第二話:「憧れの冒険者ライフには、「死」がつきものです」

「あなた、相当な覚悟があるんだ」

「ありますよ。何もないので、どうなったっていいんで」


 ブサイクバードに騎乗しながら、冒険者になる覚悟を決めた俺に、サナはいろいろ教授してくれる。


「まずこの世界の地理から説明しないとだね」

 

 大陸が全部で三つ。それらに挟まれるように島国が点々と。彼女の説明では、この世界の地図はそんな形だという。


 中央に巨大な大陸があり、それを中央大陸と言う。彼女の街「セントラム」は、中央大陸で一番南に位置する港湾都市。日本がある地球とは違い、南極に行けばいくほど寒くなるわけではないらしい。空を見上げて、光点を探しても、太陽はどうやら二つある。大小の差が激しめだ。


 そして、冒険者になるために抑えておく知識として、冒険者はその都市ごとの冒険者ギルドに所属する。基本的には行政が出す任務などをこなしながら気ままに暮らせるという。自由度はほかの職と比べて段違いらしい。ただ、防人として国を防衛する役割もあるといい、中央大陸南部全域を支配する「プリンピウム」という国の軍人として強制動員させられるらしい。中央大陸だけで三つの大国があり、全世界に広げると二十二か国もの国家が存在する。それらは対立していたり、友好関係を結んでいたり様々だ。


 一般に、北にいけばいくほど「危険」だという。中央大陸最北端に位置する巨大軍事国家<エバーソル>は、そこに生息する生物も人間も、すべてが「危険」だという。


「普通に冒険者として生活していれば、そんなところには行かずに一生を終えると思うけど、一応抑えておいて。南部はすごく治安がいいけど、それでも少し北に行けば危険だから」


 彼女はフォーティスを乗りこなし、時速80kmで緩やかにカーブする。浅い沼地を抜けて開けた土地に出ると、そこには巨大な岩が立ち並ぶ渓谷地帯が形成されていた。


「あとは、この土地に住まう生命たちの説明だけかな。あなたがさっき乗り上げてたのが、トルトルっていう草食『巨獣』よ。あれはまだ若い個体が集まった群れだったから、あまりそう感じなかったかもしれないけど、成長すれば300ソルくらいのサイズになるの」


「......300ソル...」

 単位がわからない。


「ああ、そうか。ええとね、私の身長がだいたい164シルくらい。124シルで1ソル。だから、単純に私の背丈の三百倍くらいのサイズだね」

「なるほど」


 164シル。これは、そのまま164cmに換算してよさそうだ。ただ、単位が繰り上がる数字が異なる。124シル.....124cmで、1ソル。1mくらいか。300ソル、だったら、360メートルくらいの計算か。異世界と単位が似通っているとは、現実世界の度量衡は素晴らしい。


 360m。流石異世界の生物というだけか、空母とタメを張りそうだ。もはや、驚く暇もない。


「シル、ソル、メル。これくらいでサイズは表現できるようになったかな」

 124で単位が変わるのが慣れないが、おおよそのサイズがわかれば何とかなりそうだ。


「この地域の生態系は面白いの。乾いた気候だから、植物があまり生えなくて。草食動物はほとんど沼地に生息するわ。だから、こういった渓谷には肉食獣を喰らう肉食獣が多い。食物連鎖による緻密な自然が形成されている」


 高低差が激しい谷の底を見ると、小さ目のサソリのようなものが、巨大な口を開けるミミズのような生物に飲まれていくのが見えた。


「<プロファー>は谷の底の残飯処理班よ。柔らかい砂の中を移動して、上を歩く動物を飲み込むの。ここからだと小さく見えるけど、地面に埋まっている分を含めると、とても大きくて長い生物なの」


 あのミミズは、プロファーと言うらしい。この谷での、頂点捕食者だろうか。


「だけどね」


 目の前を何かが豪速で通過していった。俺は驚いて、谷の底のほうへと視線をやる。


「<レイトニクス>の前だと、手も足も出ないの。プリンピウムの国内だと、あれが一番強い生物かな。ここらの頂点捕食者なの。さっきのトルトルの群れを襲ったのもあいつ。食物連鎖の頂点に立つくせに、やけに個体が多いから、うちのギルドでも手を焼いているんだ」


 きゅいん。何かが吸い込まれる音がしてから、谷の底で大爆発が起こる。——熱線のようなものを、口から吐いた。爆音に耳を詰まらせ、<プロファー>がその身体を地からはいずりだす。その隙を<レイトニクス>は逃さない。その強靭な両爪で身体を掻き切ると、ひっかけて、空高く飛翔していく。


「あいつは、視力が極端に減退していて、動くものしか捉えられないんだ。その代わり鼻が利くから、こうして獣の臭いを纏っておかないと、私たちが襲われちゃうよ」


 おおん。意識しないでいたのに、強烈な獣臭が彼女から漂ってきた。


「生物の説明はこれくらいにしておくよ。これからたくさんを見るだろうからね。さて、この谷を抜ければ、私たちの街はすぐそこ。それまでに、フォーティスの最高速を見せちゃおうか」


 サナは「つかまって」といって、俺の手を自身の腰に回した。柔らかな感触がする。おおん。


「いくわよ!」


 彼女がリングにそっと指を置くと、青白い光が飛び出し、ブサイクバードに降りかかる。「キュウウッ!」と奴が咆哮をしてから、周りの景色が消える。


「うわああああっ‼」


 谷の周囲を全速力で駆けていく奴の最高速は、実に時速200kmに到達する。地上最速の竜脚を味わいながら、胃の中の液体を出せるだけ出した。


 




 

 <中央大陸の南端。港湾都市セントラム>


「うわあ」


 口の中の気持ち悪いのがすべて取っ払われるほど、目の前に広がる街に唖然としていた。

 そこには、純度の低い鉄で作られた壁で囲まれる、中規模の街が広がっているのだ。


「セントラムにようこそ! 私の街よ、案内するわ」


 サナに引っ張られるままに、俺は街の中へと入っていく。地面は石畳——ではない。まだ、未舗装道路が続いているが、住居こそ木造のものから、石造りのものに変化していっている。港湾都市ということもあり、東西に細長い都市の南側へは、果てしない海が広がり、帆が張られた船舶が、木造の船着き場に停泊していた。下手なつくりの木箱を運ぶ船乗りの姿。この都市は、海上貿易で栄える街なのだ。


「ここがメインストリート。ほしいものは何でもそろうわ。冒険者ギルドは、そこの角ね」


 多くの人が行き違う。彼らはオレンジに染まる衣服を肌の上から着用しており、靴も履いていた。


 そして、冒険者ギルドの建物を見やる。ひときわ大きい建物で、看板に剣と盾のマークがある。そういえば、サナの胸元にも、同じマークの缶バッチみたいなのがあった。


「お兄ちゃんよお、見慣れねえ服だな。どっから来たんだ?」


 突然、がっしりとした体躯のおっさんに話しかけられる。


 ——ひええ、なんもないですって。あるのはハスの花とでっけえ建物が刻まれた硬い石だけで。


「ガロン。そのコワモテ直してから客引きして」

「おっと、サナのお出ましかあ。——悪い悪い、あまりにも見かけねえ服装だなと思ってな」


 サナちゃんはかわいいし、ときに強い。巨体の兄ちゃんを、いともたやすくやっつけてみせた。


「旅の途中に仕入れておいたほうがいいんじゃねえか兄ちゃん。うちは何でもそろってるぜ。例えば——トルトルの胸肉とか......」


 トルトル......! 奴にはお世話になった。


 これはサナが悪い。サナが、肛門がないから排出物はすべて体表の草に出るんだ、なんて言わなければ、トルトルはかわいい牛(亀)のままだったのだ。

 異世界にきて三回目のゲロは、もはや胃液以外何もなかった。すりすりと背中をさすってくるサナが怖い。


「あなた、本当にたくさん吐くのね」

「うう...気持ち悪い出来事ばっかりだからですうろろろろ」


 トルトルの真実。そしてブサイクバードの振動騎乗。本当に冒険者として生活できるのか、怪しくなってきたところだ。


「と、トルトルになにか嫌な思い出でもあるのか......? こいつの肉は焼いても煮てもすげえうまいのに」


 ガロン、という名のコワモテ黒人店主は、盛大に下水道へ吐き散らかす俺を見て、ずっと、「なんでだ?」と言っていた。


 何度でも説明してやる。

 あいつは、背中からう〇こすんだ。知らん俺はそれ、食ってしまった。


 思い出すたびに濁流と化していく、ゲロ。


「彼、トルトルの背中に生えてる草、食べちゃったみたいで」

「はあ⁉ あれに上って、食ったのか⁉ ......どうやってはさておいても、なぜ食うという判断を......」

「わからないけど。冒険者になりたいなら、いちいちゲロってられないのに」

「うお、冒険者になりたいのか。なら、トルトルの真実くらいでゲロってたら、到底身が持たねえぞ」


 ......はいはい。草食ってしまって、ゲロってしまってすみません。

 冒険者への道のりは、厳しい。

 

 

 

 

 

 

 ■この世界についてわかったこと


 <トルトル>

 大型の草食獣。亀をそのままデカくしたような見た目をしていて、湿地に生息している。攻撃手段を持たない温厚な巨獣。

 基本、小さめの水草しか食べない。どうやってその少ない食料で身体を維持しているのか、は、プリンピウム帝国科学院の長年の研究対象となっている。

 サナ曰く、360mにも上る巨大な個体も確認されているらしい。ほぼ、原子力空母のサイズ感である。

 このあたりの頂点捕食者<レイトニクス>が天敵で、いつもはその背中を太陽に向け、背中で草原にカムフラージュしている。

 ただ、擬態に失敗した個体が群れの中に現れると、一斉に全速力で駆け出し、逃避行に出ることがある。

 肉は、栄養分がたっぷりらしい。今度、食ってみたい。

 擬態に使う背中は、ぱっと見草原と勘違いしてしまうくらいに生物感がない。ただ、触れてみると拍動や体熱などを感じる。

 重要情報として、奴には排泄する機関が備わっていないという。そのために、背中の草原から排出物を放出するらしい。

 つまりは、あの草原は体毛。硬い背中の外殻は、ケツ、ということになる。

 ケツ毛、長すぎだろ。

 耳寄り情報として、背中の草原は、一度引き抜かれると、二度と生え変わらない。また、痛点があるために、引き抜かれると大暴れする。

 ——禿げ散らかした個体がいたら、今度、謝罪しておこう。

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