第11話 文獣

 どうして俺を頑なに萬部に入れようとしないんだろう。俺はそんなモヤモヤを抱えながら試験当日を迎えた。


 放課後、俺達は部室へは行かずに学校の門の前でルロイ先生を待った。校門は帰宅する生徒が多く通って行く。暫くすると、ルロイ先生が歩いて来た。


「お前達、全員居るか?」


「いえ、兵十君がまだです。」


 兵十先輩はエーミール部長にしつこく言われて、さっき火縄銃を部室に置きに行っていた。


「すまない、待たせた。」


 兵十先輩が来た。兵十先輩はいつも背中に背負っている火縄銃の入れ物を持っていなかった。部長に言われた通り置いてきたようだ。


「少し待て、今迎えが来るはずだ。」


 ルロイ先生はそう言って、辺りを見回している。校門を通って行く生徒達は「久々に見た。」「辞めてなかったんだ。」と、ルロイ先生の姿を見て驚いている。


 暫く待っていると黒いワゴン車が走って来て校門の前に止まった。すると、運転席の横の窓をから中年の男が顔を出した。


「久々だな、ルロイ。」


「悪いな大造、車まで出してもらって。」


「気にすんな。ま、乗りな。」


 そう言われると、ルロイ先生はドアを開けて車の助手席に乗り込んだ。


「君達も乗って。」


 中年の男に言われて、俺達は車に乗った。生徒達がチラチラこちらを見ている。同じ学校の生徒が怪しげな車に乗り込んでたら、そりゃ気になるだろう。


 車は暫く走った後、高速道路に入った。車窓からは徐々に山が見え始め、車が田舎へ向かって行くのが分かる。


「俺は大造だ。俺らが今から向かう『防衛省危険指定文獣収容所』の責任者をしてる。」


 大造さんがそう自己紹介をした。その後に、俺達も自己紹介をした。


 文獣とは、能力を持った生物の事である。その多くは、傷を受けても短時間で再生する。文獣の中でも危険と見なされたものを「危険指定文獣」と呼ぶ。観測された順に番号がつけられる。危険文獣は軍が捕獲・討伐を担当し、討伐不可能と判断された場合は、大造が責任者を務める「防衛省危険指定文獣収容所」にて厳重に収容される。また、文獣を従えて戦闘する者を文獣使いと呼ぶ。


「君達がルロイの教え子か。話は聞いてるよ。」


「はい、そうです。ところで、大造さんとルロイ先生はどういったご関係なんですか?」


 エーミール部長が礼儀正しい言葉遣いで尋ねる。


「俺らは昔同僚だったんだ。」


「じゃあルロイ先生もその危険指定文獣収容施設で働いてたんですか?」


 エーミール部長がそう尋ねると、車内に一瞬沈黙が流れた。ルロイ先生は少し黙ってから口を開いた。


「私達は元々軍人だった。今は引退したがな。軍を辞めた後、私は修道院を開いて戦争孤児達を養いながら、高校で教師をする事を決めた。大造は前線を退く際に収容所の責任者に任命された。大造は文獣使いだからな。そして今に至る訳だ。」


 ルロイ先生は話を続ける。


「私達は3年前のあの戦争がきっかけで軍を辞めた。あんなむごい事をした軍に嫌気が差したんだ…。」

 みんなの表情が曇る。あの戦争の事は日本人なら誰でも知っている。

 

 通称「東京能力者戦争」。約2ヶ月の間、東京都心が戦場と化した戦争だ。犯罪組織に所属する能力者がテロ事件を起こした事が発端となり始まった。軍が鎮圧を試みたが抗争が激化し、いつの間にか東京都心が戦場になっていた。そこで軍は、戦争を集結させるために危険指定文獣を戦場に放った。それにより戦争は終結したが、戦場に居た多くの者が犠牲となった。更に文獣が戦場の外へと飛び出し、一般市民にも多くの犠牲を出した。シュンタもあの戦争で親友を亡くしたと言っていた。東京能力者戦争は、史上最悪の戦争と世界中で言われている。


「この話はやめよう…。もう過去の話だ。」


 大造さんがそう言って話を切り上げたが、車内の空気は暗く重たいままだった。車のミラー越しにルロイ先生の顔が見えた。ミラー越しのルロイ先生は悲しげな顔をしていた。


 車は高速道路を降りて、目的地に近づいて行く。車窓から収容所の敷地が見える。


「ここが危険指定文獣収容所…。」


「すごく広いですね。でも建物自体はそこまで大きくない。」


「敷地の広さ東京ドーム約12個分だ。大型の文獣も収容できるようになっている。まぁ設備の大体は地下に埋まってるけどな。」


 周りは山に囲まれていて、人は全く歩いていない。この辺りに民家はないそうだ。


「さ、着いたぞ。」


 車は建物の敷地内の広い駐車場に止まった。俺達は車を降りて、入口へと向かった。


「所長、そちらの方々は?」


 入口で警備の人に止められてしまった。


「客人だ、通してやってくれ。」


 大造さんが事情を説明して、何とか入れた。大造さんは本当にここの責任者のようだ。


 俺達はエレベーターで地下へ降りた。エレベータの中で試験内容について尋ねた。


「先生、こんな遠い所まで来てどんな試験をするんですか?」


「戸部。これからお前には危険指定文獣の内の一体、『ナンバー008:コードネーム・クラムボン』を討伐してもらう。」


 ルロイ先生の言葉に、その場にいた全員が目を丸くした。

「先生、そんなの無茶ですよ…!」


「危険指定文獣を一人で討伐…?」


「そのくらむぼんって奴はそんなにヤバいんですか?」


 俺は訳が分からず尋ねた。


「危険指定文獣と戦闘するなんて危険すぎる。それを一人で討伐なんて一般人には不可能だと思うぞ。ルロイ、お前本気か?」


 大造さんも心配している。収容所の責任者の言葉だから、とても説得力がある。


「そんな…。」


 俺はあまりにも絶望的な状況を前に絶句した。


「このくらいは出来ないと、この先やっていけない。」


 エレベーターが停止し、ドアが開いた。目の前には薄暗くて長い廊下が続いている。


「さ、こっちだ。」


 俺は不安を抱えながら、大造さんの案内について行った。廊下には巨大なシャッターがいくつか並んでいる。この中に危険指定文獣がいるようだ。


「ここだ。」


 目の前には巨大なシャッターが聳えている。大造さんが壁に設置されているスイッチを押すとシャッターがゆっくりと開く。シャッターが開き、中に入ると目の前には巨大な鉄の扉が聳えていた。


「この扉の向こうに奴がいる。」

「この先に、クラムボンが…。」

 俺は息を呑んだ。


「クラムボンについて説明しておく。クラムボンは蟹型の文獣だ。奴の能力者は巨大化。最大限巨大化した時のサイズは高さ13m、胴体の横幅は22mだ。」


「そんなに大きいんですか!?」


「だから君には、俺の文獣『残雪』を貸す。」


 大造さんはそう言うと指笛を鳴らした。すると、廊下の奥から一匹のガンが飛んできた。ガンは大造さんの隣に着地し、大造に撫でられる。


「こいつは知能が高いから人間の言葉が理解できる。文獣では珍しく人間に友好的だから安心してくれ。残雪の能力者は透明化だ。上手く活用してくれ。」


 残雪は普通のガンよりも大きい。人を1人くらいは乗せて飛べそうだ。


「それど、この刀。普通の刀だ。丸腰じゃあ心許ないだろう。」


「ありがとうございます。」


 俺は刀を制服のベルトに携えて扉の前へ向かった。


「戸部君、頑張って…!」


「お前ならきっとやれる。」


「戸部、きっぱれ。」


「僕は君を信じてる…!」


 みんなの声援を受けて、俺は残雪と共に扉の前に立った。


「戸部、準備はいいか。」


 絶対に成果を出して先生に俺を認めさせてやる。

俺は後ろを振り返り答えた。


「いつでも行けますよ…!」


「………そうか。」


 俺を見守るルロイ先生の表情はどこか悲しげだった。

「それでは、試験を開始する。」


to be continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る