第五話:「肉を売る→大儲け」


 採集。あの肉を剥ぎ取って、売却で金を得る。先ほどまで地中を潜り、生命を捕食していた生命だ。それが、血を噴き出して無力になっている。


 グロテスクな景色が長く続き、随所に嘔吐したが、俺は言い知れぬ高揚感でいっぱいだった。


 この世界は、こうやって生計を立てていくのだ。


 ——ゲームの世界じゃねえか。

 俺はここで決意した。

 この世界で、生き残ってやる。


 現世で味わえなかった、ありとあらゆる体験をして。

 欠落した感情の、埋め合わせごっこをする。


 サバイバルゲームだ。

 その類は、お手の物だろ。俺。


 「冒険者としての素質があるね。魔法が使えるなら、最終審査にも通るよ。そもそも、魔法が使えない人間だっているんだから」


 巨大な肉を牽引するフォーティスの速度が少し落ちていた。しかし、頭部だけカットしたとはいえ、巨大な肉塊を牽引できる馬力を備えているとは、この世界の生物は、圧倒的なパワーを秘めていた。


「最終審査、って、具体的に何をするんですか」


 おっ〇い——じゃない間違えた、ギルドの受付嬢さんは、最終審査含め、たくさんの情報を先輩冒険者から聞け、と言っていた。これから最終審査を受ける身だ。いろいろ、審査内容を聞いておかなければ。......文字も覚えなくてはならない。書類選考すら通れないようじゃ、本末転倒だ。


「内容は簡単なものよ。同じ最終審査を申し込む者と決闘して、そのどちらかが駆け出し冒険者の資格を得る」

「じゃあ、魔法でとっちめればいいわけですね」

「まあ、そうね。参加するのは魔法使いだけではないわ。剣士もいるから、物理攻撃主体の奴と当たったら最悪ね」


 ほお。異なる装備でも対戦が許可されるのか。ともかく、対戦相手をとっちめればいいのだ。


 ——とっちめる......?


「魔法使いはその点有利よ。剣士は、その使う武器を皮膚に直接叩かなければ攻撃を為さないけど、魔法はとにかく当たれば爆散効果で、自動的に身体が吹き飛ぶから」

「身体が、吹き飛ぶ......?」

 先の戦闘で、魔法の威力は十分理解したつもりだ。だけれど——。


「ええ。同じ冒険者志望の人間を一人殺すのが、冒険者になる条件だから」


 本当に、人を殺さなくては、ならないのか。

 

 正直、嘘かなあ、と思っていた。サナの口調は嘘偽りないものだったから、少し焦っていたのだ。嘘だと思いたかったのだ。


「あなたなら大丈夫だよ。でも、今日は少し遅いかな。商店でこの肉を売ってから、街の宿を取ろう」


 <セントラム>に到着する。「よっと」とサナがフォーティスから降りると「お疲れ様」と奴に声をかけた。首元を摩り、バケツの水と適当な藁を与えている。


 ——やっぱり、ここは異世界だ。

 名ばかりの法治国家がたくさんだ。


 人が死ぬことに、ためらいがない、そんな。ゲームみたいな、異世界だった。




 なんだか、気が重い。


 ここは異世界だ。おそらく、人を殺しても、罪に問われることはないのだろう。それが冒険者の資格をもらう、条件に含まれているのだから。


 だが。罪に問われないからといって、人を殺したいなんて、死んでも思わない。

 彼らが感じる痛みは、絶大なものであるだろうに。


 そして、自分の力を過信してはいけない。


 勝つ前提で話を進めているが、俺がもし負けたら。その剣先で喉を掻き切られたり、魔法で胴体を吹き飛ばされたりするのだ。

 それには、絶大な痛みがともなうことだろう。


「どうしたの。そんなに落ち込んじゃって」


 サナは、俺がどうして悩んでいるのかよくわからないようだった。単純なことで悩んでいた。彼女にとっては日常茶飯事、人を殺すのに躊躇がない。


 そう考えると、サナの幼げな顔が信じられなくなる。


「......あの」

 サナに訊ねてみる。


「日本って名前の国、知ってますか」

「なにそれ、おいしいの?」

「国です。まあ、他国から見ればおいしい国ですかね」

「......ニホン? へー、そんな国があるんだ」


 彼女は俺が異世界人であることに抵抗をもたなかった。この世界では<オミニポテンの悪戯>と言われるほど、頻繁に起こる現象だからかな。


「その国では、人を殺すことは、禁忌とされてきました。——もし人を殺すと、両目が吹き飛ぶんです」


 .昔見たアニメの設定を参考に話してみる。効果はてきめんで、サナが驚いた表情をしていた。


「......できないですよ、人を殺すなんて」


 太陽が二つ。一つはもう沈み、もう一個もそろそろ消えかけている。オレンジ色に変色しつつある空が、やけに幻想的だった。


「——まあ、いますぐ審査を受けるわけじゃない。申請して、ある程度人数が集まらないといけないんだ。それまでに、いろいろ考えるといい。......釘をさすようで悪いけど、冒険者以外にろくな職業なんか、ないからね」


 彼女がズボンのポケットからバッチを取り出した。すると、肉屋の人が頷き、巨大な肉塊を受領する。サナは、どっしりと内容物がすごい麻袋を抱えて、こちらに歩いてくる。


「ざっと三十五万ナマスだった。はい、これはあなたの」


 ぱっと、彼女は俺に麻袋を渡してくる。


 ——とんでもない重量だ、袋の口から中身を確認すると、そこには黄金色をした硬貨がぎっしりと詰まり、夜闇のなか煌めいている。


「このお金は、二か月毎日たらふく食ってもお釣りがくる額だよ。冒険者の資格を得られれば、さっきみたいに<クロム>の谷底脳死投下でこんなに稼げるんだ」


 ......マルチ勧誘。

 サナがそんなふうに見えてたまらなかった。


「あなたがクロムを使ってプロファーを殺すだけで三十五万だよ、三十五万。不労所得にもほどがあるってもんでしょ、あはは」

「本当にお得なのか、それって」

「黙って谷に行って、クロムを崖から落とすだけで、あなたはうん十万の収入! あっそうだ、こんど私たちの仲間内でパーティーを開くんだよね。リ〇ツ〇ールトンの部屋を貸し切ってやるの。あなたも来ない?」


 マルチである。

 ひいい。


 この世界での冒険者の職は、他の職と比べて格が違うほど優遇されるのだろう。

 だが。対価があまりにも大きく、支払いきれない。人を殺さなければならないのだから。


「......コーラ飲みたい」

 酒は飲めない歳なので、その代わりのカフェインで気を紛らわせたかった。


「......ん? なに、それは」

 この世界にはなーい。

「とりあえず、商店に行きたいです」


 俺の用意した選択肢は、ガロンの店を訪れる以外なかった。

 せっかく見知ったんだ。今のうちから友好関係を築いておくべきだ。


「——なあおい! 言ってるだろ、もう少し値を下げろ、値をーッ!」

「これ以上下げたら原価割れちまうよ、お姉ちゃん」

 おっと。値下げ交渉にしては派手だなあ、と感じた。


「あれ、お取込み中かな」


 そこには、背丈が小さめの赤髪少女が、あのごつい体躯のイカツめ店主に値下げ交渉をする絵があった。


「どうしたの?」

 サナがそう割り込んでガロンに訊ねる。すると、ガロンはこう返した。


「ああ、こいつを値下げしろ値下げしろってうるさくてな」

「うるさいとはなんだーっ!」


 うるさいのを、ぱっと見た感じ、歳が三つほど下の、小、中学生くらいの見た目をしている幼女がそこにいた。


 ——幼女。幼女である。


 みすぼらしい服装をした、幼女がそこにいるのである。

 彼女は、あのコワモテのガロンと、タイマンを張っていた。


 強い幼女。

 いいね。

 惚れぼれしちゃうわ。



 ■この世界についてわかったこと

 

 <サナ>

 俺が最初に出会った異世界人。女性。外見から、十七歳くらいだと思われる。

 トルトルの逃避行に巻き込まれた俺を助けてくれた冒険者。非常に高レベルの冒険者で、所属する<セントラム>の街では結構名を轟かせているらしい。

 非常に容姿が端麗で、だが、「キュッキュッキュッ」であるために、それが彼女のコンプレックス、ひいては究極の「悩み」に繋がっている。

 ——顔立ちは非常に可愛げなので、一定数彼女を好きだという人間が居ても、おかしくはないのだが。

 彼女は、常日頃から錯乱するまでに男に飢えていた。

 彼女は、俺が一人前の冒険者になるまで面倒を見てくれると言ってくれた。その厚意を無駄にしないためにも。

 そして、この世界で俺が一人でいきていけるまで、そのチュートリアルを完遂させたいと思った。


 ——まあ、断崖絶壁である。

 冒険者ギルドの建物の中で出会った受付嬢と比べると、まあ。つかみどころのない断崖だ。一方は、巨山二つあり、なのに。

 ......「厚意を無駄にしない」ためにも、これ以上は控えておく。


 俺は別に小さいのも好きです。





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