第十一話:「最終審査・前編」
ついに、その日が来てしまった。
<最終審査>
それは、冒険者の資格を得るか、この世界から永久に退場するか。
一世一代の、賭けに出なければならない。
サナに用意してもらった装備は、自分が購入した異世界製の服の上に着用するだけの、簡素なものだった。
金属のプレートは、腹の上と腕だけ。魔法戦士はあまり物理耐性をつけないのが基本らしい。それは、現世の概念と似たところがある。
魔法使いは後衛ポジション。剣士に能力アシストをかけたり、自分が魔法戦士になる場合なら、遠距離から攻撃したりするのが鉄板であろう。
だが。
「まー、すごい相手と当たることになっちゃったけど、仕方ない」
「仕方ないで済ませていいのかーっ!」
相手は、歴戦の剣士だ。それも、同業者を大勢殺して、どうにもできないから軍に引き抜かれたという、狂人。
果たして相手に対するリスペクトはどれくらいあるのだろう。もう、無いという想定で行くしかない。
サナはやけに余裕そうな顔をしていた。「心配は毒だよ。落ち着いていこ」と言っている。
——キャプテンか。お前は。
もしかしたら、俺の気を紛らわさないために、余計なことを言わないつもりなのかもしれない。
「うん」
「......やっぱりそうなのか」
やはり、彼女は俺の心を覗いていた。俺がそんなことを考えていると、心の声を貫通して肯定してくる。
「ていうか、なんであなたがあんな大物と戦うことになっているのかな」
「そうだよ、なんでだよ」
闘技場の控室に響き渡る抗議の声。それは俺のものだ。
「何か、王立軍に目をつけられるようなことをしたのかなあ。でも、まだ来て一日しかたってないのに、おかしな話だよね」
いや。目をつけられることばかりしてきたじゃないか。たった一日で。
俺は記憶力が取り柄だ。昨日までに起きた出来事を並べることもできる。
・商店立ち並ぶメインストリートを時速200kmで疾走。
・カップルたちに暴言。
・ロリを奴隷にして檻に収納。市中引き回し。
そして、極めつけには。
・爆破魔法で谷を壊滅状態にした。
あー。
思い当たる節しかないっすわ。
「くそう。ハードモードだよッ!」
俺は人差し指につけた小さなリングを見つめた。これが、魔法を放つリング。
なんだかよくわからんのですが、今日、死にそうです。
「ま、まあ。私もよくわからないけど、谷を壊滅状態にしたことは、関係ないと思うなあ......」
彼女はそう言うが、いや、あそこしかないと思う。
あの、南部統括官だとかいうララさんは、心底お怒りのご様子だったし。
はあー。やばい、今日死ぬのかあ。
思い残すことはないと思っていた。何もないからこの世界を心底楽しんでやろうと思えたからだ。
ほんっとに、何もなかったなあ......。
「そうなの? あなたは、死なないと思うけどなあ」
だから、なんでそんなに余裕そうな表情をするんだ。
俺は、サナほどの強さなんか、これっぽっちもないのに。
「いいや」
彼女はまた、俺の心を読んで、答える。横に長い椅子に座る俺の、すぐ横に座る。非常に近い距離だ。肩がくっつく。
「いけるよ。私、何でも透けて見えるの。私が見込んだんだよ。だから、その力を、信じて」
俺の手を握る。
「魔法を使えない人が大半のこの世界で、そのリングに触れただけで使いこなせた。——今や中級水魔法の使い手だよ、それもたった一日で。その才能は、与えられたもの。今日は、それをほんのちょっと使って、相手を倒すだけでいい。簡単だよ、できるよ」
——今の、俺の心は読めないだろ?
サナが、こちらの顔を見つめている。だが、その表情は変えないまま。
無茶苦茶だよ。この世界に、すべてを委ねてみるか——まだ、人のままで生き続けていくのか。
ただ。すでに始まった格闘試合は止められない。俺の審査は、すべてが終わった、最後の血まみれの土俵で行われる。
「じゃあ、私は客席で見てるから。信じてるよ」
——柔らかな感触が、頬に感じる。「ふふっ」、彼女は小悪魔的な笑みで、俺にその端正な顔を見せ、控室から出ていった。
......はあ。
チュートリアルから、もう抜けるのか。
目の前に広がるオープンワールドに入るために、何かを犠牲にしなければいけなかった。
でも、その犠牲の上、たくさんの経験と知識、そして——俺の本当に欲しかったものを得られる。
この世界は、ゲームみたいだ。
簡単に糧にしてきたエネミー。主人公のその狂気的行動を疑ったことはなかったけど。
この世界は、ゲームだ。
簡単に、糧にするしか、前に進めないだろ。
「茶番が長いな」
「あと一試合です。まもなく見られます」
ララは、バルドゥーン大佐が観戦される席の横で、闘技場の中央で行われる「最終審査」を見ていた。冒険者の資格は、この決闘をもって、勝者がその資格を得る。
プリンピウム王国憲法は殺人を違法としているが、決闘殺人は対象外だ。その仕組みが大胆に活用されているのは、この冒険者資格の授与条件である。
「職を得るために、志望者同士で殺し合いだなんて——イカれてる」
ララはそう吐き捨てる。すると、バルドゥーンはこう言った。
「いい仕組みだ。こうして、我々がわざわざ手を出す必要はなくなるのだからな」
「......」
イオリ——。
彼の名は、王立防衛軍では通りきっている。
今や。
最上級抹消対象である。
「彼は......なぜ殺害の必要が?」
「おい、何回言わせるんだ。......王立科学院の命令だ。この世界に、魔力値およそ六億九千万の検査結果を出した人間は史上初だ。二番目に高いのが、この世を滅ぼしかねなかった、オミニポテンの値、五億五千万」
オミニポテン。この世界を破滅に追い込もうとした大魔帝である。彼女が生きたのはおおよそ二千年前であり、今やその存在は伝説化している。
その圧倒的絶対魔力による、闇魔法の使用。かつて中央大陸を全域支配し、極悪圧政を敷いた。彼のした罪は、数えきれない。
現世界でも、オミニポテンは悪の象徴とされている。
「およそ一億四千万も絶対値が上なんだ。魔大帝になるのは、時間の問題かもしれない」
「で、ですが。それも王立科学院の、不安定な遠隔監視システムの使用で捉えた微かな信号なんですよね」
「......なあ、お前は、王立科学院の命令に背くというのか」
酒の注がれたグラスを、バルドゥーンは小机に打ち付けた。飛散したガラスが、すぐ目の前まで飛来する。
「......いいえ」
「今、プリンピウム王都と科学院は大混乱だ。この情報を他国に漏らしてしまえば、真っ先にその身柄を確保するため大勢のスパイを送り込むだろう。確保して魔術開発に使用してもいいが、リスクが大きい。今ここで、未成熟なうちに殺してしまうこと、それが、王立科学院の命令だ」
あの男は、誠実だった。
非常に憔悴した顔が、実に面白かった。
それが、この世界で最も魔力を持つ、悪魔の子だった、というわけだ。
「——終わりました。ついに、試合が始まります」
決着がついた。民衆の大歓声とともに、花々しく冒険者の称号を獲得した人間が、控室へと戻っていく。
円形の土俵脇が爆発を引き起こすと、砂の地面で構成された地面から、身体を鎖でつながれた<プロファー>が、その大きな顔を出し、血まみれのマウンドを清掃する。
「さあ、見せてもらおうか......悪魔の子よ」
丁寧に整備された土俵上に、二人の人間が立つ。
歓声とともに、命を懸けた激闘が始まる。
▼<禁>王立防衛軍南部管轄支部宛への命令書
都市セントラム北部二十ノル地点で、莫大な魔力を探知した。
その値、実に六億九千万。
プリンピウム王都総務省、および王立科学院は、これを重要監視対象と即時認定。
王立防衛軍本部からバルドゥーン特務大佐をそちらに派遣する。
手法は問わない。
速やかに悪魔の子を抹消するよう、王立科学院元老、アイルハイムの名の元に命ずる。
宛、王立防衛軍南部統括官、ララ・クレメンティーネ
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