第四話:「不穏な空気に混じる淫気」


 それにしても、やけにカップルが多い街だ。そこかしこにデート中だか知らないが、男女のセットが多い。


 この街は中央大陸という、バカでかい大陸の最も南にある都市だという。サナの話によれば、単純に南にいけばいくほど安全だというので、そこに拠点を築く家庭が多い、ということだろうか。


 若年夫婦が多くて、出生率はえげつないものになっていそうだ。住みよい。この四文字が最も似合う都市だと、他の都市を見ていないながらも、そう思う。


「いい街ですね。ここだと、一生を穏やかに過ごせそうです......っどどうしました⁉」


 サナが大粒の涙を流しながら、とぼとぼフォーティスの横を歩いていた。


「——男......女......二つの生命が交錯し......幸せを実現する......」

「愛のカタチは一つじゃないですって! 幸せだって、本当にそうかはわかりませんよッ! ほら見てください、いかにもセ〇レみたいな顔してr」


 ギロリ。俺に無数の視線が集中する。おっと、失言のようだ。


「シアワセ」

「シアワセ」


「オマエ、サテハDTダナ」


「カワイソウニ」

「カワイソウニ」


「オマエのブツは、ツカワレズにハテル」


「モッタイナイ」

「モッタイナイ」


「セイのヨロコビ、シラナイ」


「マズシイね」

「マズシイね」


 道行くカップルたちが一斉にこちらを向いて、威嚇の表情を見せた。そして罵詈雑言の嵐っ!

 まじゅい。そんなつもりじゃなかったのに。


「失礼します」

「ひあっ」


 サナの身体を持ち上げフォーティスに乗せると、俺はしっぽにつかまり、豪速でメインストリートをかける。門番を吹き飛ばし、城壁を突き破り、ついに、<セントラム>の外に出ることができた。




「ううっ、うう」

「ど、どうしたんだ」


 フォーティスの身体に揺られながら泣き崩れる俺を、今度はサナがあやしていた。

 DTだけど...DTだけど......充実してるはずだもん! ボクの人生っ!


 性の喜びとか知るかーッ!


 ——どれだけ、そう、言い訳したところで。

 負け犬は、負け犬です。


 ちくしょう‼ 俺だって頑張って生きてるのにっ!


「......どれだけ頑張っても、できないことって、あるよね」

 サナが口を開く。


「天に届く才能・素質は、もともとあるものなんだ。それらは努力で磨けるけど、もともとなかったら、努力しても、限界値が見えてくる。自分の思い通りになることなんて、一回もない。そんな世界らしいよ、ここは。できないことだらけで、ほんと楽しくない」


 ——珍しく、サナの話に感動しかけている。

 できないことなんて、いっぱいあるんだ。


「でも、何もできない人なんて、もともといないんだ。何かステータスを持って、この世界に生まれてくる。それを活かせばいいじゃない。——そんな単純な話でまとまるわけがないんだけど、でも、そうするしか、できないから......」


 前を向いても何もないのに、前を向くしか、方法はないらしい。

 そうだ。簡単に現実世界を捨てることができた俺は、前しか向いてないはずだ。


「冒険者稼業は孤独だよ。あなたもこれから経験することに、なるだろうけど。だから、こういった人と人とのつながりは、大事にして。出会って数時間もたってないのに、もう、私の弱いところ、見せちゃったしね。これも高等テクニックだよ、早く親しむための」


 ——そこまで言ってしまうのか。でも、俺は不思議と拒絶はしなかった。


「はあ、男が欲しいなあ」


 碧髪のボブカット。碧い瞳を持ち、背丈は高めで、必要最低限の筋肉量がある、細身の身体。ごつめの身体にしては、やけに軽めの体重。端正な顔だちはまだ幼いが、吊り上がったその瞳は、戦士としての屈強さを隠しきれていない。全体的に可愛げな少女は、俺の目を見つめて、そう言うのだ。

 フォーティスは速度を落とし始めた。<セントラム>近くの大渓谷に到着する。


「そうだ、君を一流の冒険者にするまで、私は見ておくから。さあ、鍛錬を始めるよ」

「わかりました。よろしくお願いします」


 フォーティスから降りる。目の前には、乾ききった巨大な崖と山脈が広がる。


 まだ、チュートリアルの中だ。剣を振るって、魔法を使って、初めて、俺はこの世界で生き延びていける。


 幸運なことに、こうしてサナと出会うことができた。

 出だしは、好調である。



 人の悩みには踏み込まないと決断しておいて、ずっとそのことを考えている。

 彼女は難しい説明をかみ砕きながらしてくれているというのに、さっきからずっと彼女の厚意を無駄にし続けてしまっている。


 俺が解決できようものじゃない。


 あくまで推測であるが、この世界はまだ文明が未発達だ。現実世界の歴史と比べ、魔法や少しの製鉄技術の発展はあるようだが、それでもまだ狩猟・採集の文化から脱出しきれていないはずだ。ならば、現代では考えられない「古めかしい考え」というのも、うまく蔓延っているはずだ。


 女性の人権が認められたのは近代だ。それまで、ずっと「女性は人間を産む生物」という、忌々しき概念があった。子を産むだけの存在。女は男と結ばれ、そして子孫を繁栄させる。屈強な身体もないくせに、役割すらまっとうできないとは......。そういった差別意識も、この時代はまだ、残っているかもしれない。


 なら、子を産めない女性は忌まれる、のかもしれない。結ばれない、女。選ばれない、女。掴めない、女。


 そんなのが許されていいわけがない......。と発言しようにも、あくまでも俺はアウトサイダー。こっちの世界からすれば、俺は異世界人なのだ。<オミニポテンの悪戯>として、あたたかく受容していただいてはいるが、文化を否定するにもできない。


 難しい話だ。だから、解決できる悩みでもないのだ。

 彼女は、できないことだらけだ、と言っていた。諦観視すらしていた。


「ちょっと、聞いてる?」

「あっ、と、えーと」


 しまった。ぼーっとしていた。すぐさま、彼女の話を聞き取らないと。


「もう、聞いてなかったの? だから、魔法はこういうモーションをすれば、勝手に発動するの」


 彼女の動作をまねて、指先にはめた小さな指輪に念じる。身体から湧き上がる「魔力」たるものを込めて、目の前の小さなサソリに向けて、力を——放出する!


「はあっ‼」


 指先に火の玉が現れる。それは小さい、まるで線香の先端のサイズみたいだ。だけれど、それは確かに、俺の指先に現れた。


 魔法だ。魔法がある。

 うへえ。


 すごいものを前にするとIQが下がる。戦国時代の武将たちも、これくらいの高揚感を感じていたのだろうか。


 えっと、やばいよ。普通に。


 だって魔法を使えるんだもの。ゲームの中で、あれだけ現実世界でやってみたいと思えたことが、ロケーション違いでも、できるようになったんだ。

 えへへ。えへへ。


 ファイアボール! みたいな感じで、叫んだほうが雰囲気でると思うが......。

 最高に映りが悪いドヤ顔で、俺は火球を放った。


「おー」


 しょぼしょぼビームでは、あった。だが、天性の素質だけで放った、その火球。

 俺の性格のようにねじ曲がりながら、サソリに、着弾する——。


 ぺちっ。


 「ん?」

 効果音ミスってないか。


 サソリは雑魚モンスターらしい。だから、生物の威厳である「咆哮」をしない。だけどそんなサソリも、「キシャアアアアアア」と叫んでいる。


「まあ、はじめにしてはよくできたんじゃない」

 サナはそう評価した。ぺちっ、がだ。


「えっ、なんか、しょぼくない?」

「はじめは、誰だってそうだよ」


 えっ。でも、なんか。

 期待全部裏切られた感じ。なんかやだ。もうやりたくない。


「......もっとこう、ぐわあああああああああああああああっ、みたいな」

「えっと、こういう感じかしら。見てて」


 サナは右腕を前方へと突き出した。リングを中心に、真っ赤な光が煌めく。


「はっ!」


 巨大な魔法陣が一瞬、展開される。その円は長く伸び、弾道を予測して描かれる。


 刹那。

 猛烈な爆発が、渓谷の底で起きる。ぐわああっ、と谷から咆哮が聞こえる。あのミミズが顔を出したのか。そして、接近してきていた「ぺちっサソリ」が爆風で転けた。


「......これ。これしたい。これやりたい」


 えっまじですごい、えっ、すごすぎない!?


 言葉を失いながら、手を叩く彼女に尊敬のまなざしと、教えてくださいの従順ポーズ。なるべく愛玩動物に近い動作を心掛けた。


「えっと、現実を突きつけるようで悪いけど、これやるまでに最短一年かかるね」


 ......できないことだらけだ。だから、関係性を、大事に......。

「クソッたりゃああああああああああああああああああああああああ‼」

「ぺちっサソリ」を、力任せに蹴り飛ばす——。

 

 きいいぃん。

 えっ、何この音。硬い。ほんで痛い。

 骨が、折れる。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああッ‼」

 想像を絶する痛みを感じながら、脚を抑える。折れた、折れたッ!


「ああ、<クロム>の皮膚強度を侮っちゃだめだよ。そこらの鉄より硬いんだ」

「くそおおおおおおおおおッ‼」


 俺は力任せに、転がる<クロム>のほうに手のひらを向けて、ありったけの気力をつぎ込む。


「はあああああああっ‼」

 手のひらに、水色の魔法陣が映る。


「あれっ、それは、水魔法の......」

 サナが何か言っているのが聞こえるが、ボイスがすぐにシャットアウトされた。


 魔法陣が二枚重なる。その直径は、非常に小さいものであったが。弾道を予測する線が投影されると、刹那。


 <クロム>が、身体の内から爆発した——!

 

「ざまああああああああああああああああああああああああああああああああああみろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおくそったりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 からんからん。なんと無様な姿でしょう。殻だけになった<クロム>君。ふふっ、硬いのは外だけか。外カリ中フワが許されるのはたこ焼きだけだっ!


 死してなお、脚に痛みを残すとは。いい度胸をしているではないか。


 ......まだ足りない。

 まだ、何かできる。ゲームで得た知識だ。戦利ボーナスは、得られる分だけわしづかみする。

 

 着弾痕はクレーターのように抉れた地面になっていた。その中でごろごろ転がして、崖の端まで運ぶと、「よいしょ」といって、その殻を谷に放りこんだ。


 ——谷には、まだ奴がいる。たたき起こされて不機嫌な、あの。

 

 ゴオオオン。鈍い音がする。「グワアア」という、ミミズの断末魔も聞こえる。

 二キル。今日のキルリーダーは俺だっ!


「<プロファー>の頭に、殻が貫通してる......」


 地面からひょっこり顔を出したミミズは、頭部に<クロム>の超絶硬い甲殻が直撃し、砂を掘るための柔らかな皮膚を貫通していた。動く気配はない。


「——あなた、この谷で、二体もの生物の首を取った......すごいね、すごいよ!」

 

 サナが俺の腕を握って、すごくうれしそうな表情でこちらを見ていた。非常に至近距離で、彼女の息が顔にかかる。


「ねえ、どうやってやったの? いつから<クロム>は水魔法が苦手だって知ってたの?」


 ようやく平静を取り戻したところで。

 えっ。

 どうやってやったの、と、聞かれましても。


「あれは、水魔法だったんですか。いや、よくわからないですけど、とりあえず、ありったけの力を放出して......」

「中級水魔術を、初見で使いこなすなんて‼ すごい、えっ、ねえ、本当に<オミニポテンの悪戯>でここに来た人?」


 とりあえず、初心者が使いこなしてはいけない魔術を使ってしまったみたいだ。

 ただ、あのサソリのあほみたいに硬い外殻に怪我を負わされて、怒りのまま放っただけだ。


「——すごい! すごい!」

 彼女は飛び跳ねる。その過程で、断崖に地震が発生する。胸元に、タンクトップのような生地を押して上下する皮膚が見られた。

 とりあえず、すごいことをしたらしい。


「そ、そうですか?」

 俺は浮かれて、フォーティスのほうに視線をやる。


「どうだ、見たか今の!」

「きゅいっ!(なにがすごいん)」


 ——あっ、すみません。調子こいて。


 動物の声が、聞こえるような感じがする。さっきもそうだった。この世界では、動物と会話ができるのかもしれない。


 実際、サナがしているところを見たことがないので、あくまでも仮説だが。


「<クロム>は、ああして魔法で倒したときは中身が吹き飛んじゃうから、戦利品として得られるのは、あの立派な鋏と外殻だけなんだよね。駆け出し冒険者におすすめだよ。簡単な装備なら、あの素材で製造できるし。まあ、今回の戦果として最も優れているものは、あの<プロファー>の肉、かな」

 サナは戦果を発表した。


「肉? あれも食べられるんですか」

「トルトルより断然いい歯ごたえがして絶品なんだ。でも、なかなか地上に出てこなくてね。爆破魔法とかでおびき出したりできるんだけど、肉も燃やしちゃうから採集が難しくて。自分で食べなくても、商店で売ればいい値段になるよ。1カル、だいたい1500ナマスくらいになるかなあ」


 またわからない単位が出てきた。しかし、いちいち反応していてはキリがない。あとで聞こう。


「地面に埋まってる部分は採集が不可能だから、いま谷底に露出している部位だけ剝ぎ取れるよ。あれくらいのサイズだったら、だいたい200カル、300000ナマスになるか。いい金額になるね、あれで装備を整えることもできる」


 サナはフォーティスに騎乗すると、「乗って!」と言った。俺は尻尾伝いに騎乗すると、ブサイクバードは崖に向けて走り、崖から......飛び降りた!


「うわああああああっ」


 ——なんだか、楽しくなってきた。

 できないことだらけだったけど、今さっきは、少しうまくいった。

 少しうまくいくだけで、こんなにもうれしいのか。

 現実世界では体験できなかった「成功」を味わった気がした。

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