第六話:「大魔族の末裔」

 ぱっと見た感じ、歳が三つほど下の、小、中学生くらいの見た目をしている幼女がそこにいた。


「......あっ」


 服がみすぼらしい。夜になると冷え込むのは日本と同じだ。サナも暖かそうな毛皮を羽織り、俺にもそれをわけてくれた。だが、幼女の服は肌から一枚くらい。非常に寒そうだ。そして、ガロンは一つの新鮮なリンゴのような果物を手に持っていた。


「私は大魔法使いだぞ! あまり怒らせないほうがいい、おまえなんか簡単に消し炭にしてやれる!」

 

 大魔法使いにしては、ローブとか、杖とか、そういうものを一切携えていない。


 スラムから出てきた小さな女の子のようにしか、俺は見れなかった。

 だから、俺はガロンと少女の仲介に立った。


「えっと、それ、俺が代わりに買うよ」

 びしーっ。決めてやった。


「えっ......本当に?」

「兄ちゃん、それ、マジか」


 コワモテのガロンが破顔し、赤髪の少女は心底驚いた表情で俺の顔を見ていた。

 ......任せろ。この世界に来て間もなく、まだ何も知らない人間でも。


 現世からの引継ぎ特典で、良心だけ引っ張ってきてんだ。


「これで、足りるかな。たくさん買おう」


 激重麻袋を持ち上げる。

 ——リンゴ一つ、買えない貧しさ。消えない貧富の差。


 今日はたまたまだ。リンゴを買ってやった後は、少し生活できる分を渡そう。なにせ、三十万の臨時収入を得た、小金持ちなのだから。


「遠慮はいらないよ。さあ、受け取りな」

 俺は最大限の笑顔を少女に見せた。彼女の顔はキラキラ輝いていた。


「な、名前を聞いてもいい......?」

 彼女は大変かしこまって、俺に上目遣いで聞いてきた。


 幼女だ、と言っていたが、うん。ええ? かわいい。なんで?


 うへ。うへへへ。

 俺の名前? それはね......。


「いいや。名もない冒険者だよ」


 キラーン! やばい、夜なのに俺のキラキラ度合いが周囲を照らしてくッ!

 ふへ。ふへへ。


「きゃーーー!! お兄ちゃーんッ!」


 今にも抱き着いてきそうな少女のその嬉しそうな顔で、俺はご満悦だ。

 あは。あはは。


 異世界、いいとこだなあっ‼

 

 


「ええと、いいとこだけど、」

 サナが俺の肩をつつく。


「足りないよ?」と言った。


 ......足りない?

 あへ?

 

 サナめ、何寝ぼけたこと言ってんだ。彼女が買おうとしてるのは、たった一つのリンゴだぞ。

 そう、リンゴ。たった一つの、リンゴ......。


「えっ、ちょっと待った。これ、一個いくらなんだ?」

 俺は店主のガロンに訊ねる。


「あ、ああ。定価、9500万ナマスだ...。これ払えるって......兄ちゃん、いったいナニモンなんだ......?」


 えっと......なんて言いました?

 九千五百万? はあ?

 いいとこの高級車フルカスタムでもお釣りくる値段である。


「なんでリンゴ一つにそんな値段かかるんだよちくしょう!」

「Ringo? これは<マンゴー>だけど」

 

 なんという奇跡。現代語を久しぶりに聞いた。発音は少し違うが。ほんでなんでマンゴーなんだ。思考回路が爆発しそうだ。


 えっ、マンゴー? 赤いけど。えっ、語源聞きたい。マジで。


「マンゴーは携帯型の食品の中では、桁違いの魔力回復量を持つの。 それも効果は一瞬で受けられるし、だからそれだけ高値なの。一般人には手が出せない代物ね」


 サナが丁寧に解説する。へえ。


 ——切実にリンゴであってほしかった。ニュートンと俺が狂喜乱舞して都市を爆破してやろうかと本気で検討している。


「チッ」


 えっ。あっ。えっ?

 赤髪の少女が舌打ちした。


「君、今有り金いくらだ」

「三十万ナマスです」


 ......。


「......ぷっ、ぷははははははっ!!!!! えっどうやって買おうとしてたの、えっ『いいや、名もない冒険者だよ(キラーン)』その通りやんぶははは!!!」


 えっ。

 あっ。


 中学生くらいの女——以後「メスガキ」と呼称することにする——が、俺に......まあ...その...ひどいことを......。


 脊髄反射というべきか、その場の空気に耐える防御力がなかったのか。俺はサナの背中に隠れた。それはそれは、まあこじんまりと。


「ああ、ちょっと。はあ。やっぱりやめる。ごめん、ガロン」

「あ、ああ。わかった。......すまんな嬢ちゃん。そういうことで値切りはできねえ」


 めっちゃ言うじゃん。ええ? あんなに笑うことある?

 パキーン。俺のメンタル、ぼきぼきなんだけど。ええ? 

 

「ま、まあいいだろう。今日のところは仕方がない。仕方がないが......ぷっ、ふふ」

 

 赤髪の少女 メスガキはちょっとサナの肩からひょっこり出てきた俺を見て、爆笑を堪えた。


 ちくしょうガキに舐められたッ!


「な、名前を聞いてもいい......?」

 彼女は俺の前に立つと、そう聞いてきた。うへ、うへへと凶悪な表情をセットでどうぞで。


「イオly」

「いいや、名もない冒険者だよ(キラーン)」


 ......。


「......ぶははははははははあっ」


 ぼそっと放ったその名前。食い気味につけられた「いいや名もない冒険者だよ」。

 ——ハズカシいっ‼ もうやめてえっ‼ 私のHPはもうゼロよんっ!



「気に入った!」

 突然、赤髪の少女メスガキが声を張り上げる。


 「いいだろう、君の配下になってやる。私の名前はリナ・アーデルハイトッ! 北方大魔族トニトルの末裔だッ!」

「「えええええええええええ!!!???」」


 ......おっと? 配下になってくれる? 俺とサナは顔を見合わせた。


「「お断りします」」

「えっ、なんで」


 リナがきょとんとした直後。きゅううう、と、何かが鳴る音がする。腹の音だ。俺とサナ、間のガロンからではない。あまりにも大きな音であったので、簡単に特定できてしまった。


「う、うう...いやこれは、お腹がすいているとかそういうわけではなく」

 俺はサナのほうに視線をやった。


「......連れてって、□□□□□□□□奴隷としてコキ使お。そうしよう

「えっ、なんて言ったんだ」


 リナには聞こえない音量でサナに言う。するとサナは「ええ?」と言ったが、「□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□俺あんなに言われたんですけど泣きそうとことんぶちこわしてやりたい」と詰める。


「......わかった。あなたの部屋で飼いなさいね」

「オーケー。......ん? 飼いなさいね?」

 サナは乗り気のようだ。いいね、いい感じ。


「......飼いなさいね......?」


 耳を立てていたリナには聞こえていたようだ。


「なら、まずこうしないと」

 サナはリングをはめた状態でゆっくりとリナに忍び寄る。


「お、おい、何をする気だっ」

「<コントラクタス>」


 凄まじい速度で、サナの指先がリナの額に引っ付く。紫色の魔法陣が生まれ、「うわああああああああああああああああああああっ」と、リナが絶叫している。


「えっと......これは......」

「奴隷契約を強制する<コントラクタス>という魔法だな。闇魔法で使える人間は限られているが、サナちゃんは使える人間だからな」


 ガロンが適宜解説してくれた。

 ——奴隷契約!? 

 えっと、半ば冗談だったんですけど。


「終わったよ。プライマリ服従対象はあなたで、セカンダリは私に設定してある。自分たちに対する攻撃魔法はすべて無効化。意のままに操れる」


「うわああああああああああああしまった油断したあああああああああああああああああああっ!」


「<コントラクタス>は残り総魔力量で競り合い、高い魔力のほうに服従させる魔法だ。奴隷のほうは、自分から解除する術はない。制限時間もない」


「魔力が底をついているときにくそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 なんと残忍な魔法か。リナの額には小さい紫色の円が焼き付いている。

 ——うん。絶景かな、絶景かな。


 素晴らしい。先ほどまであれだけわーわーわーわー言ってたメスガキが、魔法による口止め効果でその一切を喋られなくなっている。


「えっと、ガロンさん。この子貰ってっていい?」

「あ、ああ。かまわないが......」


 俺はリナをフォーティスの背中に投げ込む。「ふげっ」と効果音がした。


「さあて、どうしたもんかなあ。いろいろできそうだもんなあグヘヘ」

「変態ッ! さてはそういう趣味趣向の——うぐぐ」


 拘束されて喋れなくなったリナに、まあとんでもない視線を送っている。

 送っているけれど。


「......まあ、これ食えよ」


 俺はそんな視線を長時間続けられるわけもなく。フォーティスのサドルのポケットから、包みに入れられた、干し肉を取り出す。冷え固まって、ジャーキーみたいになっておいしそうだ。


 ——あのミミズの売れなかった切れ端に手を入れただけのものだが。


「っ」


 きゅううう。また、リナの腹が鳴る。


「......毒を、仕込んでるんじゃ」

「ないよ。俺、まだ冒険者仮免だから、魔法の類もかけられないしな」


 リナは怪しげなものを見る表情で俺を睨んでいたが、やがて、ジャーキーを掴み、それをほおばり始めた。


「......」

「上手いか? あの<プロファー>ってやつの肉だ。焼けば、もっとホワホワしておいしいらしいけどな。あんましわかんねえ」


 その焼いた肉すら食ったことなくて、全部サナの話の受け売りだが。


「——って、どうしたんだよ」

 突然。リナは、瞳から涙をこぼしていた。


「......そんな腹が減ってたのか。あんな高額なものじゃなくても、食い物は、いろいろあったろうに」

「......これは、<プロファー>の肉。マンゴーほどじゃないが...ちょっとの魔力を回復できる......」


 ——魔力? この世界は、食品から魔力を吸収するのか?

 なるほど。また一つ知識を得ることができた。


「——ありがと」


 リナは、珍しく涙があふれた後の顔で、俺に微笑んだ。

 ......かわいいとこ、あるじゃないか。そういうのを、見たかったんだ。


 俺をからかっていた時も、ずっとお腹が鳴っていた。その時から、少しばかり、わかってたんだ。


 いったん、宿についてから、買い出しにでかけて、たくさん食べてもらおう。

 ......さすがにマンゴーは買えないが、ある程度の食料だったら、調達できるはずだ。


 ゲームでは、人助けがクエスト開始のフラグになることがある。

 善行を積んでいこう。この世界で、生きていくために。

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