第22話 部長と会長

 律と夏海が四回戦の作戦会議をする。


「ここまで生徒会は2勝1敗。次の四回戦で勝てば、我々の勝利が確定します。」


「萬部は四回戦に勝つ為に、エーミール先輩を投入して来るでしょうね。」


「そうですね。目には目を、能力者には能力者を。なので会長として、私が確実に打ち取ってきます。」


 そう言うと、律は立ち上がってグラウンドに向かった。


 エーミールと律。萬部と生徒会のトップ同士が、グラウンドの中央で対面した。


「律、まさかの君が萬部を解散させる為に動くなんて思わなかったよ。」


「今は生徒会長の水上律として貴方と戦います、エーミールさん。」


 律は淡々と話す。エーミールは曾ての律と、目の前に立ちはだかる律の変化に動揺していた。


「両者前へ。ではこれより、第四回戦を開始する!」


 ルロイの合図と共に二人は臨戦態勢に入る。両者は距離を取り、互いの様子をうかがっていた。先に仕掛けたのは律だった。律は懐から水鉄砲を取り出し、エーミールに水を発射した。放たれた水は物理法則を無視した動きを見せ、エーミールに纏わりついた。


水縛すいばく


 エーミールを濡らす水が縄状になり、エーミールを強く縛った。律は身動きが取れないエーミールに常人には出せない速さで近づいき、パンチを食らわせた。


「ゔっ゙…なんて力だっ…!」


 エーミールはパンチを受けきれず、吹き飛ばされた。エーミールを縛っていた水の縄は地面との摩擦で千切れて無くなった。再び律がエーミールに突撃し、何発もの拳と蹴りを入れる。エーミールはそれを受け流すので精一杯だ。エーミールは蝶の幻影を律の顔の前に投影し、距離を置いた。


 律の身体、妙に熱い。血行を良くして身体能力を向上させているのか…。体術で律に勝つのは、ほぼ不可能だ……。


 幻影の外に出た律は水鉄砲を連射した。放たれた水を小さく鋭い金属片のような形に姿を変え、エーミールの全身に突き刺さった。


「痛っ…!」


 エーミールは全身に走る痛みに苦しむ。律はエーミールにゆっくりと近付き、水鉄砲の銃口を向けて見下した。


「律…いつの間に強くなったんだね……。」


「私はあの頃のように弱くありません。諦めて下さい、貴方は私には敵いません。」


「それは出来ないね……。僕はみんなの思いを背負ってるんだ。だからここで諦めるにはいかない!」


「愚かですね…。大人しく降参すればいいものを……。どうなっても知りませんよ?」


 そう言うと律は、跪いて立てずにいるエーミールの顔面を掴んで持ち上げた。


「知ってますか?人体の60%は水で構成されているんですよ。」

 

「かっ…身体が熱いっ……!」


 律はエーミールの体内の血の巡りを向上させ、体温を急上昇させた。エーミールは全身が沸騰するような感覚に襲われた。急上昇した血圧に対して心臓追いつかず心臓は悲鳴を上げ、エーミール悶絶した。律が手を離すと、エーミールはその場に倒れ込んだ。


 萬部に居た頃とは強さも人柄も、まるで違う。あの頃の彼は穏やかで思いやりのある人だったはずだ。でも今は僕達を解散させるのに必死で、に身も心も強靭になっている。どうして……どうしてそこまで───


「律、君は何故そこまで萬部に執着するんだ……?」


 エーミールは息を切らしながら律に問いかけた。すると律は呆れたような顔をした。


「執着してるのは貴方達ですよ……。こっちが聞きたい。何故貴方達は人を助ける事に執着するのか。危険だと分かっていながら自分を犠牲にしてまで!何故ですか!?」


「確かに僕達は危ない事を沢山経験してきた。能力者戦争の時なんて、死にかけたよ。」


「だったらどうして!?さっさと逃げればいいものを!」


「みんな、萬部が好きなんだ。だから僕はみんなの居場所を守りたい。信じてくれる仲間も、ここに来て目標を見つけた子もいるんだ。それを潰させる訳にはいかない。」


『俺はあの子を助けたい。それが俺の萬部での目標です。』


 エーミールは戸部の言葉を思い出し、それを糧に立ち上がった。


「だから僕は部長として戦い続ける!」


 エーミールは自身の周りに蝶の幻影を投影し、身を隠した。蝶の幻影が晴れると、そこにはエーミールの姿があった。律はエーミールに近付き蹴りを入れた。しかし手応えがない。


「今確かに蹴ったはず……。」


 律の目の前からエーミールの姿が消えていた。律が後ろを振り返るとエーミールの姿があった。


「そこか!」


 律は再びエーミールに蹴りを入れる。しかしまた手応えは無い。


「………!?」


 またもや、エーミールは律の視界から消えていた。律は周囲を見回した。すると8人のエーミールに取り囲まれていた。


「幻影に自分の分身を投影しているのか………!」


「正解さ。僕の出す幻影は色を自由自在に変えられる。」


「どこにいる……!?」


 困惑している律の後ろから、エーミールが近づく。律はそれに気付かなかった。エーミールは律の首に、手刀を素早く叩き落とした。律は意識を失い、膝から崩れ落てその場に倒れ込んだ。


「律、戦闘不能。よって勝者エーミール!」


「やった!部長が勝った!」

「流石エーミールだ……!」


 部員達は歓喜して、お互いに喜びを分かち合った。


 その後、すぐに律は意識を取り戻した。律は周りの反応から、状況を察した。


「私は…もう…負けたのですか………?」


「そうだよ。君は僕に負けた。」


「そうか………」


 律は俯き黙り込んだ。そして静かに立ち上がり、その場から立ち去ろうとした。しかし、エーミールは律を呼び止めた。


「君に一つ聞きたい。君はどうして萬部を解散させようとしたの?」


 エーミールの質問を聞くと、律は涙目になり声を枯らしながら答えた。


「僕は、一人だけで逃げた自分が情けなかった……。どんなに危ない目に遭っても逃げ出さなかった君達に、僕は嫉妬してたんだ。すごく身勝手なのは分かってる。でも…でも……!」

 

「律、君は間違ってなんかないよ。でも正解かも分からない。でも君が下した選択を、君自身がそ否定するのなら、後悔しないように前に進めばいい。」


「エーミール………」


「それと喋り方、その方が合ってるよー。」


 律は涙を流しながらエーミールを見つめた。律には、自身を優しい眼差しで見つめるエーミールが光輝いて見えていた。そして、自身とエーミールの差を改めて実感した。


「きっと僕は最初からエーミールに負けていた。実力も心も。やっぱり君は強いな……。」


 エーミールは部員達の元へ帰る為に立ち去った。律の目には誰よりも大きい、エーミールの背中が映っていた。


 さて、最後は戸部君か…。きっと僕は彼にバトンを繋げられたはずだ。萬部と生徒会の決着を見届けようか。


to be continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る