第42話 元最強と現隊長

 庄兵衛は猛スピードで津田に斬りかかる。津田は庄兵衛の攻撃を受け流すのが精一杯で、反撃をする暇がない。

 そんな中、周囲に蔓延るイレイザー構成員の屍の傀儡達も、津田へと向かって突進する。

 先程までは、他の傀儡達の攻撃は容易に対処でき、無力化にも手こずらなかった。しかし庄兵衛からの攻撃が増えたことで、苦戦を強いられることになる。


「邪魔だ、どけ……!」


 津田は床から氷柱を出現させ、周囲の傀儡が宙に舞う程吹き飛ばした。氷柱は津田と庄兵衛を囲う壁となり、二人だけが斬り合うフィールドを作り出した。

 傀儡達は氷柱越しに二人の戦闘に加入できず立ち止まる。


「どうか正気を取り戻してください庄兵衛さん……!」


 津田の訴えは庄兵衛に届かず、斬撃は止むことなく繰り返される。


 太刀筋が奇妙で読みづらい。思わぬ方向から刃がやってくる。生身の人間の可動域を取っ払って死体を操作しているからであろう。さらに庄兵衛さんという仕上がった肉体から放たれる斬撃は、とてつもなく速い。

 ──ならば動きを封じて隙を作る!


 津田は庄兵衛の足元を凍結させる。庄兵衛の動きが一瞬だけ止まった。しかし庄兵衛は氷の足枷を八つ裂きにして再び津田に斬りかかる。


「クソ、だったら……!」


 津田は氷の塵を辺り一面にばら撒き、息を止めて後退する。


 その氷の塵は吸い込めば瞬く間に肺が凍りつく。俺が能力の解釈を広げて編み出した業だ。だが屍の傀儡に効果があるかどうか……


 氷の塵の中から庄兵衛が姿を現す。津田の期待も虚しく、庄兵衛の動きに変化はなかったのだった。


「やはり屍の傀儡は呼吸など必要としなかったか……!」


 庄兵衛の猛攻は続く。津田は何重にも氷の防壁を生成して体勢を立て直そうとした。しかし庄兵衛は手際よく全ての氷を斬り裂いて向かってくる。

 氷のフィールド上には氷の破片が散乱し、辺りは水浸しだ。互いのズボンの裾が水で染みる。

 津田は能力の剣術を駆使してありとあらゆる攻撃を仕掛けるが、庄兵衛には一切通じなかった。そして疲労と痛みで動きが鈍る。

 庄兵衛はその隙を見逃さず、津田の腹に使い傷を与えた。


「グハッ……」


 それは一瞬だった。刃は空気を斬る音が聞こえるよりも何倍も速く、津田の身体に到達していた。

 致命傷を負った津田は膝から崩れ落ちる。傷口に手を当てると、鮮血が手のひらにびっしりと付着していた。深緑色の軍服がみるみる赤色へと変わってゆく。頭に血が回らず、意識が薄れ始める。

 津田の目には庄兵衛が刀を振りかざす姿が映る。そんな薄れゆく視界の中で、ギラギラと光を反射する刃だけがはっきりと見える。


 ああ。死ぬのか。まだ何も果たせていないのに。


 俺は国軍に入ってから、一度たりとも負けたことなど無かった。同期の中で成績はいつでもトップ。立ちはだかる敵共も瞬殺してきた。

 三年前に大量の犠牲者を出した最悪の作戦。それを強行した国軍上層部を潰す。俺はそれだけのために全てを賭けてきた。

 ここで死ねば俺が今まで殺めた命も、犠牲にしてきたものも、全てが無駄になる。

 ──だからこんな所で死ねない! 敵が国軍最強の剣士だろうと、俺は立ち止まるわけにはいかないんだ!


 庄兵衛の刀が振り下ろされる。その瞬間、津田は残された力を振り絞って立ち上がって刃をかわす。

 腹の傷の血は止まっていた。津田は傷口を氷結させて塞いだのだ。 鮮明な意識を取り戻した津田は、よろけながらも庄兵衛に刀向ける。


 刀を振り下ろしている庄兵衛は無防備になっていた。。

 その時、周囲の氷のフィールドの壁から、中心にいる庄兵衛に向かって氷柱が伸ばされる。そして氷柱は庄兵衛に到達した瞬間、庄兵衛の手足を拘束する。

 庄兵衛が身動きが取れなくなったところに、津田がとどめを刺そうと近づく。津田は庄兵衛の胸に刀の刃先をあてた。


「さよなら庄兵衛さん。俺が貴方を弔います」


 津田はそのまま庄兵衛の胸に刀を突き刺した。庄兵衛の刃が胸から背中へと貫いた。

 津田は刀を引き抜いて、こびりついた血を振り払った。水浸しの足元に波紋が静かに広がる。


 津田が庄兵衛の方に目をやった。すると先程まで微動だにしなかった庄兵衛の表情筋が動いた。その表情は津田を称賛しているようだった。そして二人は目が合い、庄兵衛の口元が動く。


「次の世代が立派に育っているようだな。これなら安心して逝ける」


 一言だけだった。庄兵衛は、ただそれだけを言い残して津田が反応する間もなく倒れた。


「庄兵衛さん……?」


 津田が呼びかけても庄兵衛は動かなない。津田は庄兵衛の顔を覗き込んだ。庄兵衛は安らかな表情で目を閉じていた。

 津田は庄兵衛の最期の言葉を胸に刻んだ。


「俺は貴方のように、皆に憧れられるような隊長じゃありません……。でも……貴方がそう言ってくれるなら……」


 そう言いかけた時、津田は倒れた。手足が震え、全身の鳥肌が立つ。段々と意識が遠退いてゆく。


「低体温症か……」


 津田の体温は傷口を塞いだ氷に限界まで奪われていたのだ。


「駄目だ……俺は喜助を追わねば……スーホ達が危険に……」


 そのまま津田は庄兵衛の横で意識を失った。


 to be continued

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