第九話:「俺の連れは問題を起こした」
サナも正式に俺を冒険者に仕立てると言ってくれた。
出会ったときから、あれだけ尽くしてもらったんだ。
心が読まれるから、なんて理由で離れるわけがない。俺でよければ、いくらでも覗いてもらって構わない。
この世のどん底みたいな心の声で、いいなら。
朝が来た。
なんと清々しい朝か。
ベットから起き上がろうとすると、めくった掛布団から何かが現れる。
「うわっ⁉」
女ぁーッ! 女がいるぞっ!
やべえ、記憶がない。なんで俺のベットの中から......いや、いろいろあったのか?
酔いつぶれて——いい感じになって——みたいな!?
だが。
「——ああ、おはようイオリ。おなかすいた」
中学生みたいな小さい背丈のガキであった。一気に幻滅した。
大魔族の末裔さんは、よだれを垂らしながら飯を要求する。
「......ohayo」
俺は素早く脱衣所に鍵をかけて閉じこもった。
あー。洗濯機がないものか。
まあ、サナに頼んで水魔法で洗濯してもらうか。でも、その分の着替えがなくてはいけない。
そこで本日の目標を立てることにした。
まず、サナに最後の特訓をしてもらい、最終審査の届け出を提出しに行く。
そこで、上下の服を買おう。ずっとこの服装でいていらぬ勘違いもされたくない。
郷に入っては、郷に従え。
まずは身なりから。
「なあ、お前着替えなくていいのか」
「家に戻る暇もなく連れてこられたんだ。もっているわけがないだろ」
「いったん戻るか?」
「......いや、現地調達がいいだろう」
こいつ。服も買わせる気だな。
——仕方がない。
三十万もあれば、いいのがこいつ分も買えるだろうから。
「ってか、風呂入れよお前」
俺は昨日の夜、はじめてこの世界の「風呂」たるものに入った。
なんと気持ちのよいものか。
自分のいいかーんじな温度の湯が流れてくる。これも魔法による制御のたまもので、現実世界よりも気持ちのよい入浴を楽しめた。
風呂釜に水が入るのを待っていなくても一瞬で満たせるし、シャワーはないが、天井から雨のように湯を降らせることもできる。石鹸——はなかった、そうだな、それも購入しにいかないといけない。
冒険者稼業で生活する人間は、毎日ホテル暮らしなのか? サナも、住所はもってなさそうだった。アメニティの類は自分で用意しているだろうな。
何も食ってはいないが、歯磨きしたくなってきた。
この世界は歯ブラシが存在しなかった。なんでもそろってそうなガロンの店の商品をちらっと確認したが、そういう精巧なものは、まだ生産できていないようだ。
それも、俺が作ればいいのか。
異世界暮らし。
未来が何本にも分岐していて、そのルートをたどっていく暮らし。
まるでゲームみたいだ。
現実世界の人間は、そんな憧れの世界を妄想して、ゲームを作った。
今は、ゲームの中だ。ゲームの中の世界。
この世界で、できないことはない。
だから。
今度こそ、この世界で生き延びてやるんだ。
「——おはよう」
廊下に面したドアが開かれ、外からサナが現れる。
「おはよう。おっ......と、すっごい恰好」
「ええ? どこが凄い......ああ、そういうことね」
またサナは俺の心を読んだ。
下着がローブを羽織っていてもはだけて観ることが可能だ。なんとも平坦なボディ。そこに、男が求めるものがある。
「まな板じゃねえか。それより、早くこの魔法を解いていたあああああああああああああああああああああああああああああい」
脱衣所から姿を現した大魔族の末裔さんはサナにそんなことを言うので、また電流が走っていた。痛そうだ。
「べ、別にまな板じゃないし。少しあるし。Bだし」
Bも少し盛ってんじゃないのー?
野菜カットできるぜその上で。
あっ、しまった。
彼女は人の心がのぞけるのだ。あまり悠長なことを考えていると。
「あるしいいいいいいいい!」
ぶうううん。右ストレートが飛んできた。
いいと思います、小さいのも。
「じゃあ、あの<クロム>に向けてやってみて」
「わかりました」
「落ち着いてやるんだぞ」
サナが昔使っていたという、初心者用の魔法リング。この世界では、そういう外部機器を身体に身に着けることで、魔法を現実化できるという。
そこに体中のありったけのエネルギーを注ぎ込み、また、脳内で魔術のイメージをする。それは簡易な想像でかまわないという。
ぴしゃっ。そんな妄想をしながら、指先に生じる魔法陣を確認した。
ぐしゃっ。次の瞬間には、水魔法で体内の水分を絞られ、肉体が圧縮され爆発した、<クロム>の外殻がこちらに転がってきていた。
「いいね。属性の選択も申し分なし」
「中級水魔法をそんな早く使えるようになるとは。やはり、私が見込んだ男だ」
他の生物の身体から水分を抜き取る技は、どうやら中級水魔術と区別されているらしい。
サナの話によると、この世界の魔法には水、火、電気、氷、闇、光、爆破属性があるらしく、攻撃に使えるものや日用的なもの、ひいては地形を改変させる目的で使用する魔法もあったり、世界の理から書き換える魔法もあったりするという。
この中で一番使用者が多いのは、日用的にも役に立つ水魔法で、その次に火魔法。工業や農地開拓に使用されるらしいが、巨大生物に対して粗方効くので爆破魔法が三番目に使われている魔法だ。
光魔法は使い手がつい最近絶滅したらしく、今では誰も使用できなかったり、闇魔法は、ある国では禁忌とされるほど危険な魔術ばかりなのであまり使われていなかったりする。
といった、そういう知識を教えてもらっている。その属性を極めれば極めるほど、魔術の頂点に到達できるらしいが、その代償として、他の魔法が一切使用できなくなる制約もあるために、何をとるか、慎重に決める必要があるという。
サナは闇魔法と電気魔法を習得していて——で、リナこと大魔族の末裔さんは、爆破魔法が最も得意だという。
リナに関しては使っているところを見たことがないのに加え、そんな小さな身体で爆破魔法など使いこなせるものか、というのが、サナの言い分だ。
爆破魔法は最も魔力を使用する魔法で、絶対的魔力値が高くないと使用ができないのに、「私に奴隷魔法を適応されているんじゃあ、どうかなあ」と言う。
「まあ、これで最終審査までに教えられることはなくなったわけだけど」
「ちょっと待ってくれ。火と、水魔法だけで行くのか?」
リナが突然待ったをかけた。
「えっ、これだけで最終審査は突破できるはずだよ」
「出会ったときからずーっと思っていたが、効率的でロマンがないやつだなあ」
「ロマン?」
リナはとことこと歩いて、谷の崖付近まで移動した。俺とサナは、その姿を後ろから見ている。
「本当に大魔族の末裔ですかー? とか、奴隷魔法を適応されてるようじゃーまあ、そんくらいだよねーなんて言ってるお前らに、今から一泡吹かせてやる。あと、イオリ。私の魔法をよく見て、それで感覚を覚えるんだ。いいね。もしかしたら、お前も使えるかもしれない」
急に大魔族の末裔っぽい雰囲気を出して、リナがそう言った。
ええ? ほんとに大魔族の末裔なの?
彼女が欲しいほしいとせがむものだから購入してあげた服は、魔法使いの代名詞と呼べる尖りハットと、暑い地方なのにもかかわらず袖の長い一式の黒ローブ。
彼女くらいに小さいサイズが置いていなかったので、最小のSサイズを合わないながら買ったのだが、オーバーサイズで地面に引きずっている。
杖は......。この世界は、魔法を、杖に介して放つ、という文化がない。ロリ魔女としてもう少しだったのに、惜しいところだ。
だが。いつどこから取り出したのか知らない、小さな腕輪をつけて、その腕を垂直に前に突き出した。
「——爆破魔法は、一般的に使われている魔法の中で、最も魔力消費量が高く、最も使用難易度が高く、そして最も攻撃力の高い魔法。私も、その高い魔力消費量で使うことができない。彼女が使えようものなら、ほんとに大魔族の末裔なのかもね」
サナは俺の耳元でそう言った。そうこうしているうちに、彼女の古びた腕輪から、真っ黒な色の紋章が浮かび上がり、巨大な魔法陣が展開される。
「......えっ、起動した!? まってまってまってまじでまって」
サナが驚いて口を封じている。彼女の使う闇魔法の魔法陣、そして俺の放った水魔法の魔法陣いずれも、裕にサイズを超えている。
それは崖下の谷をすっぽり覆うサイズで展開される。円の中心から現れる深紅の玉は、やがてゆっくりと谷底まで落下していく。
「<ニュークリッド・フュージオ>‼」
彼女がそう叫んだ。ゆっくりと落下していた深紅の玉は青白く変色し、黄色、紫、黒の過程を経て、そっと、地面へと接地した。
刹那。
「あっ、逃げてー。割とでかめに打っちゃった」
「えっ」
爆破予測線が、俺とサナまで巻き込んで、まばゆい閃光を背景に、リナがそう軽く言った。
爆破魔法。その世界最強の攻撃魔法が谷を襲ったとき。地形は。
ただ。一瞬にして家が吹き飛んだ<プロファー>の、無慈悲だという咆哮が、谷に響いた。
「......イオリ、君? 詳しく話を聞かせてもらえるか」
爆破魔法は、その強大な威力ゆえ、地形が木っ端みじんに破壊される。使用できる箇所は、限りなく都市から離れた、無人地帯のみ。
<セントラム>北部大門から徒歩十分圏内に位置する優良立地で炸裂した、その深紅の光玉は防人たちにもしっかり捉えられており。
「すみません! ほんとにすみません私の連れが」
割とガチめのトーンで、サナが押し寄せた軍人たちに謝罪をしていた。
魔法を放った張本人である大魔族の末裔さんことリナ(14)は、悪びれる様子もなく、「やばーい餓死る」と叫んでいる。
そして、またしても何も知らない無名の冒険者志望こと俺は、王立防衛軍の南部統括官ことララさんに、事情聴取をされるはめになった。
えっ、なんで?
チュートリアル、終わってませんでした。
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