第八話:「魔法≒特殊権能」
サナは、相手の心が読める人間だった。
「転移魔法だ。闇魔法の一つ。相当な手練れだ......サナは」
大魔族の末裔だというリナさんも、煤まみれの身体をはたきながら、そう言った。
「お前はわからなかったかもしれないが、心を読まれるのは非常に不愉快だった。私と初めて目が合ったときに、ピンと来たよ」
いや、わかっていたんだ。会話の所々で詰まることがなかったからだ。
理解力と包容力のステータスがカンストしてる凄いお姉さんなのかな。そう思っていた。
「どこに行きやがったんだ......」
俺はうなだれた。
「よかったじゃないか。自分の心覗かれるってたまったもんじゃないぞ。秘密が全部バレるんだからな」
「俺は、それでもいいよ。それでもいいって、サナが許してくれたから」
じゃなければ、俺が一人前の冒険者になるまで付き合うよ、なんて言うわけがない。
見ず知らずの俺を助けて、これでもかというほど手厚くフォローしてくれたんだ。
冒険者ギルドの建物に入ってこなかったのも、そういうことかもしれない。街中を歩くだけで、視線が怖いのかもしれない。
ひいては、最大の悩みだとしていた「男に飢えすぎ問題」も、彼女の望まない能力からきているのかもしれない。
「えー、お前はそっち陣営かよ」
リナはなんだか一歩引いたような態度をとっていた。
「......なあ、お前、今、奴隷から開放してやる」
「いいや。このままでいい」
「——えっ?」
俺がプライマリの服従権限を持っているなら、なんとかしてリナを開放してやれるはずだ。
用済み、という言い方は間違っているだろうが、もう一々対応してやれる余裕がない。
そう思ってたのに、なぜか彼女は「このままでいい」と言うのだ。
「別に今帰るべきところに戻ったとしても、毎日あの店主にいちゃもんつけにいくだけのつまらん日々だからなあ。お前が拾ってくれるなら、なんだか面白そうで、うれしい」
——俺の予想は、粗方当たっていたということだろうか。
この世界、チュートリアルから不穏な空気流れすぎだろ。まだ俺、冒険者にすらなってないのに。
「......ほんとに大魔族の末裔か? にしては、かわいげが過ぎるぞ」
「スラムで毎日ねずみの肉しか食ってこなかった私が、そんなのになれるわけないだろう」
「そんなことないよー。......えっええええええええええええええええええ⁉」
くさーい。なんだかくさくなってきた。なんで?
もしかして、リナさん、歯磨いてないのかな。ってかそもそもこの世界に歯を磨くという文化、あるのかな。
やばーい。出くわす人間全員、「いい匂い」だなんて思ったことないよ! 獣臭から生物腐食臭や、ひいては歯周病の⁉
おーまいがー。これ、俺が変えてみせます。冒険者になった暁には。
選挙は公約を必ず守ります、一枚目の投票用紙はイオリとお書きください。
「なんとも不衛生な」
「魔力を効率的に吸収できるのは生物の肉かマンゴーくらいしかないんだ。仕方ない」
「——うーん」
これ拾うことになるのかあ。でも、流れ的に拾わないとおかしいよなあ。
仲間は多ければ多いほどいいし、信じてないけどもし大魔族の末裔だったら、それなりに魔法について教えてもらえるだろうし。
冒険者になるための最終審査までなら、いいか。
「これからは、新鮮な肉をたらふく食えるようになったな。よかったじゃん」
俺はそう、リナにいう。
すると、ルビー色の眼を見開いて、こちらを見つめた。
「......いいのか? 私は、初対面なのにもかかわらず、ぼろくそ言ったんだ。とがめられて当然だ」
「いや、ぼろくそ言われたけど、効いてない。サナに言われたら結構響くけど、そんくらいの背丈じゃあ、もう。ノーダメですわ」
彼女の目に、希望の色が宿る。先ほどまでは、人をけなしてしまうほどに自分に余裕がない、生活が切羽詰まっていたらしいのに。
大魔族の末裔とか言っておきながら、とくに角とかが生えてるわけでもなく。中学生くらいの小さ目の背丈に、痩せ細った身体。美しい紅い髪にルビー色の瞳。
「この世界のこといろいろ教えてくれよ。大魔族トニトルの末裔さん」
心なしか、彼女のルビー色の瞳の外縁に、涙が映った気がした。
だが、眼をこすってそれをふき取ったころには、見えなくなった。
「あ、改めて。私はリナ・アーデルハイト。北方大魔族トニトルの、末裔だ」
なんだかすっかりおとなしくなってしまった彼女は、改めて自己紹介してくれた。
「じゃ、俺も改めて。名前はイオリ。<オミニポテンの悪戯>でこの世界に迷い込んでしまった、一般人だ」
——なんだか、いやな自己紹介だ。一般人、か。最終審査を突破すれば、ここで晴れて「冒険者だ」と言えるようになるのだろう。
「よろしく」
「...よろしく」
彼女はその細い手で、俺と握手をした。珍しく、彼女が微笑んでいた。人を煽ることしか能のないメスガキだと思っていたのに。もう、そうやって呼ぶのはやめよう。
「えっと、お近づきの印、じゃないが。——サナもかわいいやつだよ、余分な魔粒子をぶちまいて転移したから、その先が追える」
「......本当か! じゃあ、それをたどっていきたい」
「わかった」
ついさっきまでは、俺のことをぼろくそ言っていたくせに。
彼女が前に立ち、俺はサナを追跡する。
「......ここにいたのか」
ここにいたのか、といっても、一回も来たことのないロケーションだ。ハズカシいっ。まあ、誰も聞いていないからいいのだ。心のうちに、留めておいたから。
でも、彼女は。そんな恥ずかしい俺の一面も、ずっと許容してたのかな。
「なんで、場所がわかったの」
「北方大魔族トニトルは、なにせ圧倒的な攻撃魔術の使い手だったそうだな。それゆえにMP......じゃなくて、絶対的魔力量が一般人とは桁違い! 今は弱ってるけど、意図的にこぼされた魔力を検知するスキルはまだ使えたみたいだぜ」
「......」
石畳の街。<セントラム>最北端の城壁の上部で、彼女は街の外を見つめていた。その先には、俺が二キルした谷がある。
「こうして最後のチャンスを設けるの。ひっかかったのは、これまでにあなただけ......うれしい」
......バレたとき、いつもこうしてたのか。追いかけてくる人間は、これまでにいなかった。彼女は、その特殊な権能のせいで、苦労をしてきたのだ。
「まあ、俺一人の力じゃないけどな。でも、序盤からあれだけ助けてくれたサナを忘れられなかったんだ」
——やっべ序盤って言っちゃった。ゲームじゃないんだから、まったく。
「なんでこれだけ尽くしてくれるのかは、聞かないが。でも、もう一個だけ、聞いてもらってもいいか?」
俺は相手の心を覗けない。相手の気持ちなんてわからない。元、ニホン人で、昨日までは一般の学生だったんだ。
ゲームが大好きな、ただのしがない学生。
つまらん現実に辟易として、気づけば異世界にワープ。冒険者になる前、まだ一日も経過していないというのに。すでに濃厚な時間を過ごした。
男のいない女。コワモテが厳しい店主。おっ〇い受付嬢。大魔族の末裔を名乗るロリ。
今度こそ、ゲームみたいに、完璧に生きてやると決意したんだ。
なのに、まだチュートリアルだ。ヒロイン一つも落とせないとしたら、ゲーマー失格だ。
だから。俺は、必死でお願いをする。
「俺を、一人前の冒険者にしてくれないか......どうだ?」
すべて、彼女はお見通しだ。彼女の前では嘘もつけないし、やましいところをすべてマーキングされる。
だが。彼女は嘘をつかない。嘘をつく人間をたくさん見てきたからだ。
サナは、とっても優しいのだ。
報われてほしい。切実にそう思った。
「......いいよ。イオリ君」
彼女は、眼を少しだけ潤わせていた。号泣するわけではない。俺のやましい部分を、しっかり見ているからだ。
だが、彼女は。凛とした表情の中の優しさを前面に出して、
俺に微笑むのだ。
■この世界でわかったこと
<サナ>
魔法使い。冒険者ギルドに所属している。十七歳くらいの少女。俺とあまり変わらない背丈をしている。
フォーティスと呼ばれるラプトルのような外見をした生物を手なずけている。
碧眼碧髪ボブカットの爽やかな少女で、整った顔とルックスをもっている。
断崖絶壁。
闇魔法の使い手。
リナ曰く、彼女は人の心が読める特殊権能を持っているらしい。
それは先天性のもので、彼女は長らくそれに苦悩してきた。
——それでもかまわない。
俺の心の声一つ、いくらでも読んでくれていい。
......内容は、保証できないが。
ただ。これまで俺のしょうもない心の声を許容してくれていたなら。
彼女の優しさをもって、俺は彼女に恩返しをしないといけない。
<リナ>
北方大魔族トニトルの末裔(?)。ガロンの店で口論になっているところ見知った少女。
中学生くらいの背丈に、ガリガリに痩せた身体。栄養失調気味の身体でも、彼女の顔は意外と整っている。
赤髪ルビー色の眼をしており、髪は少し長めのをそのまま垂らしている。
スラム街で命を食いつなぐ極貧生活をしていた。
大魔族の血筋を引く者として、大量の魔力が必要なため、魔力を大量に秘めたマンゴーにかじりつくことでようやく満腹になる。
スラム街で生活していたころは、少しでも魔力を吸収するために生きたねずみを捕食していたらしい。そのため歯周病。
この世界は貧富の差が激しい。まだ自分で稼げないだろう、その年齢を聞いて、俺はサナにお願いし奴隷契約を結ばせ、宿に連れ帰った。
いつか、たくさんのマンゴーを食べさせてやりたい。
出会った当初のクソガキ度合いは忘れられないが、今はすっかり落ち着いてしまった。
また暴走しないことを願っている。
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