちゃん?」

ルージュちゃんの当たり判定はルーズだったみたいで母は僕をルージュちゃんだと誤認した。実の息子の上に塗る形でルージュちゃんは作られていたのだろう。カスタム品だったみたいだ僕の。

「ミツキくん?」この男、男男と言っていたけれど見覚えがある、どころかコイツ同級生のヒロくんだ。小学生以来だったから仕方ない。

「私、生んだおぼえないのに私のにおいがする。ありがとうルージュちゃん、きてくれて、うれしいなぁ。パパはいないけどよろしくねルージュちゃん。」この通り母は二十年間幼児退行のままなのだ。


仕事ももちろんできず年金が僕を育ててくれた。年金ボーイズ。そう言われていじめられたこともある。そんな時「助けて」って言ってきてくれたのがヒロくんなんだ。

思い出していくうち昔ヒロくんにどこか恋心のようなものを向けていたことも思い出した。


ただ今は違う。ヒロくんはオジサンになってしまい僕はこの通り無職だ。だからコイが始まることもない。


母は「あそぼ、あそぼ」と、袖口を引っ張ってくる見た目はどこか子どもっぽいので真に迫るものがある。母は十二才で僕を産んだから今、三十四歳。もう少し下だったか上だったかはよく思い出せない。

「明日はディズニーに行くんだよ、ルージュちゃん。いっしょに行こうね」と母が言った。


1人で女装するのもアレなのでヒロくんと弟を誘った。未だにエグザイルファンの弟は怒って部屋に閉じ籠もってしまった。エグザイルなんて聴いているから性根が腐っている。ビートルズを聴いていればこうはならない。


ヒロくんはすんなり女の子の姿になって母に挨拶をした。

「おなまえは?」

と母に聞かれたヒロくんは

「ミザリーちゃんです。」

母のセンスに無理矢理合わせなくていいのに、と思った。

あんなにオジサンだったのにこんなに可愛くなるなんて、化粧乗りのいい顔ってあるんだなあ、としみじみ感動。

お酒も飲んで疲れたのか母は眠ってしまった。寝顔はやっぱりオバサンだ。

ディズニーランドのキャンセル料は前日で半分らしく、僕はしぶしぶ仕方なく、ディズニーに行くことになった。

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