第十話:「最終審査に迫る闇」
逮捕......されなくて済んだのは、サナの必死の謝罪のおかげ。
彼女はいい意味でも悪い意味でも<セントラム>の街中では名が通っているようで、今回ばかりは許してもらえたらしい。
爆破魔法の地形改変は、<セントラム>の都市条例にも、<プリンピウム>の王国憲法にも明確に違法とされている行為。
つかまれば長い間臭い飯とトイレ掃除だ。
「まあ、私の監督責任が及ばなかったのがいけなかったわけだけど......」
「なんだ、私が問題児みたいな言い草じゃないか」
「「そうだよ」」
「......えっ?」
問題児だよこのメスガキっ!
あの王立防衛軍のララさんめちゃくちゃ怖かったんだぞ!
任意事情聴取だとは聞いていながらほぼ脅迫だったっ。
次は気をつけろ、とそそくさ馬みたいなのに乗って帰っていったが。
なんで魔法を放った当の本人であるリナが何も言われてないんだっ!
「まさか、本当に爆破魔法を使っただなんて」
「おかげでお腹と背中が引っ付きそうだ。肉くれ、肉」
「......自分で調達して」
俺はサナとリナのやり取りを横目に見ながら、先ほどの爆破魔法を脳内に想像する。
指にはめたリングが黒く発光し、黒い魔法陣が生まれる。
なんだ、できるじゃないか。
その小さな魔法陣を、また近くを歩いている<クロム>に向けて撃つ。
——ぱん。
<クロム>の外皮にゆっくりと飛んで行った紅玉は、当たった瞬間、花火のようにぱちっ、と光って、<クロム>を横転させるに至った。
「えっ」
あれが、爆破魔法。
しょぼ。
——。
しゅぱん。横転した<クロム>の身体が中級水魔法で爆発する。
俺はゆっくりとその外殻を、断崖が溶け落ちた谷に落下させる。
「グワアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
家を吹き飛ばされ、その皮膚まで火傷させられた<プロファー>が、また頭部に深刻なダメージを負い、死んだ。
......えっ、プログラムされてんの?
この流れ、何回目よ。<プロファー>さん。
「ああ、肉なら、そこにあるから」
俺がそう言い、フォーティスを崖に寄せる。
サナとリナがきょとん、とした表情をしてから崖を見下ろすと、燃え盛る谷底に、良い感じに焼けた<プロファー>の死体が落ちていた。
「お前......別に冒険者にならなくても、生きてけそうだな」
嫌です。
異世界に来て、サソリの殻落としてミミズ殺して、その肉を売ってぐうたら生活。
まだ、チュートリアル終わってないんですよ。
えーっと、お二方。はやくギルドに、最終審査の要請をしに行きましょう。
嫌です!
ミミズ処理業者になるのはッ‼
「きゅいっ(いいと思うけどな)」
フォーティスを締め上げて、俺たちは<セントラム>に帰還した。
リナは魔法を使えた。ギルドの建物に入ってきたときはなんとも、周りの冒険者らに怪しげな目で見られたが、すぐさまその視線は取り払われた。
「にいに、まさか文字もわからないのー? なさけなーい!」
このガキ......。
まあ、要らない勘違いを減らせたのはいいだろう。
どう見ても顔の作りからおかしいし、俺に至っては異郷人なのだが。
「なんて書くの?」
「サナは、名前と、指導してくれた冒険者の名前だけでいいと言っていた。見ろ、枠は二つだし」
「わかった。お前の名前が『名もない冒険者』で、指導者がサナ......いてっ」
軽くリナの頭を小突いたあと、「イオリ、な」と言って書き直させる。
「お願いします」
「はい、正式に受理しました。実施日程は追って街の掲示板に掲載されますので、逐一の確認をお願いしますね!」
これで提出は完了した。
あとは、期日を待つだけだ。
☆
「お待たせしました。バルドゥーン大佐。用件とは、どういったものでしょうか」
<セントラム>の都市のメインストリートをまっすぐ南下すると、つきあたりに巨大な建造物が現れる。王立防衛軍南部統括支部だ。
ひときわ豪勢な鉄建築で、警備も厳重である。ここは、プリンピウム王国の軍の駐屯地。危険のキの字も見当たらない安全な南部とはいえ、治安と巨大生物の管理を行う必要はある。それらを一手に引き受ける、国直属の組織の基地だ。
南部統括官を務めるララは、応接間に移動すると、そこにすでに座していた人間と対面する。バルドゥーン。王立防衛軍本部大佐を務める、ララよりも階級がいくつも上の人間だ。数か月の間、南部の治安維持のためにここを訪れていた。
「今日、君が出会った人物の中で、少し気になったのはいなかったか?」
「え? あー、いました。実年齢十四歳ほどで、中級爆破魔法を使いこなす人間が」
「いや、それも重要監視対象ではあるが......ほかに、そうだな、魔力値が桁違いの者とか......」
大佐は窓の向こうを見つめたまま、ララに訊ねる。
これは、大佐の異能力の一つだ。他人の視界を共有できる。知らぬ間にララの視界と自分のものを共有し、監視をしていたのだ。
......自分で出向いて、確認すればいいのに。
傲慢の尽くす限りだ。
「——あっ、いました。......保護者だと言っていました。この世界に対して『不慣れ』であったとも。もしかしたら<オミニポテンの悪戯>の対象なのかもしれません」
見かけ十七から十八くらいの歳の。かなり憔悴しきった表情でララの事情聴取を受けていた。
そして。彼の身体からにじむ、巨大な絶対的魔力量。禁忌の量まで、もう少しで到達しそうな値。王立防衛軍南部統括官と、少佐の位を弱冠十九で受けたララも、これほどまでに魔力であふれた人間と出くわしたことはなかった。
——ただ。とうの本人は中級水魔法までしか使用できないらしく、まだ脅威ではない。それに、冒険者を目指しているただの一般人だ。
「同伴のほか二人も異常な魔力値を確認できましたが、その男だけ格段に量が多く、しかしまだ魔法に関しては未熟なため、放免としました」
「それだ。その男。名はなんと言った」
「イオリ、と言っておりました」
「イオリ......。冒険者志望だったか。最終審査を申請したと聞いた」
バルドゥーンは、その屈強な筋肉だらけの身体を椅子から立ち上がらせると、ララにその階級をもって命令した。真っ黒なやさぐれる瞳で、腕にはめたプラチナのリングを輝かせながら、言う。
「最終審査をすぐ行わせるんだ。そして、うちの軍から一人、優秀なのと当てろ」
「......ですが、彼はまだ魔法に関しては未熟で、あるのは巨大な絶対的魔力量だけです。豚に真珠状態で、簡単に死ぬだけですよ」
王立防衛軍。剣術や魔術に秀でている人間が集結する精鋭たちの組織だ。あの男と戦わせたところで、話にもならず終わるのが目に見えている。
「いや、やってくれ。俺もその試合を見ることにする」
「は、はあ」
ララは頭を掻きながらも「了解」と言い、応接間をあとにする。
あの男に、そんな才能が?
バルドゥーンが目につけるほどの人物で、あっただろうか。あの男は。
ララはぼんやりとした脳を回して、冒険者ギルドに対する命令書を、赤い紙に記入していった。
☆
「というか。最終審査では、人を殺さなければならないのかあ......」
俺はガロンの店の前の石垣に身を揺らして、ぼんやりそう考えていた。
「それでようやく冒険者としての職を認められるんだから、やりきるしかないだろ」
と、大魔族の末裔さんはそう簡単に言ってくれる。
「そうだ、お前は確か、<オミニポテンの悪戯>の対象だったよな。今から道徳の授業を開いてやる。しっかり聞けよ」
十四歳に道徳を教えられる、十七の構図。
耐えられないが、仕方がない。面白半分で聞いてみた。
「この世界の魔力というものは、循環している。生物同士でやりとりをしているんだ。お前が持つ魔力の分。路地裏のネズミが持つ魔力の分。サナが持つ魔力の分。栄養を摂取することで同時に魔力も摂取できる。そうするには、送信元を何らかの手段で殺さなくてはならない。冒険者は、まず最終審査で相手を殺し、その分の魔力を得るんだ。そうして、強靭な冒険者の資格を得る。食物連鎖だ。強いものが勝ち、魔力を得る。当たり前のことだぞ」
そんなことを諭されても、一生、俺は殺人をしたという意識を持ったまま生活しなければならない。
「サナは冒険者だ。ということは、人を一人殺している」
「彼女は......まあ、異世界人だから」
「お前だって、元の世界には戻れない。そういう決まりだろ? なら、お前も分類では異世界人だ。戻れないのなら、そもそも無いに等しいんだから」
なんとも、俺の目線に立って思考を開始すること、頭が良いガキだ。
流石、大魔族の末裔といったところか。
「お前の世界では、重大な罰が与えられる行為かもしれない。だが、この世界では決闘殺人が認められている。魔法使いだったら、どれだけ魔力が神聖なものであるかの倫理を身体に叩き込めるいい機会だ。いったん、飲み込んだらどうだ。じゃなきゃ、この世界で生き延びていけないぞ」
「ああ......」
飲み込んでもどうせ吐き出すだけだ。トルトルの件のように、流せるものじゃないだろ。
人を殺してはいけない。
それは、当たり前のことだ。それが、当たり前じゃない。この世界では。
決闘で人を殺して、勝ったほうが正義。それが、冒険者の証......。
「お前のほうがずいぶんと世渡りがうまそうだ。俺よりも歳食ってんじゃないのか?」
俺はそう冗談交じりに言う。
スラムで、食いつなげていた理由がよくわかった。
「はあ? お前より歳食ってるのは当たり前だ。私は今、121歳だぞ」
——ん?
えっと、なんておっしゃいました?
「トニトルの血が入ってるせいで無駄に長生きなんだ。121歳。あと三つ、月が経てば122になるかな。もう歳を数えるのもやめようかと思っているところだ」
あー。なるほどね。
ここ、異世界でしたわ。
「お、おい。どうして距離をとるんだ」
「自分で食いつないでくださいよ」
異世界だ、という理由で、いろいろ見逃すこともあまり、できないのだが。
ただ。目の前のロリ魔人は、どうやら、一世紀の時を経験した、大魔族の末裔であった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、私こういう見た目だから役所に行くときいろいろ不便してて、でお前らに養ってもらうほうが幾分か楽ちんだからお願いしますよぉ」
年上だった......‼
これからどう接してけばいいんだ、と、切実に思いました。
「なあ、貼られてるぞ」
......ちょっとあまりにも早すぎない?
メインストリートを北上していると、その道中にあった冒険者ギルドに、さっそく赤い紙で何かが貼られていた。
なんて書いてあるんだ、とサナに聞くと「最終審査会、開催」と言う。
やはりか。
「あれ早いね。もっとかかると思ってたけど。それに、場所がいつもと違うね。国立闘技場になってる」
「国立闘技場?」
「いつもは街の外でひっそりと行われるんだけど、今回は公開闘技みたいだ。国立闘技場なんて、この街の人間全員入るよ。見ものだろうから、みんな来るね」
「ええ......?」
サナは、別に驚いた表情をしてはいなかった。
「あなた目的ではなく、何か、王族の人間が冒険者に志望した、とか、いいとこの人が最終審査に申し込むと、こうなるんだよね。誰か、あなた以外に目星がいるはずだよ」
なるほど。そういうこともあるのか。
しかし、人を殺すところを大々的に観戦されるのか。
もしくは、俺が死ぬ無様なところも。
「あれ、なんか書かれてるぞ。——えーと、『異世界からの来訪者VS、王立防衛軍大尉ティトゥスの大勝負!』だって」
ん......?
リナの解読した文字を反芻する。
「私、聞いたことあるよ。王立防衛軍のティトゥスって、元冒険者の軍人だ。なにせ、対立した同業者を大勢剣で殺したから、その才を買われて軍に引き抜かれた人」
「まってそれはどうでもいいんだ。『異世界からの来訪者』って、もしかして......」
手からにじみ出る汗と、震えが止まらない。
やっばいです。目星になってます。
それも、相手えぐいくらい強いらしいです。
「......俺、死んだえ......」
変な語尾になりながら、俺は掲示板の前で倒れた。
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