第23話 銀木犀の花言葉

 エーミール部長が俺達と元へ戻って来ると、場は明るい雰囲気に包まれた。部員達が部長と喜びを分かち合う中、俺はただ一人緊張していた。


 第五回戦。次で萬部の運命が全てが決まる。そう思うと、強烈な不安に押し潰されそうになった。みんなが繋いでくれた襷は、俺にとって想像以上に重たいものだった。


 俺は立ち上がり、グラウンドに向かうとしていた。しかし手脚が震えて、中々前に進む事ができなかった。そんな時、俺は誰かに肩を掴まれた。


「落ち着いて、深呼吸してリラックス。」


 肩を掴んだのはシュンタだった。シュンタは俺に緊張をほぐす方法を伝授してくれた。


「一緒に居て、一番安心する人の顔を思い浮かべるんだ。」


「一緒に居て安心する人…………」


 俺の心の中に一番最初に浮かんだのは、幼馴染の顔だった。そういえばあいつとは別の高校に進んでからは全然話していないな。あいつは今も元気にしているだろうか。そんな事を考えていると、俺は自然と落ち着きを取り戻していた。


「どう、落ち着いた?」


「うん、バッチリだ。ありがとう、行ってくるよ。」


 俺がグラウンドに向かって歩いて行くと、既に中央に夏海の姿があった。夏海は真剣な眼差しでこちらを見つめている。そして俺と夏海はグラウンドの中央で向かい合った。


 夏海は中学の頃とは随分と雰囲気が変わっていた。低かった身長が俺と同じくらいまで伸び、顔の左側には前髪が掛かっていて左目が見えない。あの頃よりも大人びた姿になっていた。


「久しぶり、戸部君。こうして喋るのは、中学のサッカー部の時以来だね。」


「ああ、そうだな。」


 夏海は俺が中学の時に所属していたサッカー部でマネージャーをしていた。夏海は俺の幼馴染と一緒にマネージャーをする約束をしていたらしいが、俺の幼馴染とのすれ違いで結局1人でやる事にしたようだ。


「最近、あの子とはどう?」


「うーん、最近全然会ってないし連絡も取り合ってないから分からないな。」


「そう………じゃあ戸部君、好きな人とか彼女とかいたりする?」


「いや…俺別にモテないし、恋愛とかよく分からないからなぁ……。」


 夏海は少しの間俯いて黙ってしまった。しかし俯きながら、何か考えているようだった。


「────ばーか、早く気づきなよ。」


 夏海は小さく呟いた。俺は夏海の言葉をよく聞き取れなかったが、夏海はどこか悲しげにな、落ち込んでいるような気がした。


「ところで戸部君、突然だけど銀木犀の花言葉って知ってる?」


「銀木犀の花言葉……?」


前にも誰かに同じ言葉を言われたような気がする。誰だったかな………。


『銀木犀の花言葉って知ってる?』


 あの言葉が脳内で幾度も反響する。俺は少しの間考えた。そして、あの言葉の主を思い出した。俺の心に中学の卒業式の日の記憶が淡く蘇る。


──────────────────────────


 その日は中学校の卒業式があった。卒業式を終え、俺は中学校の校門を出ようとしていた。俺はもう通る事のない校門を眺めながら、中学での思い出に耽ていた。そんな時俺は桜の花びらが舞い散る木の下で幼馴染に呼び止められた。


「戸部君!」


「おぉ、どうした?」


 幼馴染は手に何か小さな紙のような物を握っていた。それを握りながら、幼馴染は俺の目の前に寄って来た。


「戸部君に渡したい物があるの……!」 


 そう言われ、幼馴染に何かを手渡された。手渡されたのは、薄い黄色の画用紙と白色の小さな花で作られた栞。銀木犀の花で作った押し花だった。


「おっ、ありがと。綺麗な花だな、なんていう花?」


「銀木犀っていう花だよ。戸部君は銀木犀の花言葉って知ってる?」


「うーん、花言葉とか俺、全然知らないなぁ……。銀木犀の花言葉ってなんなの?」


「それはね────」


 その時幼馴染は俺にその答えを教えてはくれなかった。


「いつか教えてあげるね。」


 そう言い残し、幼馴染はもじもじしながら俺の目の前から走って立ち去ってしまった。


──────────────────────────


 俺は結局、銀木犀の花言葉を知らないまま今日まで過ごしていた。何故今日まで忘れていたのか。


「銀木犀の花言葉はね、『初恋』だよ。」


「初恋………?」


 俺はあの日、幼馴染がくれた銀木犀の押し花の本当の意味に気が付いた。


 もしそれが本当なら幼馴染は俺の事を…?いや、でも流石に考えすぎじゃ……!?いやない!そうに決まってる!


「顔、すごく赤いよ!」


「べ、別にそんなことは…!」


 俺は混乱していた。頭の中がぐちゃぐちゃになって、何がなんだかよく分からなかった。でも、ただ一つ理解できた事がある。それは────


「あの子の気持ち、ちゃんと分かった?」


「うん、多分。そうゆうことだよな。」


「これが終わったら、ちゃんと答えてあげるんだよ!」


「あ、ああ……!」


 夏海は微笑みながら親指を立てて、俺にグッドサインを送った。ルロイ先生の癖とよく似ている。でも、夏海はどこか残念そうだった。


 戸部君とあの子はすごく眩しくて、私が戸部君に近づく隙は無かった。中学校の卒業式の日、あの子が銀木犀の押し花を渡していたのを見てそれを確信した。ならせめて、戸部君とあの子が幸せになれるようにしたかった。これで私の役目は終わり、あとは二人が結ばれるのを待つだけ………。


 夏海は静かに空を仰いだ。日が暮れ暗くなり始めた冬の空は、雲ひとつ無く澄み渡っていた。夏海は遠い目で薄暗い空に輝く2つの星を見つめていた。


 何で今まで気付かなかったんだろうな……。よく考えたらあんなに分かりやすいアピールする奴なんて、そうそう居ない。あいつの気持ちに応えてあげないと。それに、気付かせてくれた夏海にも感謝しないとな。


「なぁ、夏海。」


「………なに?」


「鈍感な俺を気付かせてくれてありがとうな。」


「やっぱり戸部君は…優しくて……ずるいよ……!!」


 夏海は涙目になりながらも、微笑みを見せた。それにつられて、俺も笑いがこみ上げて来た。


「ふう………これで私のやりたい事は果たせた。これで心置き無く戦える。」


「っしゃあ、萬部と生徒会。決着着けようか……!」


to be continued


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