第七話:「宿」
宿だあ。
この異世界の建造物は、西洋チックだ。レンガ造りの町並みは、雨が少なく乾燥した気候に適したつくりをしている。
サナに案内してもらった建物は実に豪勢で、床に敷かれたレッドカーペットを歩いているだけで高揚感にかられている。
「ちょっと待っててね」
サナがフロントスタッフにバッチを見せ、金貨を支払っていた。——バッチを見せることで、特別な割引などが効くのだろうか。
ともかく、この世界では冒険者であることが大きなステータスでありそうだ。
「はい。隣の部屋取れたから。何かあったら言ってね。それで......えっと、その子はあなたが管理すること」
「おい、ここから出せ。明らかにサイズが合ってない」
小動物格納用の檻をサナが調達してきてくれたので、とりあえずそん中に入れている、大魔族の末裔こと、
正直言うと、こんなうるさいのを持ちながらこの住所までやってこれたのに驚いている。それまでびくびくしていた。まだ、この世界では奴隷が合法らしい。
「じゃあ、明日ね」
サナが俺の部屋を退出する。シングルベットがおかれた広めの部屋。現実世界のホテルと、さして変わりはない。そして風呂、トイレもついている。ユニットバスじゃないぞ。
へえ。流石にウォッシュレットはなかったが、トイレも水洗式だ。いろいろと現実世界の歴史軸とズレているために信じがたいが、壁に備え付けられたノブを握ると、水が組み上げられ、足された物が流されていく。凄まじい技術だ。
「なんだ、トイレの仕方も知らないのか」
「いや、それくらい分かってるけど......すげえ技術だと思ってな」
窮屈な檻から抜け出したリナは、とことこと歩いて、洗面所をのぞき込んだ。
「おお、魔法を使える人用の部屋をとってもらったのか。それは、魔力をつぎ込み使用する近代テクノロジーだ。魔法が使えない人間は、それを握ったところで何もできやしない。落下式のふるーくてくさーいトイレを使うことになるんだな」
なるほど。魔法でいろいろできるようになっているのか。
ろくに電線も見られないこの街で、どうやってこんな高いところまで水をくみ上げてきているのか、不思議に思っていたところだ。
——水魔法。俺はサソリに対して、あえて水魔法を使用した。使えるかどうかはともかくと考えて、冷たい、だとかそういうワードを脳内に連想して、力任せに放つと水魔法が使えた。この世界の魔法は意識して属性を変えるのだ。あくまで、仮説だが。
しかし、そのノブを握ったときに、俺は水魔法を使うんだ、とは意識していなかった。だが、綺麗な水が石を擦る。ある種の、魔力を注ぎ込むだけで属性を特定するアタッチメントのようなものが、この世界にはあるのかもしれない
——さすれば、熱湯も生成できるようになるのか......?
「なあ、リナ。熱湯を出すときって、どうやって魔法を使えばいいんだ?」
彼女は現在奴隷契約を結ばれている奴隷だ。俺の質問に答えないことはできない。それに......大魔族の末裔と言うなら、魔法技術に対して豊富な知識があるはず......。
サナに質問責めをし続けるわけにもいかないので、彼女に聞いておこう。
「はあ? 単純に魔法を組み合わせればいいだけだ。あっつーいのと、つめたーいのを、交互に意識する。うまく割り振れば100℃の熱湯を出せるぞ」
ま、お前にはできないだろうがな、と布団の上でリナは腕組をして俺を見下した。
「......ああ、風呂に入りたいなら、そこにあるノブに魔力を流すだけでいいぞ。魔術の発動語句をあらかじめ記憶させてある設備がついてるはずだからな」
セルフでやるとは一言も言ってないだろっ。
そんなのしたら、皮膚がやけどしてまう。
「......くうう」
きゅうう。また、彼女の、腹の音がなる。まだお腹がすいているというのか。
「お前は食いしんぼだなあ。どれだけ食えば気が済むんだよ」
俺は残りの干し肉をすべてテーブルの上に置いた。端から彼女がほおばっていく。
「......私は大魔族の血が流れている...人並みより魔力の最大量が高いから......その分魔力代謝がひどいんだっ......」
あくまで推測である。仮説であるが。
この世界では、魔力は、食品あるいは液体状など、口の中から入れて、胃で消化されたときに摂取できるらしい。大地のエネルギーッ! みたいなのではなく、ほかの命を吸い取ることで、魔法が扱えるということだ。
マンゴーから始まり、これは<プロファー>の肉か。生命が循環している。
「そういえば、お前は、なぜあの女とつるんでいるんだ?」
リナは頬に肉片をこびりつけながら、俺にそう訊ねた。
「彼女には、この世界に来た時にトルトルの群れに襲われた俺を助けてくれたんだ」
「——ん? この世界に来た時に?」
「あっ、そうだ。言うの忘れてたな。こっちの世界じゃ<オミニポテンの悪戯>っていうのかな」
リナは驚愕の表情をしていた。
「......そうなのか。どうりで、こんなに怪しげな魔力の匂いがする」、と続ける。
「まあ、悪いことは言わない。ぼちぼち、あいつとは離れたほうがいいんじゃないか」
リナはそう、真剣な瞳で俺に訴えた。
「お前、服従の魔法かけられて、まだ怒ってるのか」
「違うっ! まあ、それもあるけど」
くそう、もう少しで魔力のなんたらが......と、リナはぼそぼそ言う。
先ほどの彼女の言葉を、脳内で反芻する。
「あいつとは、離れたほうがいい、って、なんでだ?」
......。
リナは神妙な面持ちで、こう言った。
「あいつは......人の心を覗ける人間だ」
人の心を、覗ける人間? 何言ってんだ?
いくら魔法とか巨大生物がうじゃうじゃしてるこの異世界でも、それはチートじゃないか。
それに、心が読めているとしたら......俺と会話しているときのあれは駄々洩れじゃないか。
「なわけ」
俺はリナにそう言った。
「いいや。お前本当に鈍感な奴だな」
彼女はそう言い返してくる。わりと真剣な瞳なので、あまり話題を雑に扱えない。
「闇魔法も然り、人の心を覗ける特殊能力持ち。凄まじく稀有な存在を捕まえられたのは、お前も幸運だったかもしれない。だが......どう思う。お前、さっきからずっと、自分の考えてること、全部透かして見られてたんだぞ」
「お〇ぱいの話もですか?」
「そうだ......って、そんなしょうもないこと考えてたのか?」
あれ、しまった。変なことを口走ってしまった。
それだけ動揺しているのか。
結構なことを考えていたはずだ。セクハラで逮捕されるくらいの内容を。
ええ? 見られてたの?
おおん。
「おい、そんなに信じられないなら、いまから確かめてくればいいだろ。ちょっと待ってて」
リナは布団の上で身体を回転させて、壁に視線を向ける。
「おっとと、危ない。今から風呂入るとこだ全部脱いでる」
「いってきます」
「おいちょっと待て」
彼女が急いで俺を引き留める。
おいちょっと待て、は、俺のセリフだ。壁を見ただけで、どうして隣の部屋の、サナの様子が確認できるんだ。
......壁を、見つめている?
「ちょっと待った、もしや、お前......透視できるのか?」
「ん? ああ。勿論。大魔族の末裔だからな」
「すげえ! えでもまって、俺の身体も透けて見えるの?」
「そんなに恥ずかしがらなくても、貧相なのがぶらんぶらんしてるの、見えてるから」
......。
「ぎゃああああああああああああああああああああああ」
とりあえず服の上から手を抑える。「まだ見えてる」とリナが続けるので、絶叫を重ねる。
「ど、どうしたのっ‼」
ドカーン。確か鍵をかけていたはずだが、廊下に繋がる扉が開錠され、外からサナが現れる。
「やっぱりね! ごめん少し情けが働いて弱めにかけてた。<コントラクタス>‼」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
リナに電流走る。
「大丈夫? どこにも怪我無い?」
サナは俺に駆け寄り、顔をのぞき込む。ええ、攻撃されたわけではないので。
ただ、俺のち〇こを貧相と言ったので、そのままお願いします。いい気味です。別に貧相じゃねえし。使う機会、あんましないけど。あんましというか、ないけど。
(——オマエ、サテハDTダナ)
古傷が痛ーむ。ちくしょう。
「......なさそうだね」
「ぎゃあああああああああああああああ——あへ、へっ」
リナがぱたりと倒れる。サナが魔法をかけるのをやめたようだ。彼女は黒煙をはいて、ダメージになっている。
——まあ、それより。
彼女は、「怪我無い?」と言っときながら、一切俺の身体を確認していない。近寄る間もなく、なさそうだと判断した。
待ってくれ。本当に......人の心が透視できるのか......?
「......サナ、」
「な、なに」
彼女はなぜか動揺している。
隠すのがうまい。だが、俺はもう、わかっている。
「心が、読めるのか......?」
サナは、壁に手をぶつけた。見せてはいけないものを見せてしまったときの、憔悴の表情をしていた。
「...ち、ちがうよ」
隠すのは上手だったのに、嘘をつくのは下手くそだ。あれだけクールに見えたサナが、破顔するまでに怖気づいている。
心が読めるということは、自分が拾いたくない情報も勝手に見てしまうこと。
メリットもあるが、デメリットが大きすぎる能力だ。こうして心が読めると周囲に広がれば、彼女に隠し事はできなくなる。
やましいことだらけの人間という生命体は、彼女とつるむのはデメリットにしか、なりえない。
「......ちがうく、ないけど......」
ということは、これまでの俺の酷い妄想も、すべて見透かされていた、というわけだ......。
それでも俺と関わり続けてくれた彼女は、それをすべて、許していたということか。
どれだけ必死に隠しても、彼女の数手先を読む返事で違和感をもたれる。心を読めるとバレた暁には、怖くて、彼女の前から逃げてしまう。
——「冒険者稼業は、孤独だよ」
彼女は、これまでも、これからも、孤独で居続けなければ、いけないのだろうか......。
「隠していて、ごめんなさい。あなたなら、と思ったけど......こっちが見透かされちゃった」
彼女はローブから小さく手を出すと、紫色の魔法陣を自分に充てる。円形にはまると、エフェクトとともに彼女の身体が消えていく。
「えっ、ちょっと待ってっ......!」
サナは、いなくなった。
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