第25話 追憶

 遡ること約1年半


 東京能力者戦争から約二年。ルロイは軍を引退し、高校教師をしながら修道院を開き戦争孤児を保護していた。光が丘高校では萬部の子もを務め、光が丘修道院では院長を務めていた。


 ある初夏の日。あの日は澄んだ青色の空に入道雲が浮かんでいた。私は高校での仕事を終え、光が丘修道院の子供達と元へ帰った。私が帰ると、子供達が出迎えてくれた。「遊んでくれ」と何度もせがまれたが、私は畑仕事をしなければならなかったため断った。


 私は修道院の裏庭にある畑に向かった。畑に植えた野菜が芽を伸ばしているのを見て私は安心した。子供達が丹精込めて育てた野菜を美味しそうに頬張る姿が目に浮かぶ。


 私は農作業用の道具を倉庫に取りに向かった。倉庫の扉を開くと、木が軋む音がする。私はシャベルを取り出し、扉を閉めようとした。するとその時───


「キャアアアアアアアア!!」


 耳に鋭い悲鳴が突き刺さった。今のは扉が軋む音ではない。確かに悲鳴だった。私はシャベルを片手に、大急ぎで屋内に駆け込んだ。修道院の中は気味が悪い程、静まりかえっていた。自分の心臓が速まる音が頭に響く。それと同時に鉄のような匂い鼻にが刺さる。この匂いは戦場で幾度も嗅いだ匂い、血だ。


 この時私は直ぐに状況を察した。とても受け入れ難かった。「きっと皿を割って手を怪我したんだろう」などと自分に言い聞かせて、冷静になろうとした。私は食堂に向かって走った。次第に血の匂いが濃くなってゆく。遂に私は食堂に辿り着いた。


「何故このようなことに…………。」


 私は目の前の光景に絶句し、右手のシャベルを床に落とした。子供達や他の先生達が、首から血を流して床に横たわっている。私は倒れている人達に近づき、安否を確認したが、既に全員冷たくなっていた。死体の首には刃物で切られたような傷があった。死因は頸動脈を切られた事による出血多量だろう。ここの先生達が子供達を殺すなんて真似、するはずがない。つまり何者かが修道院に侵入して来た事になる。


 私が絶望していると、どこからかすすり泣く声が聞こえた。厨房の方からだ。厨房の方へ向かうと少女が一人と少年が一人、寄り添ってうずくまっていた。そこに居たのは、当時中学3年生で14歳の夏海とその弟の一雄だった。


「夏海さん、一雄君……大丈夫ですか!?」


「うう…先生……みんなが…みんなが……!」


「何があったか、話せますか……?」


 夏海は怯える一雄を抱き寄せながら、声を震わせて答えた。夏海の手は激しく震えていた。


「刀を持った人が…入ってきて……みんなを切って殺したの………」


「その人の特徴は?」


 「男の人で…スーツ着てた……。あと、眼鏡をかけてた………。」


「その男がどこに行ったか分かりますか?」


「わからな…………先生、後ろ!!」


 私は後ろを振り返った。振り返ると私の背後には日本刀を持ったスーツ姿の眼鏡を掛けた男が立っていた。夏海に言われるまで、私はその男の気配に気付かなかった。男は右手の日本刀をギラギラと光らせこちらを睨んでいる。男は日本刀をこちらに向けた。


「アンタ、元国軍のルロイ大佐だな?」


「それは曾ての名ですが、いかにも私がルロイです。それから、私からも一つ質問があります。ここに倒れている人達を殺したのは貴方ですか?」


「そうだ、俺が殺った。」


「何故このような残虐な事をした!?子供達も先生方も、何の罪もない善人のはずだ!」


 男は少しも悪びれる様子はない。恐らくこの男は、人を殺める事に慣れている。人を殺めすぎて、殺人に対して何の抵抗も無くなったのだろう。どれだけの数の命を奪ったのか計り知れない。


 男はその後も顔色一つ変えることなく淡々と話す。


「あの戦争の時、軍があのような残虐な事をしたせいで俺の妻と娘は死んだ。俺はに家族を殺されたんだ。故に俺は妻と娘の仇を取る為にアンタ達を殺す。そして奪われた分、アンタ達から大切なものを奪う。それだけだ。」


「妻と娘の仇……。そうか、お前が軍人を狙う連続殺人犯の、"お父さん"か。」


「どうやら世間ではそう呼ばれているらしいな。軍に家族を殺されを妻と娘を失った俺は、もう『お父さん』と呼ばれる事などないがな………。」


「確かに能力者戦争の時、軍の上層部は戦争を終結させる為に無茶苦茶な指示をした。のせいで多くの命が奪われた。私も上層部に対して強い憎しみを覚えた。しかし国民には、上層部の名前も年齢を性別も誰にも明かされていない。大佐だった私であっても知る術は無かった。」


「そんな事、何の言い訳にもない。アンタ達の罪は変わらる事はないのだから。」


「ああそうだ。大佐でありながら上からの指示を止められなかった私にも責任がある。だが、子供達や先生方には何の罪も無い。彼らが命を奪われる理由など存在しない。それなのにお前は自分の復讐の為に彼らの未来を奪った。お前が先程並べた言葉は全て、お前が殺人をする為の身勝手な言い訳にすぎない!」


「黙れ………。」


 先程まで顔色一つ変えなかったお父さんの表情が一気に険しくなる。お父さんから禍々しい殺気が溢れ出る。お父さんは日本刀を構えた。


「アンタに何が分かる……!?俺は自分の為ではなく、亡き家族の為に殺っているのだ。それをアンタは…何様のっりだ!?もういい、お前もここで地獄に送ってやる。」


「私は復讐の連鎖を断ち切る為にここでお前を止める。」


 ルロイは男に向かって斬撃を放ち、男を退ける。壁が崩れ落ち、土ぼこりが立った。土ぼこりで男の姿が目視出来なくなった。


「夏海さん、一雄君!私があの男を引き付けている隙に逃げてください!!」


「は、はい!」


 夏海は一雄を連れて立ち上がり、食堂の厨房から走り出した。ルロイは二人が屋外に出たのを確認すると、お父さんを追いかけた。


to be continued

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