第三話:「冒険者の申請を出そう」

 そろそろ、チュートリアルに入るところだろうか。


 準備はしっかりしたつもりだ。すっかりあのコワモテの店主ガロンとは顔を見知ってしまったし、サナからはある程度の生きるための知識を叩き込んでくれた。

 キャラクター選択は終了した。もう、後戻りはできない。


 俺は、この世界の一人間。チュートリアルの少年Aになったのだ。


 口元の違和感をぬぐって、扉を開く。

 からんからん。と、蝶番に連動した鈴がなる。


「冒険者ギルドにようこそ! あなたは新人さんかな?」


 待ち番号札を拾う代わりに、なんとも露出度の高い服装を来た女性が目の前に立ちはだかる。サナも少し露出度高くないか、と感じる薄着をしていた。


 ほぼタンクトップ一丁みたいな。だけれど、この女性は、おそらく仕事用の正装を着ているだろうに、胸元があえて裂かれて、優美なその双子山を見せつけてくるようだ。


 理性にしたがって視線を上げていくと、そこには整った顔立ちの「お姉さん」がいた。柔らかで瞳の外縁は綺麗な正円だ。


 お〇ぱいでっか。

 

 現実世界でも、異世界でも、これがザビッゲストお〇ぱいではないか。

 凄まじいオーラを放っている。

 俺では、それに触ることすら許されない......!


「あーっと、すみません、聞こえますかー?」

 はっ。


 我に返る。

 だいぶ時間が過ぎてしまったようだ。いけない。


「あっ、すみません。ぼーっとしてしまった。えーと、冒険者になりたいんですが」


 俺の理性はフル稼働して、彼女とやっと話せる。現地人であるサナがいないために、少し緊張している。


 ......サナは、冒険者ギルドの中まではついてきてくれなかった。そういうものは、自分でやれ、ということだろうか。一応待っててくれてはいるので、申請はとっとと終わらせて合流しなくてはならない。


「噂の新人さんね! オーケー。じゃあこの紙に必要事項を記入して、あそこのカウンターまで来て!」


 誰もいないカウンターを指す。彼女が話し終えると、ゆっくりとそのカウンターまで歩き、中に入った。


 俺は急いで記入を始める。


 ......記入? あれ、ペンがある。ボールペンやシャープペンなどの便利なものではないが、鉛のようなものが先端についた木の棒が「ペン」とされていた。


 持ちにくさはあるものの、これを「鉛筆」と言っていいほどのクオリティがある。とがっていないから、非常に書きづらそうだが。


「......あれっ」

 そういえば、日本語で書いていいのだろうか。

 ここは、日本国ではない。異世界である。

 プリンピウム王国の、都市セントラムの冒険者ギルド建物1Fだ。

 ......日本語が通じるわけがない。

 

 しまった、サナに聞くのを忘れた!

 そういえば筆記があったのだ。言葉が喋れるから、てっきり文字もすうっと入ってくるものだろうと、調子に乗っていた。


 焦っている俺が見つけたのは、書き方、みたいなのが書かれた板であった。


 ——なんだこれ。


 象形文字と楔形文字を足して2で割らない感じのぐちゃぐちゃな文字がそこには刻まれていた。


 まずい。ピンチだ。ピンチ。


 読ませる気のない文字だ。サンスクリット語のほうがまだ優しい。

 この世界の人物は、このアラビア語よりも無茶苦茶な文字を鉛筆で記入しているというのか?

 全く信じられなかった。

 

「——おっ」

 刹那。


 鉛筆、だと思っていたその棒状のものは、紫色の光を帯びて、申込用紙に降りかかる。小さな粒子の粒が、記入欄に言葉として変形していく。


「......できてしまった」


 ピンチの後には、普通、チャンスだろ。

 まあ、ある意味、チャンスではあるが。

 

 象形文字と楔形文字を足して2で割らない感じの、サンスクリット語のほうがまだ優しい文字で、申請書が完成した。

 

 不思議なものだ、これも魔法というやつだろうか。

 というか、不思議なものだ、で片付けてはいけない気がする。


 とりあえず、提出しよう。

 何が書かれたのかは、知らんが。


「——あっ、なるほど......まあ、冒険者に適する人格ですね......」


 さっき、あれほどまでに陽気に対応してくれた優美なお姉さんは、ドン引きした様子で申請書を受理した。


 ——何が書いてあるんだ。

 自分で書いたのにそう思ってしまった。


「これは、お返しします。正式に受理しましたので、あちらの任務リストに戦闘技術について教授してほしい旨の依頼書を書いて待機してください。ある程度の実戦経験を得られたところで、再度このカウンターに訪れ、最終審査の申請をしてください。一定数最終審査申請者が出たところで、最終審査を行います。詳しい説明は、先輩冒険者から聞いてくださいね。以上です、お疲れさまでした!」


「ありがとうございました」

 とりあえず、ひと段落ついた。


 戦闘技術について享受してほしい旨の依頼書は、とりあえずパスができる。


 なぜなら、幸運にも降り立った地で出会った人材が、意外にも非常に優れた人間であったからだ。

 サナ。彼女は、冒険者ギルドでも一目置かれる存在らしい。


 ☆

「......なにじろじろ見てるの」

 おっと、怒られてしまった。


「すみません。つい、こんなに簡単に通ってしまうとは、思ってなくて」

「申請だけは簡単よ。申請だけはね。あくまで仮免許だから。申請したところで何もできないし」

「ですので、いろいろ教えてもらいたいんですよ」


 路地裏で、彼女は壁にもたれながら、「紙、書いたでしょ、少し見せて」と言った。

「返してくれたでしょ。文章での適性診断とかしてもらってるから、それを参考にしようと思ってね」

 

 あっ。

 紙を、見せなきゃならないのか。


 別に、やましいことは何もない。ただ、文字がわからないので、勝手に書かれたその紙に何が書かれていたのか気になるだけだ。


「——はい」

「少し見るから」

 

 彼女はA4ほどのサイズの紙を上から下にゆっくり見ていった。

 下に視線がいくにつれ、彼女の顔はおぞましいものへと変形していった。


「......ごめんなさい、そんな、人間だったと思わなくて」

「なに書いてあったんですか詳しく教えてください」


 ゆっくりと彼女の足が動く音がした。逃げようとしている。

 ちょっと待って、少し待ってください。


「あの、俺、文字読めないから」

「ええ、それにしても、酷い内容だけれど......」


 彼女の頬が真っ赤に染まりつつある。......一体俺は何を書いてしまったんだっ!


 ☆


 名前:イオリ

 年齢:17歳

 住所:(彼女曰く、ぐしゃぐしゃで読めない)

 特技:トルトルの背中に生えた草の味の良し悪しを見極められること

 冒険者になってしたいこと:美しい女性を捕まえていろいろするため

 冒険者のなりたいジョブ:後衛魔法戦士

 尊敬する冒険者:お姉さんのおっ〇いでっか。サナちゃんのとは一線を画しte


 ☆


 ......。


「あっ......」

 明らかに、サナとは心と体の距離ができた。

 

 俺だって、そんな文章、書いた覚えはない。今になってようやく、受付のお姉さんの表情の理由がわかってきたことを、後悔している。


「えっと、そんなつもりで書いたわけじゃ」

「あのペンは自分の考えていることが率直に書かれるの。<スクリブ>っていう魔法がかかってる。だから、本心なはずだけど......」

「......こういうときって、どうやったら信頼回復できますかね」


 無理だよ。サナはそんな顔で、胸元を手で抑えて、俺と距離をとった。それを詰めれる精神的余裕も、俺にはなくて。


 気まずい空気が流れた。申請書が、風に流れて、どこかへと飛んで行ってしまった。

 少し時間がたって、サナが口を開いた。


「......一線を、画して......?」

 ......ん? 一線を画して、って、さっきの、俺の発言に触れているのだろうか。


「ええと、どういうことですか」

 サナは俺に尋ねるような口調で、再度言ってきた。


「私......そんなに......一線を画してたの......」

 とんとん。彼女は、胸を抑える手を振るわせた。


 一線を画して?

 胸の大きさのことか?

 

 あのペンには<スクリブ>という魔法がかけられていて、率直な想いがそのまま書かれるらしい。だから、あの紙に書かれていることが、率直な想いだ。


「あの受付嬢さんはすごかったですね。もうなんですか、二大巨頭! みたいな。あれだったら、男いくらでも引っかかりますね。この世界も、たぶん生物は大きければ大きいほど強いはず。つまり、大きいは正義なんです。小さいのも優秀だ! とか、巷でほざいてるやついますけど、お前らには目がないのか、と。小さいのは、文字として『貧乳』と書く。そう、貧しい! 貧しいんですよ! 乏しい。明らかな劣等感を認めているも同じだ! 大きいは正義だッ!」


 いつのまにか語り口に熱が入ってしまった。急いで「あっ、すみません、場を取り乱してしまいました」と、謝罪をいれる。


 しかし。そのころには、時すでに遅し。

「......大きいは正義......男いくらでも引っかかりますね......」


 サナは、繰り返し俺の答弁をつぶやいた。彼女の顔は、まさに死んでいた。ゆっくりと、サナのほうへと視界を回す。

 

 そこには、どこまでも広がる、「平原」があった。

「......あー、えっと、小さいのもありだと思うんですよ」


 ——サナが俺の前から逃げだした。

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