第43話 君に名前を
気付くと戸部は、沢山の二段ベッドが設置されている広い部屋に横たわっていた。
その部屋には、古びたぬいぐるみや、塗装が剥がれ落ちたミニカーなど、ボロボロになったおもちゃが所々に並べられている。大人数の子供が過ごしている子供部屋のようだった。しかし照明は薄暗く、壁や床がひび割れており、戸部はこの部屋が人の住むような環境とは思えなかった。
ここは多分、イレイザーに保護された子供達の部屋だ。兵十先輩もここで育ったのだろうか。
もしかしてあの娘もここにいるのか。探したいけど今はとりあえずみんなと合流しないといけない。
戸部は子供部屋から出る為の出口を探し始めた。部屋は薄暗いため、戸部は壁を伝いながら手探りでドアを探す。
すると、部屋の壁とは違う手触りの壁が眼の前に現れた。
横のザラザラの壁と違ってツルツルしてる。
その壁の正体は、兵十が作り出した結界の一部だった。目を凝らして半透明の結界の向こう側を覗くと、その先には扉があった。
「あの扉からは出れないな……」
暗い部屋に目が慣れた戸部は、部屋を見回して他の扉を探したが、この部屋には扉どころか大きな窓も無かった。あるのは30センチ四方の小窓だけだった。そしてこの部屋の唯一の出入り口に結界のせいで近づけない。そう、戸部はこの子供部屋に閉じ込められてしまったのだ。
「どうしよう……」
自身の力では破ることのできない結界を眼の前にして、戸部は途方に暮れていた。
「あの……」
すると突然戸部の背後から、今にも途切れそうな小さい声が聞こえた。聞き覚えのある声。
すぐさま声のした方を振り返った。するとそこには路地裏で初めて出会い、生徒会との決闘の最中に兵十を連れ去ったあの
「君は──」
目が合うと少女は影の手で逃げる間も無く戸部の身体をを掴んで縛り上げた。戸部は必死に藻掻くが、拘束を解く事は出来ない。兵十の火縄銃と狐の面が床に落下する。
少女は戸部を見上げながら申し訳なさそうに言う。
「ボスから侵入者を廃除するように言われてるの。だから……ごめんなさい」
消えそうな声で発せられた謝罪の言葉。その言葉からは強い葛藤を感じさせる。
締めつけるが段々と強まってゆく。藻掻く戸部を眼の前にして少女は俯いて眼を閉じ、手を胸に当ててギュッと手を握る。
「待って……! 頼む離してくれ! 俺はずっと、君と話したかったんだ!」
「わたしと……お話し……?」
少女は閉じていた眼をゆっくりと開く。そして戸部を見上げると、戸部は真剣な眼差しで少女を見つめていた。その眼差しに圧倒された少女は、無意識に拘束を解いていた。
拘束を解かれると戸部は、ゆっくりと少女に歩み寄った。そして少女の前で床に座った。
戸惑う少女に、戸部は優しく話かける。
「離してくれてありがとう」
「あっ……えっと」
少女は突然話しかけられ、何を答えればいいか分からず戸惑う。
「お話って……なに?」
少女は戸部と目が合うと無意識に目を逸らす。
「俺は、君と初めて会った日から思ってた。君はずっと、どこか寂しそうな目をしてるって。だから、そんな君を俺は助けたい」
少女は戸部から突然言い渡された内容が理解できず、応答に困惑する。
「……って言われても、訳わかんないよね。えっと、まずは自己紹介かな。俺は戸部。前にも聞いたけど、君の名前は?」
「名前…………えっと、その……十八……番」
十八番……。そういえば兵十先輩も首領に『十番』って番号で呼ばれてた。ここの子供は本当の名前を捨てられて番号で呼ばれてるのかな……。まるで囚人みたいじゃないだ。
戸部があれこれ考えていると、少女はもじもじとしながら続けた。
「あのね、その、わたし、名前がないの」
「名前が無い?」
「うん。他の子もみんなそう。赤ちゃんの頃に親に捨てられた子とか、戦争で家族が死んじゃってひとりぼっちになった子とか。みんなボスに拾われてここにいる。そんなわたし達をボスは番号で呼ぶの。」
多分、子供に犯罪をさせる時に本名を部外者に聞かれたら身元が特定されるリスクがあるから使わせないようにしてるんだ。こんな小さい子に……酷い。やっぱり助けてあげたい。
「俺は君を番号じゃなくて名前で呼んであげたい。だから君の本当の名前を教えて欲しい」
戸部は少女と打ち解けようと、名前を問いかける。しかし少女は更に戸惑ってしまう。
「あ、その……おぼえて……ないの」
「え……?」
「わたし、ここに来る前の記憶がないの。名前も、住んでたお家も、家族のことも。でも、ひとりぼっちで彷徨ってたわたしを、ボスが助けてくれた」
助けてられた……喜助に? こんな環境で暮らすことを強いられて、犯罪にまで手を染めさせられて……
「嫌じゃ……ないの?」
「それは……」
少女は少し言葉に詰まったが、その後は迷うことなく話す。
「ボスがやっちゃいけないことをやってるのはわかる。それをわたし達が手伝ってるのも知ってる。……でもボスはわたしの命の恩人だから。ちゃんと言うこと聴かないと、怒られちゃうから……」
そう言って少女は、何かを思い出したかのように俯く。手を見ると、微かに震えていた。
「でも、家族が居なくて寂しくない?」
「家族は……いるよ。ボスがお父さんで、ここに住んでる子達みんな、わたしの家族。」
「そんな……」
この娘は犯罪をしていることに確かに違和感を覚えている。でもそれ以上に喜助に対する感謝、支配される恐怖。そして一緒に住んでるの子達を想う心があるんだ。この娘はこの娘なりに考えてるのかもしれない。
──でも納得できない。
「そんな父親、家族なんかじゃないよ! 間違ってる! だから一緒に出よう、ここから──」
「それはできない」
先程まで小さな声で話していた少女が、突然大はっきりと答えた。その目は拒絶を示していた。
「
「でも……!」
「わたしの影の中に入ってくれたら、結界を通り抜けてあなたを連れ出してあげられる。あなたは悪い人じゃないから、死なないでほしいの。だから何もしないで、生きて帰って」
少女は今までになく饒舌にはっきり言った。少女からはその小さな体に見合わない程の強い意志が溢れ出ていた。しかし戸部はかまわず説得を続ける。
「それでも俺は! 君を見捨てたくない!」
「しつこいよ!」
「グエッ……!」
少女は足元から一本の影の手を生やして、戸部の腹部にストレートを一発喰らわせた。戸部はとんでもない勢いで吹っ飛び、背負っていた火縄銃入りのケースと狐のお面が転がる。
少女は戸部を引き離そうと、目を潤ませながら必死に訴えかける。
「どうしてそんなにわたしにかまうの!? わたしは誰も傷ついてほしくないの! 誰も死んでほしくないの! みんなを見捨てたくないの! なのにどうして……! あなたとわたしは家族でも何でもない、全く関係ない人のに!」
あの娘は俺の萬部での目標だ。初めて会った時からずっと君を助けたかった。こんな俺でも誰かを救えるって信じたかった。だからここまで来て諦めるなんて俺にはできない!
戸部はゆっくりと腹を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。そして少女に笑顔を見せる。
「確かに俺は君のお父さんでもお母さんでも兄弟でもない。君と血の繋がりもない、どこにでもいる普通の高校生だよ。……でもどうしても放っておけない。君に本当の家族を教えてあげたいんだ」
『番号で呼ばれるような関係が家族と言えるのか?』
少女は以前に暗殺者の"お父さん"とのエレベーター内での言葉を思い出した。
「わかってるよ……今の関係を家族なんて言わない……そもそも名前だって覚えてないのに……」
「名前が思い出せないなら俺が付ける。それで俺がその名前で呼んであげるよ」
「わたしに……名前を?」
少女は驚いて戸部を見上げる。
戸部は少女が被っているボロボロで年季の入った防災頭巾を確認した。頭巾には、ひらがなで名前が書かれている。しかし大部分が汚れていて、辛うじて読めるのは、「ち」と「い」と思われる二文字だけ。
「ち……い……。よし、君は今から『ちいちゃん』だ!」
「……!」
名前を呼ばれた瞬間、潤んでいた
「ちいちゃん。俺は君も兵十先輩も他のみんなも助けたいんだ。でも俺一人だけじゃそれができない。だから君の
「わたしの
「俺はちいちゃんを助ける。だから、ちいちゃんは萬部と
そう言って戸部は少女に真っ直ぐ手を伸ばす。
ちいちゃんはその手を掴もうと手を伸ばすが、自分の手が小刻みに震えているのに気付いて、一歩踏み出すことを躊躇う。
「……そんなことしたら、わたしたちボスに殺されてお人形にされる……!」
ちいちゃんの目が再び潤む。そんな怯えて震えるちいちゃんの頭を、戸部は防災頭巾越しに撫でて言う。
「怖がらないで。君達は何があっても俺が守るから。」
『お前が幸せだと思った方を選んで進めばいい』
『誰かがその答えを気付かせてくれるかもしれない』
暗殺者の"お父さん"の言葉が蘇る。
暗殺者さん。あなたが言っていた「誰か」は、この人なのかな。
遂にちいちゃんの目から涙が溢れ出す。
偽りの父親である喜助。通りすがりの元父親の"お父さん"。そして今、名前を与えてくれた少年の戸部。
三人の言葉は混ざり合って一歩踏み出す勇気へと姿を変える。
ちいちゃんは差し出された戸部の手を握った。その手の震えもう止まっていた。そして防災頭巾をパーカーのフードのように外す。
「あなたを信じる。だからわたしを、連れ出して……!」
「ああ、行こう。みんなを助けに!」
戸部は火縄銃と狐の面を拾って、ちいちゃんと影の中に飛び込む。
最初に目指すは結界の内側。兵十の居る場所だ。
「いくよ……戸部さん!」
二人は結界の奥へと入った。
to be continued
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