第一章「冒険者に俺はなる編」

第一話:「ゲームみたいな世界にきました。狂喜乱舞の構え」

ひょんなことから異世界に飛ばされてしまった――。

ただ、やるべき事なら分かっている。状況把握だ。いまは、ブサイクバードに乗らせてもらいながら近くの集落に移動している。


おおん。獣臭がすごい。


異世界にきて初めて出会う人間だ。見た目は、ぼんやり地球人っぽいものをしているが。


おおん。獣臭がすごい。


まだ欠片も見てはいないが、おそらくこの世界は、狩猟による獲得経済がまだ根付く世界。日本の時代区分で言えば縄文から弥生にかけてくらいだろうか。ただ、彼女の装備を見る限り、磨製石器だ革命だ、と、騒いでいる次元では無さそうだ。


比較的軽装備の少女は、胸元の鉄製(?)プレート以外は、簡素な布で作った程度の薄着。白い肌が露出しまくっている。それがえろいこと、えろいこと。


ただ。全くそういう目で見られないのは、彼女から漂う、えげつない獣臭があるからだ。


おおん。


「さっきはあんなに喜んでいたが――、まあ、ともかく、リミティット地方に無事たどり着けてよかった。よくトルトルの背中にしがみついていられたね」


少女は俺に話しかけてきた。まるっきり日本語なので、抵抗はあるが、コミュニケーションはとっておく。


「初めは草原に立ってると思ってました」

「彼らは普段は草原に扮して天敵から隠れているんだ。天敵は、さっきの空を飛んでる竜ね。あるはずみで群れのひとりが敵に見つかると、群れ全体でああして大逃走するの」

「へえ。あと、とても背中の草が美味しかったです。あれって食料とかにしているんですか?」

唐辛子ときゅうりをミキサーした味。刺激的だがとても新鮮だった。


「ええ!? あれ食べたの!? あれは、人間でいう体毛だよ! それだけですめばよかったんだけど、トルトルは排泄する穴がないから、体の不純物を出す場所が背中の体毛、草むらだけになるの。ーーまあ、栄養分たっぷりって言われれば、そうかもだけど……って、あれ、大丈夫?」


安心してください。吐いてますよ。

強烈な後味を噛み締めながら、ブサイクバードに揺られ、俺は運ばれる。


今までで、分かったことをまとめておく。

この世界は、巨大な生物と、小さな人間が共存する世界で。

狩猟採集が中心の、文明未発達の世界。

ただ、助けてくれた少女は、金属製の腕輪を填めていて、手から魔法を放った……。

この世界には、どうやら魔法が存在するらしい。

巨大な飛竜をも、ズタズタに切り裂いてしまう魔法。


――もしかしたら、現代日本より、発達しているのかもしれない。

口元に垂れる胃液を拭き取りながら、目標を立てた。


たぶん、俺は他の地方から尋ねてきた旅人、という扱いになっている。服もしっかりカジュアルいので、異国の服装と判断されたのだろう。


だとすれば、集落に行き、ある程度の装備を整え、冒険者的なものに、雇ってもらえや、しないだろうか。たとえば、強さを求めてこの地に来た。だとか。


なんにしろ、この世界で、一人で生きて行くためには、職が必要だ。調理師でも雑用でも、給料が無ければ食料や装備も調達出来まい。


「あっ、申し遅れたね。私の名前はサナ。セントラムで冒険者をやってる。今日はたまたま、任務の途中で、トルトルの背中に乗ってたあなたを見つけたの」

「さっきはありがとうございました」


 サナちゃん。俺と同じ年くらいだろうか。外見は「可愛げな高校生」に違わない。身長は割りと高めで、172の俺と大差がない。食器を洗う音が聞こえてくるくらいには、出るところが出ていない身体であるが、がっしりとした筋肉は必要量引き締まっており、大変揺れがひどいブサイクバードでも難なく騎乗ができている。


「すごいですね、あれだけデカい竜を、一撃で」

「まあね。一応、セントラム随一の切断魔法使いだから。私がいれば、この沼地も横断できるわ。幸運ね、旅人さん」


 彼女は非の打ちどころのない美しい笑顔で、俺に微笑んでみせた。腕にはめたリングがきらりと光る。


「ところで、あなたはどこから来たの? 方角的にエーキュラー諸島のほうからかな。あれでも、あそこの人こんな服着てたっけ」


 俺の身体をじろじろ見つめて、出身を探る。だが、エーキュラー諸島出身ではない。極東の島国、日本国愛知県名古屋市在住......いや住んでいた、高畠伊織という者だ。イオリ、という名前が一般的なのか知らないが飲み込んでくれた。だが、住所を述べたところで「どこだよそれ」になるに決まっている。


「ええと。俺、どこから来たのか、よくわからないんです」


 変にオキノトリ島から来ましたイオリデス! というのも、後々粗が出て恥ずかしい思いをするだけだ。素直に、そう言った。


「ええ、わからない? まあそうだね、あなたの服、見たことないものだし」

 彼女は俺の服を摩りながら、「そういう人、よくいるんだよ」と言った。


「よくいる?」

「ええ。ある日突然この地に迷い込んでしまった、っていう人間が。彼らは言語が通じるのに、服装とか文化がまるで違う。そういう事象に巻き込まれたことを、<オミニポテンの悪戯>って言うんだ。あなたも、そうかもね」


 オミニポテンの悪戯だ。多分それで俺はこの世界にやってきてしまった......!


 のではない。

 そうやって物語チックに捉えられて光栄だが、あの怪しげな飲料に口をつけたことによって、俺はこの世界に飛んでしまった。


 彼女は、よくいる、と言った。おそらくは、彼らもこの世界に飛ばされた人間。異世界に転移したのは、俺だけではないのかもしれない。


「ええと、落ち着いて聞いてね。......フォーティス、速度を落として」


 フォーティスは、二足で走る脚の回転速度を落とした。


「<オミニポテンの悪戯>っていうのはね、この世界の創造主<オミニポテン>っていう極悪人がたくさんの奴隷を過激な拷問で殺したことがもとの出来事なの。<オミニポテンの悪戯>で迷い込んだ人間は......あくまで言い伝えだよ、だけど——」

 彼女はそっとつぶやいた。


「誰でさえ、二十日以内には、狂乱状態になって自殺してしまうの」


 ——自殺。


 ああ、そういうことか。

 突然の環境変化に耐えられないのは、動物園に展示されるような生物に留まらず、人間だってそうだ。

 順応できずに、死んでいく。


「あっ、ごめんね。あくまで言い伝えだからってのも、あるから......」


 ある種の生命維持の、タイムリミットではないとするならば、それは単なる精神的な問題だ、と形容しても、いいのではないだろうか。


 雲行きが怪しくなってきたところで、俺はそっと声を出す。


「どうやら、俺は<オミニポテンの悪戯>に巻き込まれてしまったみたいですね」

「なにも、そう決まったわけでは、ないけれど......」

「だったら、やりたいことがあります」


 あらかじめまとめておいた「目標」を引っ張り出してくる。

 ここは、巨大生物と小さな人類が共存する異世界。狩猟・採集の文化が根強い文明未発達の世界だ。

 ただ、現世の歴史とは違い、この世界には、魔法が存在する。そして、ゲームの設定のような、僅かな文明も芽を出している。

 せっかく、飛ばされたんだ。せっかく、ゲームの中の世界に入れたんだ。


 異世界転移のお決まりだ。

 現実世界より、少しイージーな難易度設定。

 そう、だろ?


「冒険者になりたいんです」

「......えっ」


 なってやる。昔から、ゲームは得意なんだ。ジャンルは問わなかったが、特に、サバイバルゲームが。

 今はまだ、駆け出しだけれど。チュートリアルをとっとと終わらせて、この世界で、充実した暮らしを。


 魔法と巨大生物と、文明未発達の世界で、サバイバルしてやる!


「......ムズいよ?」


 ......ムズい? 略語? あれ?


「採用試験とかも、あるけど。うちの街は」

「......どこも、そんな感じですよ」

「じゃあ、まず、私の街に来て。そこで、あなたのするべきことを教えるわ。あと、変な覚悟で行かないでね。最後に——」


 彼女は真顔で、こう言うのだ。


「えっと、同じ冒険者志望の人を一人殺すのが、最終条件だから」


 ......殺す?

 えっ。

 そんなに、ムズいの?


 どこがイージーなの。

 えっ、どこがイージーなの。


 ——俺の過酷な異世界生活が始まりました。

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