第十二話:「最終審査・後編」
もう、やるしかないんだ。
俺は控室を出て、ついに闘技場の土俵へと足を進める。
砂が暖かい。真っ赤な液体で、事前に温められていたようだ。
くそっ。
さらし首じゃねえか......。
「ついに始まったな」
「ええ」
リナとガロンはあらかじめ席をとっていた。最前列で、最もイオリが捉えられる位置だ。その隣に、控室から戻ってきたサナが座る。
「お前、本当にいけると思うのか? 相手は、やべえ奴なんだろ?」
「そんなこと言わないで。絶対、やってくれるわ」
ガロンをよそに、サナはそんな、根拠もないことばかりずっと言っている。リナは、「はあー」と、溜息をついてから、ついに、このことについて訊ねてみることにした。
「あいつ、やばい魔力量だよな。あれだけの人間、見たことがない。私の最大魔力量をしのぐ値だ。——もしかして、それを目的に、あいつに近づいたのか?」
「ちがうよ」
あまりの即答気味に、リナは肩透かしをくらった顔をした。
「......なら、お前に助言をしてやる。客席上部を見ろ」
サナは、怪しげな感情をもった視線をリナに向けた。だが、すぐに、客席上部へと視線をシフトする。
「あれは来賓が入る部屋だ。ここからも少し、中の様子が確認できるな。......見ろよ、あの旗。王立防衛軍の旗じゃねえのか」
「それは、だって、イオリの相手が王立防衛軍の人だから、じゃないの」
サナは、人の心が読める特殊権能を持っている。もう、とっくにわかりきっているだろうに。この闘技場に入るまでの警備兵の心を覗けば、簡単にわかったろう。
「......私は、あいつを、助けてやりたい」
リナは、その真っ赤な瞳で、サナに訴えた。
「——仕方ないと思ってたんだ」
碧眼の少女は、そう打ち明けた。
「あれだけ魔力があれば、この世界のすべてを手に入れられる。できないことはない。魔法を使えることもわかってた。だから店の診断もせずに私のお古のリングをあげた。でも、その能力に、誰しも——嫉妬するでしょ」
王立防衛軍は、イオリを、殺したがっている。
「みんな、なかったことにしたいみたい。かくいう...私も」
「でも、阻止したいよな」
リナは腕をローブから取り出す。その手には、リングがはめられていた。
「——なっ、それは、持ち込み禁止でしょ!」
「お前も持ってるだろ。私透視できるから、わかってんだよ」
サナはびくっ、と震えて、ちらっと腰部分の金具につけられいたリングをリナに見せる。
「よし。これなら、イオリを助けられる」
「で、でも。どうやって......」
リナは「ちょい貸せ」といい、サナの耳元で話した。
「直接戦いに介入するのは目立つだろうから、見えない形でイオリにパワーアシストをかける。それは、お前がやるんだ。私は——あの上座でふんぞり返ってやがる、軍の人をたぶらかしてやる」
いいか、と、リナは再度、訊ねる。
「......わかった」
「よし」
サナは頷いた。
「流石。もう一度振り向かせた男は、逃さないもんな」
「うるさい」
客席の二人は、立ち上がって、それぞれの役割をまっとうすることにした。
「店主、悪い、ここ席とっといてくれ」
「お、おい! どこに行くんだ!」
「まあ、ちっと——トイレ」
「はあ⁉ 二人同時イン⁉」
すべては、イオリのためだ。
あの、悪魔の子を、助けてやる......!
そいつは、もう。
背丈が高い人間を二つ縦に並べたみたいな、圧倒的な大きさをした巨人が、そこには立っていた。
影に、俺の姿はすべて覆われていた。
異世界で調達した、適当な装備。鉄のプレートなんか、お気持ち程度にしか備えられていない。
あいつの攻撃一つで、それも簡単に破砕してしまいそうだ。
水魔法?
本当に、それがあいつに聞くのだろうか。クロムの身体より、数倍はある。
クロムは、そりゃ簡単に吹き飛んださ。でも、目の前にいるのは、歴戦の戦士。それも、狂気的な経歴の、人間とはいいがたい生命体。
『双方、武器を構えよ』
奴は、巨大な斧を背中から引っ張りだした。魔法は使わないみたいだ。
俺は、魔法使い。その細い腕を目の前に突き出し、小さなリングを煌めかせる。
はじめの、大ボスだ。
ただ。コンティニューはできない。命をかけた、マジの戦いだ。
身体が震える。果たして、本当に、戦えるのか......?
『用意......』
巨人は、低い姿勢をとった。真剣な面持ちで、俺を睨んでいる。地面が、今にもその重量に耐えかねて、張り裂けそうだった。
あれは、戦いが始まる前の、初見殺し。
飛びつくなら、薙ぎ払いではない。数メートル横に飛び、水魔法を打ち込む......!
——なんだ、こんな、命がかかっているときにも、冷静になれるのか。ゲームだからって、割り切っているからか......?
『はじめ』
はじめ、の、「じme」の時点で、斧が振動するのが見えた。つい、眼を閉じてしまうが、膠着する身体を無理やり動かし、数メートル左に跳ねた。
「......はっ」
読みが......当たった......!
「......っ」
巨人は、すべての物理エネルギーを前面にとった攻撃をしたため、流れゆく身体で、よけきった俺の顔を見つめていた。
ここを、逃さない。
腕を突き出し、ありったけの力を一瞬で込める。
しゅ、ドパーン! と大音響が響き、奴は......。
『うわああああああああああああああああああああああああああああああ!』
民衆の大歓声が響く。
「く、っ」
巨人は数十メートル奥に吹き飛ばされ、右腕を欠損した。
——しまった、仕留め損ねたっ。
外してしまったのだ。
『——ティトゥス、動けますか』
審判員の声が飛ぶ。すると、巨人はゆっくりと立ち上がった。左腕で、斧を構えなおす。
『うわああああああああああああああああああああああああああああああ!』
また、民衆の大歓声が響く。
まずい。もう、同じ動きはできなくなってしまった......。
「ほれ。よくやるだろ」
「あの速度を躱すとは......。あらかじめ相手の動きがわかっていた、としか」
バルドゥーンは、不吉な笑みを浮かべた。腕を闘技場のほうへ伸ばす。巨大なリングがプラチナ色を纏う。
「そ、それは」
真黄色の魔法陣が展開され、それが音もなく発動する。
「それは、いけません、公正ではなくなってしまう!」
ララは堂々と不正を働くバルドゥーンに食って掛かった。
彼が使用したのは、電気魔法の一つ、身体能力強化魔術。単純な魔術であるが、全体的な身体能力のステータスに+効果が付与される。
人間じみた動きをしなくなり、一般人ならその速度についていけなくなる。
「公正? 相手は大魔帝レベルの魔力量を誇るのだ。対戦するこちらが不利であるから、『公正』にしたのだよ。なにか?」
バルドゥーンは白々していた。ララは、何も言いだすことができなかった。
「さて、どちらが勝つのだろうなあ——!」
ぐはははは、と、気色の悪い大笑いをひけらかした。
これでは、ただのリンチである。
ララは、ただ、闘技場の土俵上で行われるすべてを観察することにし、そして同時に。何者かの生存を、祈った。
ん?
奴の身体が、黄金色で一瞬輝いた。
「......うおっ、いいじゃねえか、なんだこれ」
ティトゥスの右腕の出血が止まっていた。傷だらけの皮膚が、若干回復している。腕そのまま生えてくるほどの大胆な回復はしていなかったが......。
魔法を使えない彼に、誰かが支援魔法をかけたのだ。
「——さあ、ラウンド2といこうか。......悪魔の子」
そんな風にずっと考え込んでいたら、目の前に斧の切っ先が映る。
「っああああああああああああああああああああああああッ‼」
左腕が千切れる。
千切れた。痛い。痛い。痛い。
警告色の赤が目の前の地面のくぼみに溜まる。
千切れた手が、赤いドレッシングをかけられて落下していた。
——見えなかった。予備動作も一切なかった。
なのに......なのに。
「おお⁉ 決着がつくぞ、もう少しだ」
バルドゥーンは、鼻息を荒くして、椅子から飛び降りる。
「ララ。本部に抹消完了の報告を入れろ」
「......」
今、戦っているあの少年は、何か罪を犯したというのだろうか。
だが。この先この世界に彼をおいておくことは危険だと判断した科学院は、無情に「殺害しろ」と命令を出す。
——はたして、このことが、許されていいのだろうか。
ララは、強く願った。
......はねのけて。こんな、ちっぽけな人間たちの、妬ましい感情を。
負けイベなのか?
これは、プログラムされた範疇の、あらかじめ死ななければならないイベントなのか......?
もう、無理だ。
この巨体に目の前から魔法を撃つことは無謀だ。背中に回らなければならない。だが、鍛え上げた肉体でもなければ、水魔法にすべてを託してきたこのノープランさが重なれば、もはや勝機はどこにも残っていない。
ゲームみたいな、世界だと思った。
だから、何でもできると思っていた。
絶望しか抱えなかった現実世界に比べ、美しい異世界だった。
ここで生き延びてやる。そうとまで思った。
だが。
ゲームしかできない奴に、異世界で生き残るなんて、到底無理な話だったのだ。
知識がそのまま通用するわけでもない。ある程度のパターンは予測できても、ゲームのキャラクターみたいに強靭な身体を持っているわけでもない。
ただ、そういうビジュアルだった世界で、生き延びてやろうと、間抜けにもそう思っていたわけだ。
——「イオリっ!」
誰かの声がする。後ろのほうからだ。客席から聞こえるものではない。聞きなれた、あの優しい女の声だ。
心が透かせるゆえに、男がつかまらず、いっつも男に飢えている、あの女。
その優しさも、なんだか。本当のものか、疑ってしまったよ......。
<プレシディウム>
強烈な圧力が、身体にかかる。
——なんだ、この力は......‼
やがてその痛みは消える。それに合わせて、ティトゥスに頭を掴まれ持ち上げられる。
「や。悪魔の子。凄い力だな、びっくりしたよ」
対戦が始まった直後は、あれだけ戦いに集中していたというのに。俺が弱いと知るやいなや、余裕ぶった顔で俺を軽蔑する。
「王立科学院は、君への殺害命令を出した。訳は......君がとんでもない才能を秘めているとわかったからだ。危険な才能だよ、この世界を作り変えてしまうほどの、強烈な魔力を持ってる」
なんのことだか、さっぱりわからない。俺は、中級水魔法を使うので精一杯な、冒険者志望の一般人だ。
それに、つい最近この世界に降り立った、<オミニポテンの悪戯>の対象。
一体、なぜ殺されなければいけないのか。
「それで、急遽最終審査に応募していた君を、公的に殺そうとしている。荒野でひょいと殺すこともできたんだが、魔法で蘇ってしまっては困るからなあ。この地面のしたには<プロファー>がいる。君が散々痛めつけてきた<プロファー>だ。俺がお前を殺したとき、肉体はすべてそれに吸収される。こうして、お前を完全に抹消できるわけだ」
プロファー、か。
あの、頭の悪いミミズ。
いい皮肉じゃないか。
——だが。プロファーと、ティトゥスには悪いが。
俺は、こんなところでは、死んでられないんだ。
負けイベだろうと、全力で挑んでやる。それが、ゲーマーの心。
これは、サナが用意してくれた支援魔法だ。今の俺なら——こいつを。
殺せるかもしれない。
「な、なぬっ」
ティトゥスが大きく吹き飛ばされた。体高の差が二倍以上あるんだ、ありえない。観客は素直に大歓声を上げる。
バルドゥーンはまた腕を突き出し、支援魔法の準備をする。人目なんかを憚っている余裕などなかった。強力な電気支援魔法を用意した。
「殺せ! なんとしても殺すのだッ!」
その声は、若干外に洩れかかっている。
ララは、手を振るわせていた。
こんなのが、許されていいはずがない。
公権力は、一般人を無残に殺害していいわけがないのだ。
民を守るための王立防衛軍。
絶対に間違っている。絶対に間違っているのに......。
——言い出せなかった。
ララは、絶望していた。何もできない自分と、この世界に......。
——。
「——まあまあ。そんなに興奮しないでくれ、おっさん」
「ん? ......何者かッ!」
ララが、部屋の後方から侵入する何者かの姿を捉えた時。視線を若干下にずらして、ようやく犯人を発見した。
「み、未成年......」
「おいバカにしてるのか」
バカにはしてないです。ただ——ここへ来るまでに大勢の防衛軍人が構えていたはずだ。それらすべてを蹴散らしてここまで侵入してきたのか......?
この部屋の鍵をぶるんぶるん回しながら「私は成人年齢をとうに超えてるんだぞッ!」と未成年の主張をしている。
「お前らの率いる軍は駄目だ。駄目だなあこりゃ。電気魔法の閃光魔術をちらっと当ててやったら、みんな転けてやがる。クロムの群れとそう大差ないなあ」
「なにいッ!?」
赤髪の少女は挑発的な目をバルドゥーンに向けた。
「き、貴様......ッ! ガキとて手加減はせんぞ......」
「なにも、『お前を殺すうわあああ』なんて言ってないだろ。どうした? なにか見られちゃまずいことしてたか?」
すぐさま腕のリングを出したバルドゥーンに、押されず言い返す少女。
「あー。なるほど。そのポケットに入っているのは......媚薬? 一体何に使うんだろうね、おっかしいなあー。——あら、あららららら。この部屋、おっさんと美人のお姉さんしかいないじゃねえか。あら。あららららら。びっくり。これは......どうなのかなあ」
「ひええええっ⁉」
ララは告げられる言葉に驚いて、剣の柄に手を添えてしまった。
「な、なにを言う⁉ 無礼者、今すぐ打ち首にしてやろうかッ!」
「とまあ、その前に」
少女はリングを二人に見せる。
「イオリを殺さないでもらえないか、という、お願いを聞き入れてもらおうか」
「......ふざけるなッ‼ これは命令なんだッ!」
バルドゥーンはプラチナリングを目の前に掲げた。黄色の魔法陣が展開され、予測線では少女が電撃で細切れにされている。
......。
「——黙れやッ‼」
少女が絶叫する。
しゅぱん。
「なにっ」
プラチナリングの上を渦巻いていた魔法陣が、突如として消える。発動に失敗したのだ。
「......あいつは、何とも無愛想でクソガキだった私を拾い、ご飯を与えてくれたんだ。スラム街で極貧生活をしていて、ねずみを食ってましたと自白したときも、うげえとは言ってたけど、じゃあ次からは、肉しっかり食えよ、と言ってくれた。あいつに助けられたんだ。私は、その恩返しがしたい。あいつが殺される未来は、私が、爆破魔法で破壊してやる」
次に。少女のリングの中央から、巨大な真っ黒の魔法陣が展開される。それは闘技場をすっぽり覆い、紅玉の予測線は、バルドゥーンの顔面に向けてセットされた。
「な、な、爆破魔法⁉」
「ま、待て! ここで使用すると、民まで巻き込んでしまう!」
ララが抑止しようと駆けるも、魔力の流動エネルギーが凄まじく近寄れない。
「私は北方大魔族トニトルの末裔だ。私の両親はもともといなかった。天涯孤独の身で、何も望むことはなかったんだ。イオリが死ぬくらいなら、ここに居る人間、また、この都市をすべて爆破しても、いい」
必死の訴えで、どうにか、変わらないか......。
リナは、心の中で、祈った。
「わ、わ、わかったわい‼ だから、その物騒な魔法を解除しろ、解除!」
バルドゥーンはついに降伏した。リナは、ゆっくりと魔法を解除していく。
「ふ、ふん。ど、どうすればいいんだ」
完全にへし折れたバルドゥーンは、どこか上の空を見ている。
「あいつにかけた支援魔法を解除しろ。それだけでいい」
「わ、わかった」
バルドゥーンは、解除魔法をティトゥスにかけた。それを確認すると、「それでいいんだ」と言い、来賓観戦室から闘技場内の様子をうかがった。
「あ、あいつは貧弱だったぞ。だから、支援魔法がなくても、ティトゥスを殺せることなど」
「黙って見とけ。お前らがそんなに脅威と判断してた奴だろ。やってくれるさ」
なあ、そうだろ。イオリ。
リナは闘技場の中央の、一人の人間を見つめた。
「うらああああああああああっ‼」
右手で強烈なパンチをお見舞いする。
おーまいがー。骨が折れたかもしれない。
だが、支援魔法で何倍にも強化された俺の筋力は、簡単にティトゥスを大きく吹き飛ばした。
俺は地面を蹴る。砂が跳ねあがり、一気にティトゥスとの間合いが詰められた。
「はあああああああああああっ‼」
中級水魔法。相手のもつありとあらゆる水分を搾り取り、内部から圧縮させて殺す魔術。
ありったけのエネルギーをリングに詰めた。痛む左腕を無視して、力を注ぎ込む。
ぐしゃっ。
「うぐっ」
ティトゥスの身体が大胆に凹む。血を吐き始め、圧縮が進む。
「うがっ」
両足がはじけ飛んだ。俺は奴の身体に乗り上げ、心臓に向けて魔法を強める。
「あああああっ」
左腕もはじけ飛び、胴部が急速に縮んでいく。
もう、これで奴は失血死、待ったなしだ。
これだけでいいのだろう。これ以上は、オーバーキルだ。
だけど。
俺は止まらなかった。謎の力に押されていた。
「......悪魔の......子だっ......」
奴の声など一つも聞こえなかった。
最後に。水魔法を解除し、真っ黒な魔法陣を展開する。
爆破魔法だ。
「うあああああああああああああああああああああっ‼」
紅玉は、ゆっくりと奴の心臓めがけて落下していった。血まみれの頑強な皮膚に直撃する。すると。
猛烈な爆発を引き起こし、俺は後方に大きく吹き飛ばされた。
——。戦いが、終わった。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!』
『勝者、イオリ!』
地面に倒れたまま、俺はその終了アナウンスを聞いた。
砂の上に立ち上がる。
サークルの中央には、跡形もなくなってつぶれた、ティトゥスの焦げた亡骸があった。控室への通路に到着すると、土俵脇が爆発し、プロファーが死体処理をしていた。一歩間違えれば、俺もああなっていたのだ。
——人を、殺してしまった。
喪失感が、半端ない。
俺はついに、人でなくなってしまったのだ。
「イオリっ」
左腕がなくなった。想像を絶する痛みが、今になって襲うのだ。
向こうから走ってくるのは、サナだった。サナは俺の左腕の断面に手をかざすと、緑色の魔法陣を展開させ、その腕を再生させた。まず一番初めに痛みが拭われ、どわっと、薬物をやったときのような爽快感を感じられた。
気づけば、左腕は完全に生えきっていた。治癒魔術といったものだろうか。感覚はまだ戻らないが、いずれ戻ってくるのだろう。
「いおりっ!」
次の瞬間。サナが、俺に思いっきり抱き着いてきた。
なんだか、いい匂いがしている。獣臭がしている、あのサナではない。冒険者の服装をしたサナが、その綺麗な顔を近づけて、近くでささやくのだ。
「やったね。やってやったよ!」
——これが、勝者の得られるもの。
勝利ボーナスだ。
は、はは。
俺の心は今、混沌状態だ。サナも、今の俺の心を覗いたら、圧倒的情報量を処理しきれず、鼻血を吹いてしまうんじゃないだろうか。
ともかく。
俺は、これで晴れて、冒険者になることができるのだ。
最終審査が、終わった......っ!
この世界のチュートリアルが、やっと終わりを迎えた。
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