第二章「この冒険者パーティは持ち家がない」

第一話:「一難去ってまた一難」


チュートリアルは、とても長かった。

 

ケツ毛こと<トルトル>の群れに襲われ。それで助けてくれた美少女は、男に飢えた訳アリ冒険者で。


 ああだこうだしてたら道端で大魔族の末裔とかいうメスガキを見つけ。奴隷契約を結んでいろいろ話聞いてたらほんとに大魔族の末裔で。


 俺を殺すという明確な殺意を王立防衛軍と王都科学院に向けられ。晒し首になりそうなところをサナの支援魔法、そしてリナの妨害でなんとか生き延び。

 

正当防衛を肩代わりしてくれたサナと、頭の回る御年121の婆さんであるリナと、今は絶賛逃避行をしている。


 もう<セントラム>に住所はおけないだろう。


 俺を殺そうとした大佐の名前はバルドゥーンといい、奴は、あれだけ切り刻まれても、死にはしなかったらしい。この世界の治癒魔術は優れている。肉体が完全につぶれていない限り、なんとか復元できるそうだ。

 

それも相当な時間がかかるそうだが。

 だが、これで晴れてお咎め人だ。冒険者になったというのに、<セントラム>の冒険者ギルドにも顔を出しづらいとは。


 今は野営を行う日々だ。この世界を、全力で生き残るために。


 ただ。


「一度入手したスキルは自分では解除できないんだって、説明受けたでしょ!」

「指名手配だぞ俺たち! 長居できなくて、半ばバッチを強引に奪ってきたんだ! 説明なんかろくに受けてねえよ!」


 まー。


 俺が異世界に来て、冒険者になって。最初にステータスの割り振り画面で入手したスキルというのが。


 異性に対するフェロモンの増加スキル。レベル5(マックスである)。

 

一定時間俺の目を異性が見つめると、強制的に「堕ちて」しまうらしい。なんとも有用なスキルであると思ったが、それは人に収まることはなく。

 

焚火にくべる乾燥した薪を拾ってきたときも、産卵期の<クロム>おおよそ五十体くらいを引き連れて俺は帰ってきたきたらしい。後ろに気配は感じていなかったのだが。振り向いてのあまりの衝撃に俺は気を失い、集合体恐怖症を患うリナは勢いのあまり焚火との距離およそ1m近くで爆破魔法を使用し、俺たちは野営地を移さざるを得なかった。


「——はあ。まったく、幸先が悪いよ」

「ほんとだよ、くそお」


 ここは<セントラム>から距離にしておおよそ50メル離れた大峡谷。ここに来るまでに、たくさん野営地を転々とした。付近の地形に半径5メルほどの抉れが確認できて、さらに火をつける前の焚火痕が見つかれば、そこは俺たちが野営に失敗して移動した痕跡である。それが計十二回ほどだ。


 莫大な魔力を消費する爆破魔法を使用して、野営地がお釈迦になっているために、リナの腹の音が止まった瞬間はない。サナがトルトルの一頭を丁寧に切断し、それをあぶって肉にして食料としているが、そもそも魔法を使用しない生物の筆頭であるトルトルの肉を食ったところで魔力は一ミリたりとも回復せず、 食っても食っても腹が減っている。


 かくいう俺は、この世界に来てから、食欲を感じなくなった。別に一日何も食べなくても生きていけそうなのだ。健康状態に悪影響を及ぼすだろうから、一日に一回は肉を食べているが、偏食がひどくても胃がもたれることはなかった。

そういう逃げ続ける生活を送ってはや一週間。


 つまらん。実につまらん。

 何も進展のしない平凡な野営生活を送っていた。一体何が楽しいんだ。


「くそったりゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 いつしか。


 精神がまいってしまうくらいのマンネリズムの影響で、俺は爆破魔法を使いこなせるようになっていた。


 朝、起床をする。柔らかな布団——ではなく、じめじめする草原の上で。


 思いっきり風呂に入りたい気分を抑えて、服を整え。

 果てしなく広がる荒野の向こうにそびえる、巨大な大蟻塚を標的に。


「よーいしょっと」


きゅいん、と魔力を吸い込む音がしてから、凄まじい速度で紅玉が魔法陣の中から飛び出し。


 蟻塚の表面に着弾したと同時、大きな爆発とともに、その蟻塚が飛散した。きのこ雲が空高く上がっている。


 威力も上々だ。


 現実世界の知識を転用させると、爆破魔法というものは、他の四つの代表的な元素魔法を組み合わせ、その粒子の核融合を遠隔で引き起こし、それで莫大なエネルギーをもとに地形を改変するという。


 かのオッペンハイマーもこのような気持ちではなかっただろうか。私はなんて素晴らしいものを作ってしまったんだろう。同時に、賢者タイムも訪れる。


 「何してんだろ俺」とつぶやく、ここまでがワンセット。

 マンネリズムである。


 たまに、早起きをしたリナとサナが横に並び。


「まだまだだな。元祖、いきまーす」

 まーた、荒野が抉れる。俺の数倍の威力を伴った爆破魔法が炸裂し、荒野に巨大な爆発音が響き渡る。


「......こうですか、師匠」


 サナも続けて黒い魔法陣を作り出す。魔力を吸い込んだあと、あまり間を空けずに爆破魔法が同地点に炸裂する。


「おお、いいね。イオリよりも威力が強いじゃないか」


 いつの間にかサナでさえも爆破魔法を使いこなせるようになっていた。ええ? 使える魔法の種類に上限があるんでしたよね、サナさん。


「師匠、もっと、爆発範囲を広げたいんですが」

「魔力は粒子の塊だ。それを直接掴めるようにイメージをすると、破壊力、速射性の両方をカバーできるようになるぞ。上達は、一歩ずつだ」

「わかりました」


 いつのまにか師弟関係を結んだサナとリナは、こうしてマンネリズムが進行する野営生活の中でも、新たな発見を見つけて——。


「チガーウ‼」


 これでは頭のおかしい魔法少女が三体も製造されてシマーウ‼

 こうではなかったはずだ、俺の冒険者ライフは。


「どうしたのイオリ」


 サナはきょとんとした表情で、きのこ雲を背景に、俺に訊ねる。


「こんなのじゃなかったはずだ、俺の冒険者ライフ! もっとこう、未知なる洞窟に挑んだり、あと知らない動物たちを発見したり、こう、歴史に名を残すような活躍をしてみたり、だとか、派手なことしたいんだよ派手なこと!」


 もう、我慢の限界だ。


 毎朝適当に爆破魔法を放ち、昼にも放ち、夜にも放ち。「あっミスった」とかいって野営地ごと吹き飛ばして数メルの移動を余儀なくされたり。もう爆破魔法による自分の魔力の無意味消費(以下、これをGと呼ぶことにする)をするのには飽きたんだ!


 これでは、俺たちはGしかしなくなる。南部は比較的安全だ。だから強大な敵対生物に出くわすことが本当に少ない。だから、必然的にのんびりスローライフを過ごすことになるが、唯一の楽しみがそのGしかなくなるという壊滅的状況におかれることになる!


 タブレットもスマホもパソコンも同人誌も何もなくて、ただでさえ本当のGができない今の俺はもんもんだッ!


 ううっ、いっそのこと獣になってやろうか、ああ!?


「そうね......」


 最後まで話を聞き(おまけ俺の心を覗き)、頷いていたサナが、ゆっくりとこっちに歩んでくる。


「もう、そろそろガマンの限界なのかもね......」

 

妖艶な雰囲気を纏ったサナが、俺の皮膚に指を添わせる。非常に至近距離で、いい匂いが漂ってくる中、俺の身体の下部分につけられたなにかを掴んで——。


「チガーウ‼」


 ちくしょうこの意味わからんスキル、解除してから考えようッ‼

 俺はフォーティスに急いで二人を載せると、セントラムに向けて全力疾走させた。

 

 

 

「いらっしゃい! どうだ兄ちゃん、この魔道具はな......」


 結局、セントラムに戻ってきた俺たちは、このままの身なりでいては捕まるがために、ガロンの店で身を隠せる装備を購入することにした。


「サナ、やってくれ」

「<カペアー>っ」


 サナの腕にはめたリングが紫色の魔法陣を伴う。

 上級闇魔法、<カペアー>は、人を操る魔術。


「お得だぜっ——お、おい、なんだこれ、身体が勝手に......!」


 路地裏に潜伏した我らイオリーズは、路地裏に完全に引っ張られたのを確認してから、ガロンの身柄を——。


「おお、兄ちゃん、黙ってねえで。とっとと売り上げ金の一部でも出しなあッ!」

「ひいっ」

「いや違うて」


 ぽかっとつついて、完全に脅迫だったリナを抑えると、「ガロン、俺だ」と言い、正体をばらす。


「お、おうイオリかッ。無事だったのか、今指名手配......指名手配じゃねえka⁉」

「<コントラクタス>」

「うがあえええええええええええええええええええええええええええっ」


 口封じのために、サナが奴隷魔法をかけた。これで指示したときにしか話せない。


 ......ってか結局脅迫になってんじゃねえか。


「ガロン。お前の店って、変身装備売ってたりしないか。それと眼鏡」

「ん、んん、はっ、あ、ああ、いろいろ置いてるが......眼鏡?」

「ないと困るんだいろいろと。うちの連れが発情期まっただ中で」


 ぶん殴られながらも説明を続ける。


「頼むよ、予算は二十万だ、俺たちは表に出れないからささっとお願い......!」


 額に紫色のダサいタトゥーを埋め込まれたガロンは「仕方ねえ......」と言いながら、表に出ていった。


「ほんとにあいつは用意してくれるのか? ここに来るまでにちらっと指名手配の紙を見たんだが、私たち三人全員差し押さえたら五十億だとよ」

「「五十億⁉」」


 なんだその値段。一般人は気を失って転倒する額だろう。

 あの店主の一年の売り上げより倍以上はあるのではないか。


 ではなおさら、この格好では町を歩けない......。


 メインストリートのほうに三人で視線をやった。

 ガロンが、見回りの軍人に、何やら話しかけている。


「あっすみません軍の人ですよねあの指名手配の三人捕まえたんですkedo」


 あのくそったれ店主があああああああああああああッ‼


 サナは焦って奴隷魔法を使用し、大電流を流す。「ぎいやああああああああああああああああああああ」と叫ぶガロンを横目に、さらに魔法をかける。


「<プロペレンテ>ッ!」


 通行人の一人が紫色の光で発光した後、誰かに意識を乗っ取られる。


「ふうう」

 サナは息を吸い込み、声を発した。


『いたぞおおおおおお! 悪魔の子だあああああああッ!』

「何ッ!」


 軍の人は近くの同僚を引き連れ、そちらに駆けていく。民も多数そっちに流れていき、メインストリートの石畳には、髪がぼっさぼさになって意識が朦朧としているガロンと、サナが意識を乗っ取った一般人がいた。


 えっすげえ、闇魔法って人乗っ取れるんだ。

 いろいろな使い方があるなあ、と、闇魔法の優秀さを知った。


「カペアー」

 サナが意識朦朧としているガロンを、また路地裏に引きずりこむ。


「おい兄ちゃん、黙ってねえで、売上金の全部とっとと出しなあっ!」

「「出せやああああ!」」


 脅迫です。

脅迫をすると、店主はついに折れ、「わかった、わかったよ」と言い、速やかに変身装備を用意する。


「ふん。どうだ、俺ってバレないか」

「誰だよ」


 俺はガロンが速やかに選んできた変身装備を着用した。鏡がない、だから俺の姿がわからないのだが、髪も染めてみたので、大分見た目的には違うのだろう。眼鏡をかけていて、これでスキルの効果はなくなるだろう。


「わ、私は原型をとどめてないよね」

「あ、ああ」


 わー。

 なんてかわいらしいんだろう。


 彼女は碧髪に碧眼をちらつかせた爽やかな少女に化けていて、そのへっこんだ胸をなぜか胸当てで強調している。肌の露出が非常に多い服装で、ぱっとみて、これが冒険者のサナである、とわかる人間はいないだろう。非常に軽装備だ。


「ど、どうかな」


 なんて聞いてくるので、「ああ。ないものをあるように図々しくしているところはあるが、それ以外は大丈夫だ」と言うと、殴られてしまった。


「わ、私は」


 ——うわあ。

髪型や服装が視覚効果に与えている影響は凄まじいものなんだな、と、着替えたリナを見て思う。まるで別人だ。


 「きれいなリナ」と表現すればわかりやすいだろうか。ポニーテールの髪型で留めた髪は幼さをかき消し、大人と子供の中間。ちょうどグッドなタイミングの思春期女子を体現したかのようなスタイルをしている。


「いいじゃないか。121って書いてあるゼッケン作ってくる」


 またサナとリナに殴られてしまった。えっと、いかがいたしましたでしょうか、サナさん。


 少しリナをジーっと見ていただけで、殴らないでくださいね。


 それはともかくとして。

 冒険者らしい生活を送るには、やはり都市に所属するしか方法はない。

 だが、指名手配されているゆえ、あまり公に顔を出せない。

 なら、俺たちに残されたやり方は——。


 指名手配を、取り払ってもらうことだ。

 ——王立防衛軍のとこに、カチコミにいってやる。


 チュートリアル終わってから、プレイヤーへのアシスト皆無って。

 大丈夫かよ、運営。難易度設定、バグってねえか。


 俺の冒険者らしい生活を取り戻すために。

 まずは、この街で認められなければならない。

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