第十三話:「まだ死にたくないんだ」

 俺は、ただ。

 試合に、勝った。

 

 そのため、バッチを獲得することができた。冒険者のバッチだ。晴れて、冒険者の資格を得た。


 なんとも残酷な世界だ。


 ティトゥスという人間は、今日でこの世界から永久退場。

 それも、この世界に来て一日くらいの、中途半端な人間に殺されて、退場。

 悪魔の子。奴は最後にそう言った。それだけ覚えていた。


 ——いいだろう。悪魔の子として、生き延びてやる。


「これで晴れて冒険者だね。よかった、よかった」

 サナは俺の独り立ちを喜んだ。控室に響く、彼女のうれし泣き声。


「イオリっ」

 控室の扉をけ飛ばす勢いで、リナが入ってくる。


「はあ、はあ。よかった、お前、生き延びれたな......」

 彼女は汗を濁流のように流していた。何か、大事に出くわした後のようだ。


「流石、私が認めた男だ。やってくれると、思っていたよ」

 へっ。リナめ、俺がタダ飯食わせてやることを期待している目をした。


 しょうがない。いつか、お前にマンゴーを食わせてやれる日が来るまで、養ってやる。


「まあ、お前はその、王立軍に......」

「リナ」

「あ、ああ。そうか、もう知っているのか」


 サナがリナを抑止した。


 どうやら、俺は殺される前提でこの戦いに挑まされたようだ。なにせ、科学院というお偉いさんの組織が、俺を殺せと命令するのだ。

 <オミニポテンの悪戯>だからか? にしては、ティトゥスも、観客席の最上部、王立軍の幹部も、俺に対して明確な殺意を向けていた。


「ま。生きてりゃ誰にだって恨みを買われることはあるさ。切り替えていこう」


 ——キャプテンか、って。


 リナは切り替えろ、と言った。俺はこれで自立する。チュートリアルは終わったのだ。切り替えていこう。


「そんで、これからどうするんだ?」

 リナは、そんなことを言った。


「どうする、って。俺は、念願の冒険者になることができたんだ。これで、世界を旅するさ。でっかい目標はないけど——この世界は、たぶん。美しいものでいっぱいだろ?」

 

 お〇ぱいから始まり。そうだ、異世界の女を探しに行こう。——あれ、なんだかとても強欲になっている。......激戦を繰り広げた後で、脳みそがドーパミン漬けでバグってしまったのかもしれない。

 

 この世界は、中央大陸から始まり、他にたくさんの島があるという。国も、一つではない。


 なら、北方の国は、ロシア美人みたいなのがいっぱいいるはずだ。

 ——おっと? やばいな、目標が一瞬でできてしまった。


 当面の目標。

 

 自分のステータスのレベルアップを図りながら、北方のロシア美人に出会いに行く。

 そしてうまいこと(催眠魔法でもいいな)ゆがませて——いっつまいんに!


「な、なんでよっ!」

「ぐう」


 思いっきりサナに殴られた。

 ああそっか、心読めるんだったな。


「お、サナ。こいついま何考えてたんだ」

「ロシア美人って何⁉ あっでも、北の国の人かわいいもんなあ......いやでも、くそっ、この、人でなしっ!」

「あー、そういうことか。......お前、本当に変態だなあ」


 リナは俺のズボン付近に視線をシフトして「ふっ」と、鼻で笑った。


 ——おい! 透視すんなっ!

 

 ほんでサナさん。地味に痛いんで殴らないでお願い!


 ......まあ。ともかく。


「なあ、こんな俺だけど、一つ頼み事があるんだ」

 サナが殴るのをやめ、リナが「どうしたんだよ、急に」と言う。


 ゲームのストーリー。それは、個人では絶対に完結しない。


 主人公の周りの人間。彼らがときに自分を助けてくれたり、目の前に立ちはだかったりする、ターニングポイント要員だ。


 この先に待ち構えている、壮大なゲームシナリオ。それを作り上げるのは、俺だけではない。チュートリアルを進行させてくれた、先輩冒険者のサナ。道中であった、


 大魔族の末裔である不思議な少女、リナ。この二人と織りなすストーリーが、この世界をゲームたらしめる。


 この世界で生き延びてやるって、誓ったんだ。それは、決して一人だけでは、できないはずだ。


「——お前らって、暇人だったりしないか。もし、超がつくほどの暇人で、かつ、どこにでも連れてってくださいご主人様、なんて、メイド系キャラだったり、したら」


 言いかけた途中でまたぶん殴られるが。


「一緒に、この世界を旅しないか」


 本当に都合のいい男だ、とは自分でも感じている。ただ。

 お前たちも、また。都合のいい女だったら。これから紡ぐ、俺のストーリーに出演してくれないか。


「——あー、私は、別に住所はあるが、あそこにとどまって、無意味な人生を送るってのも気が引けるなあ。それに、住民税滞納してるから差し押さえ今月だし」

「お、お前!?」

「夜逃げしてえーって、ずっと思ってたんだよ。お前がよければ、その......ついていっても、いいぞ」


 ......ブラックリスト入りしてる121歳と、旅かあ。

 まあ、それも悪くないだろう。


「そうか」


 ぷしゅー、と音を立てて、奴隷魔術の魔法印が蒸発していく。俺は指先で彼女の奴隷契約を消し飛ばすと、「なら、お願いします」と言った。


「......ああ! 任せろ。人生経験豊富な私が、お前をリードしてやる。女の捕まえ方から、雰囲気のもっていきかたについてもな!」

 

 えっそこまで教えてくれるの⁉ 優秀じゃん。

 はじめはあんなメスガキ、と思っていたけど、今となっては、頼もしい味方になった。

 

 ......。


 きゅうう。彼女の腹の音が鳴る。


「う、うう......ちょっと、魔法を酷使しすぎた......餓死る......」

「ま、いつかお前にマンゴーを食べさせてやれるようになるといいな」


 プロファーの干し肉を渡すと、リナはそれに食いつく。犬か。


 ——。

「えっと、サナさん......」

 彼女は、俺とリナの茶番劇から少し遠ざかった位置で、俺の顔を見つめていた。


「わ、私は」


 サナは、ずっとその碧髪を束ねては崩してを人差し指で繰り返している。


「い、一人前の冒険者になるまでは、面倒見るって決めたから」


 ああ。なるほど。

 彼女の言い分では、まだ当分先まで、面倒を見るというわけか。

 俺はまだ、駆け出し冒険者。


 この世界の半分も見ていない。


「なら......付き合ってくれるのか?」


 そう言うと、一瞬でリナを蹴散らし、俺の前の前に現れる。流石先輩冒険者。捉えられないスピードだった。


「——私が......あなたを育てたい......!」 

 

 そのボブカットの碧髪をわなわな揺らして、俺の手を掴む。

 彼女の碧眼は、どこか潤っていて、それでいて、希望の色で満ちていた。

 冒険者稼業は、孤独だ。

 

 その常識、俺が破壊してやる。


「わかった。......しょうがないな、暇人ども。俺のロシア女探しの旅に付き合えっ!」


 また殴られたが、目標は変わらない。


「ま、いいじゃねえか。交付はギルドの建物でやるらしいぞ」


 リナが控室から退出しようと、扉の前に立つ。

 これから、俺の冒険者ライフが始まる......!


 ——。

「はっ?」


 リナが扉のノブに手をあてたところで、変な声をあげる。


「——まずっ、避けろッ、イオリッ‼」


 彼女が、部屋の中の俺とサナに向けて、そう叫ぶ。一瞬だけ映る、黄色の魔法陣。

 サナに体を掴まれ、横ステップを踏んだ。すぐ目の前に大電力の光線が着弾し、壁を貫通する。


 ......誰だっ。


 明らかに、俺を狙った攻撃だった。


 刹那。


「お前はッ‼ 死ぬべき人間だッ!」


 一種で目の前に、大柄な男が現れる。青の徽章をつけた、王立防衛軍の人間。

 腕にはめたプラチナリングの上には、これまでに見たことのないサイズの、黄色い魔法陣だった。


「<モルス>‼」


 死んだ。この距離では、魔法は必中する。

 その、狭い間合いに、サナが現れる。彼女は俺を庇いながら、腕にはめたリングで、紫色の魔法陣を展開した。


「......」

「——サナッ! ダメだッ!」


 リナが、部屋の向こうから叫ぶ。

 闇魔法、切り裂きの魔術。術式は必中効果を持つ。対象の人物の命一つを、確実に葬る闇魔法上級魔術。


 ぴしゃっ。


 俺の頬に、生温かな液体が飛散した。

 ごろごろと、切断された肉片が地面を転がる。真っ赤な湖ができて、その上に、俺とサナは立っていた。


 「......サナ」


 彼女は返り血を全身に浴びていた。後ろに隠れていた俺にも飛散するほど、多量の血を纏っていた。


「——あなたは、絶対に死なせない......私が、ついている限り......」


 目をぬぐい、血をふき取った。生臭い匂いが、俺の嗅覚を刺激する。

 王立闘技場、西側控室は、血の海が広がっていた。リナが、身体を震わせながら、机の上で縮こまっている。


 かつて出入口だった付近は壁が魔法により崩壊し、自由に出入りができるようになっていた。そこに、階段を下ってきた一人の人物がいた。俺はそれを警戒したが、降りてくる人物の顔は、驚愕の表情を持っていたものの、それを飲み込めていた。


「——これは......」


 見たことのある顔だった。王立防衛軍南部統括官さんだ。ララ、と言ったか。


「......お前が、殺したのか」

 血まみれの、サナのほうを見て、ララは訊ねた。サナは、小さく首肯する。


「兵は集めない。急いでこの場を立ち去れ。......悪魔の子」


 ——ララは、サナを逮捕しなかった。


「い、行くぞ。テレポートするんだ、早く!」

 リナが彼女を急かす。闇魔法の転移魔術を発動すると、俺とサナ、リナの姿は、闘技場からなくなった。




「......消えた」


 ララは、血まみれの惨状の中、バルドゥーンの亡骸を見つめていた。


「悪魔の子に、それだけ本気になれるか」

 

 イオリ。奴は、科学院の命令に背き、生き延びた。人を殺し、生きたいと証明した。

 

 それを咎める権利など、我々王立軍は持ちえない。

 彼の行動を、注視しなければならない。

 あの、闇魔法の使い手、訳アリ冒険者と、大魔族の末裔のセット。


「う、うおっ、何事ですかッ!」


 到着した兵が、みな一斉にその部屋の惨状に慄く。


「科学院に伝えろ。バルドゥーン大佐は瀕死の重傷を負い、殺害に失敗した。今後の追跡任務は、この私ララ・クレメンティーネが引継ぎを行う。正式に特務少佐として任命いただくよう、手配してくれ」


「了解」


 ——悪魔の子。

 

 王立科学院の不確実なシステムで捉えた、大魔帝オミニポテンをしのぐ最大魔力量。

 見て観たかった、彼の行く先を。

 彼が目指す、この世界の本当の在り方についての最終判断を。


「だから、そこで待ってろ......イオリ」


 ララは固く口を閉ざした。




「とりあえず、洗い流せ」


 大渓谷は——リナの爆破魔法で吹き飛んでしまったので、今はないロケーションだ。


 そこから少しばかり離れた、巨大な一枚岩から流れ出す水場は、オアシスとして多くの草食竜が集まる休憩スポットになっている。


 その水を汚すようで悪いが、サナは全身をその水に浸からせ、返り血を落としていた。 


「イオリ。あいつは、お前を殺そうとしていた、王立防衛軍本部のバルドゥーン大佐だ。わざわざ王都から派遣されてきたらしい。お前を殺すためにな」

「なあ、俺の最大魔力量って、そんなに脅威になる値なのか?」


 俺はリナに訊ねる。


「私の最大魔力量は、まあ、大魔族トニトルの血を引く者として恥ずかしくない、三億九千万くらいだ。サナは三億五千万くらいか。魔力総量四憶の壁、ってのがあって、それを超えると王立科学院の遠隔監視システムに捉えられ、重要監視対象になる。かくいう私も、何回か役所に呼び出されて、言い訳を連ねたことはあったな」


 リナは湖に小石を投げる。


「魔力は、その最大量が多ければ多いほど、その人物の魔術適性が高い、ということなんだ。魔法は、この世界を支配している。この世界を動かせるのは、魔法の力なんだ。だから、総量が多い人間は、『なんでもできる』。世界をひっくり返すことだってできるわけだ。実際、<オミニポテンの悪戯>のオミニポテンは、魔力総量が五億五千万あったらしい。それで世界を焼き払った悪の象徴なんだから、六億九千万あるお前は、まあそりゃ、この世界に居てはダメな存在に認定されてしまうわな」

 

 ——何たる特殊能力。

 

 異世界に来た時、何等かの特殊能力をもっていないのかなー、なんてうぬぼれていたら。とんでもない能力をもって、この世界に降り立ってしまった。

 

 魔力総量が、どうやら歴代トップを一億四千万もしのぐ値だったらしい。

 俺が王都のお偉いさんだったら、真っ先に消しにかかるだろう。

 実際殺されかけたわけだし。それを、サナは庇ってくれた。


「まあいいじゃないか。無事冒険者になれたわけだし」

「とりあえずそうだな。どうやらステータスの割り振りもできるらしいし」


 逃げていた、ので、お姉さんの言葉はすべて省いて、簡単な権能説明だけで終わらせてきた。

 

 詳しいところは、サナに聞いてみよう。

 はじめに、指をぱん、と弾く。


「ほれ、見れるだろ。これが割り振り<ステータス画面>と言うらしい」


 ——うん。なんだ、その。


 ゲームじゃねえか。


 浮いて出てきたんですけど、なんか画面が。それは、今のところなんて書いてあるかわからないが。


 ・菴ソ逕ィ鬲疲ウ=1


 みたいに、レベルが開放されていけば、それを強化できるステータス割り振り画面が表示されていた。


「読んでくれ」

「ええと、上から使用魔法の選択、とあるな。これが一番大きい選択になりそうだ。潜在魔力値? なんかそういうもので強化していくらしい。お前の現在のポイントは、10だ」


 はあ。ここで外部機器から自分の使用する魔法を制限することができるのか。その分、他の魔法に充てる能力も高く補正されるし。


「え、でも、こんなことしなくても、リナはいろんな魔法が使えるんだよな」

「私は大魔族の末裔だからな。そういうのができて当たり前だが......わからん。こうやってシステム的に制限してくれていたほうが、余分な放出魔力を抑えられて、効率がいいんじゃないか?」


 視覚的に管理できたほうがやりやすい、というものだろう。

 文字が読めないのが玉に瑕だが、ゆっくりとステップを踏んでいこう。


「あれ、面白いスキルがあるな。えーと......異性に対するフェロモンの増量。おっ、これポイント10でちょうどレべル5まで強化できるぞ! お得だな!」

「お、いいじゃねえか。それ強化しよう!」


 俺は手早く、後先も考えずに、ほほーいとレベルの割り振りを終了させた。現世の知識があるからか、文字も読めないのになぜか手早く済んだ。

 きらーん、と真っ白な魔法陣が勝手に起動すると、俺を包み、レベルアップを祝ってくれた。


「すげえ、なにこれ、何が起きたんだ?」


 ほほーい。なんだか視界が澄み渡っているぜ。瞳がガンガンに開いていて、視界が上下に広ーい。


「あ、あれ......おかしいな...なんだ、これ......」


 すぐ横にいるリナの様子がおかしい。


「ど、どうしたんだ。どこか調子悪いところでもあるのか......?」

 俺はリナの肩を持つ。すると、がしっと、細い手なのにもかかわらず、俺の腕をつかみ返してきた。


「わ、私......なにこれ、おかしくなっちゃった......イオリ...た、たすけて......」


 おほーん。

 なにこれ。

 

 クソガキとしか思って無かったリナに、なんだかおかしな感情抱えてしまってるぞ、俺。


 それに、その無駄に端正な顔を近づけてこないでくれ、おかしくなりそうだ。

 赤髪がふわんと揺れ、その紅の瞳が煌めく。


 やばーい。

 もんもんしてきた。

 

 し、仕方ない、このまま、身を任せて......。

 いろいろ犯罪に抵触してるけど...ここは街はずれの場所......バレなきゃ、犯罪じゃない......。


「おいゴルァ」


 ばしこーん。サナの強烈なパンチで、俺は正気を取り戻した。リナは近くの岸壁に埋まるほど吹き飛んでいた。


「——な、なんだこれ」

「それは、異性に対するフェロモンの増量スキル。使いどころないよ、そんなの。相手の瞳を一定の時間見ると、異性であれば100%の確率で落とせる......っていう...」

「お、おい、どうしたサナ。動きがかたま...って......」


 ちかーい。息あたってますよお姉さん。


「し、しまった......ひっかかっちゃった......あ」


 おーん。

 これはこれでいいのでは。

 ナイススキル。

 しゃーないよ、しゃーない。

 

 そのまま、流れるまま......身を任せて......。


「バカたれーッ!」

 

 どかーん。水浸しで綺麗になったサナが、遠く向こうの岸壁に吹っ飛ばされていた。ボロボロのダメージを負ったリナが、ぜえぜえと息を荒くして、俺のほうを見やる。


「しまった、私もノリで変なスキルを習得させてしまった......」

「ま、まずいぞ、お前、俺の目を見たら......!」

「ま、まあでも、仕方ないのかもしれないっ」


 ぎゅむー。抱き着かれた俺は、まあそれはそれは。


 流れるまま、身を任せて......!

 

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