このゲームみたいな異世界でなら!
あまねりん
プロローグ:ゲームの世界に転移してしまったんだが
ああ、何やっても駄目だ。
己の無力を覚えたのは、十七の時だった。何に打ち込んでも突出した能力を得られなかったのだ。長期継続することができなかった。極端な飽き性で、唯一続けられたものといえば、幼いころから楽しんでいたゲームくらいだった。
ゲームができて、何が凄いの?
根っからのゲーム根絶派である母は、そう俺に吐き捨てた。俺もおかしなことを言ったものだ、俺にはゲームがある、と、反抗したときに言ってしまったのだ。
プロとして食っていく......だとか、プログラムする人に回る......だとか、見苦しい言い訳を連ねながら、当の本人は、作られたものを楽しむだけの、何の努力もしない、根っからのクズ人間だったのだ。その、俺の心を母は見透かした。
でも、ゲーム以外なにをやってもうまくいかない特殊スキル持ちの俺は、運動にしろ、勉強にしろ、何をやってもできなかった。才能もなければ体力もない。そして、メンタルも弱い。三重苦を抱える俺は、今日もうつろな目をして歩道を歩いている。
チッ。
ゲームは、遊びの範疇なのかよ......。
ゲームスキルで、俺の右に出る者はいない。そう断言できるほど、俺の初期スキルはゲームに極振りされていた。
ゲームしかできないなら、ゲームで生きていけばいいじゃないか。
そんな空虚な妄想が通るほど、この世界は甘くない。散々なテストの結果が刻まれたプリントを怒りのまま丸めながら、路地裏に見える自販機に備え付けられた、ごみ箱に投げ入れる。
「......ん?」
......この道路は、俺がいつも通学路に使っているところだ。この前まで、あったっけ......。不発だった紙爆弾を回収しに戻る途中、目の前にそびえる自販機に視線を這わせた。
怪しげな自販機だ。見たことのない飲料メーカーのロゴが書いてある。売ってあるものはシンプルで、コークのような清涼炭酸水が二種類ほど。あとは水だったり、コーヒーだったりで、全十種類ほどの販売だった。一般的な自販機が二十五種類ほど売っているのを見ると、やけにこだわった商品セレクトであった、その自販機。
高校生は決してお金に余裕があるわけではない。今月は、大手メーカーが出す期待の大作続編が出る告知があるために、軍資金をチャージしていたところだ。そんなところ、百六十円の出費は、かなり痛い。
だけれど。うまく脳みそも回っていなかったのか。
——それとも、謎の力に引き寄せられたのか。
からんからん、といい、取り出し口に出てくるペットボトルを拾った。そして、開栓。ぷしゅ、という音とともに、嗅いだことのない、スパークルな匂いが嗅覚を刺激する。
そのまま、中身を飲んだ―—。
☆
「......あっ」
舌に痛烈な痛みを感じて、瞬きした。もう一度開くころには、無機質なコンクリートの床や、目の前にそびえる自販機が消えて、果たしてこれほどまでに大きくあっていいのか、と思えるほどに巨大な草原が、目の前に広がっていた。
手元から、ペットボトルは消えていた。塾帰りのラフな私服と、靴。自分の身体。そして、余った小銭が数枚。
眼を擦った。痛くなるほどまでに擦った。
「......えっ」
どこだ......ここ。
夢でも見ているのだろうか。意識を失って、いま、夢の中?
―—こういうときは、自分の頬をつねってみる。どこかのアニメとかで見たからだ。試しに頬を痛くなるほどまでに引っ張る。
視界は緑一色のままだ。
「......待って、待って」
あたり一面を見渡す。端から端まで草原だ。
地面に触れる。水がいきわたった健康な草が生えている。
「......まさか......異世界?」
隠しカメラが見つかったとたんに、俺はこれまでないほどに狂乱してやろうと思った。だが一方、異世界だと見間違えるほど精巧につくられたセットに、感激する。
―—少し、長くないか。種明かしまでに。俺は地面に座ったまま、青空を見上げていた。空模様は日本と同じものをしている。明らかにスコールが降ってきそうな、じめじめした熱帯気候ではない。清々しい風が吹く、夏の草原であった。
―—異世界だ。やばい異世界だどうしよう。
俺は錯乱しないように、ずっと小銭を握っていた。ハスの花がマンドラゴラになったりとかしてないよね、と逐一確認した。ハスの花だった。平等院鳳凰堂が手元にあるうちは、まだ、正気をもっていられる。
勝手に今の状況をまとめてみた。
異世界に転移するには、必ずトリガーが必要だ。
俺の場合、トリガーについては明らかだ。飲み物を飲んだ。
畜生、よく確認して飲めばよかった。ラベルの模様がまるで浮かんでこない。
そして、このだだっぴろいあほみたいな草原。鳥などが飛ぶ気配はない。地面に触れると、少し温かみを感じる。殺風景とはこのことを指すのだ。高低差がひどい丘が連なり、盛り土の向こうが見えない。
―—あったけえ。
もうハスの花と平等院鳳凰堂だけでは、俺の狂気を抑えることはできない。この超閉鎖的空間に閉じ込められた俺のストレスは、長年蓄積してきたストレスと変形合体すると、化学反応を起こした。
土を食おうとしているところを、何とか自制した。草は、抑えきれなかった。
別にまずくない。
食える草だ。もっと言うと、キュウリに唐辛子をミキサーした味がする。
現実世界では、犬猫に糞尿垂らされて病原菌まみれだろうが。
この草はうまい。雑草に価値がある世界に歓迎された。
長らく、この地面の暖かさが気になった。非常にホットだ。お風呂くらいホットである。まるで、生物の体に寝そべっているように感じられた。
生物の身体に寝そべっているように感じられた......?
刹那。俺の身体は上方向に吹っ飛ばされる。
「うわあああああああああああああああああああッ‼」
丘が動き出す。——丘が動き出した! 変に反応する暇もなく、すごい速度で地面が動く。
地面が拍動している。これは、動物だっ。
「——モオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼」
牛......?
牛のボイスを加工してデジベルをあげるだけあげたような爆音が響いて、それは駆けだす。俺は振り落とされないように地面を確認した。先ほどまで草原だと思っていたその地形は、この牛のような巨大生物の背中だったのだ。本当の地面はぬかるんでいて、泥まみれの、沼地だった。ぺしっ、と巨大な脚が踏んだ泥が、すぐ近くまで跳ね上がった。
「——速い...ッ!」
すごい速度で移動している。まるで何かから逃げるように。
巨大な(圧倒的に亀のような見た目をしているが暫定)牛が、横十縦十くらいの群れで逃げている。
どこかのファンタジー映画で言っていた。生き物が群れをなして、これだけの速度で移動する行為。それは、天敵に狙われているときにしか、行わない。
「うわっ」
牛たちが衝突する。そのはずみで、引っ張っていた草が引き抜ける。新たな草を握って、振り落とされないようにしがみつく。
「——グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼」
......咆哮。それは牛(亀)のものではない。別種の、そして轟音だ。俺は反射的に走る牛の後方を見た。
「——マジかよッ!」
トカゲに、翼を引っ付けた.......。猛禽類のような外観をしていて、顔は白亜紀後期の恐竜チックの。それは宙を滑空しながら、最後尾の牛の背中に張り付く。
「......っ」
マリンブルー色の、とがった瞳。頂点捕食者のプライドをひけらかしながら、その竜は牛の背中、草原を、鋭利な脚の爪でひっかいた。
「——グウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ」
ぴしゃっ、と青い液体が飛び散り、竜は抉れた傷口に己の脚を突っ込む。グリップさせると、そのまま両翼をはばたかせ、上昇する。最後尾から三体ほど挟んだところにいる俺(の牛)にも届くほどの風圧だ。
「......えっ」
牛(亀)は、この揺れと移動速度から逆算しても、推定100tはあるだろう。その巨体を、竜は持ち上げた。高く、高くまで引っ張る。太陽を隠さんとしたところで、竜は、持ち上げたものを、離した。
「——うわっ」
ドゴン。巨大な衝撃波が群れを襲う。
――あの巨体を、空に持ち上げ、落下させただと......?
その竜は、滑空しながら、なお逃走を続ける群れを見やった。
「——やべえ」
「グワアアアアアアアアアアアアアアッ‼」
巨大な咆哮を、俺に飛ばす。凄まじい速度で接近する竜は、口先に水色の閃光を迸らせた。魔法陣が渦巻く。
「......」
死んだ。だって、絶対に避けれないから。
予測線のようなものが描かれた。青のラインで、それは、俺の眉間を突き刺している。たとえそれが火球のようなものであろうと、小さな弾丸のようなビームであろうと、俺は死ぬ。
痛みをこらえる覚悟は、最後の最後までできなかった。錯乱した心情でも、最後に走馬灯を見る余裕は、あった―—。
「伏せてッ‼」
誰かの声が聞こえた。
刹那。
「グアアアアアアアッ!!!!!」
飛竜は空中で分解された。胴体、脚、首。赤色の血をドレッシングに、沼地へと落下していく。
―—ざま見ろ!
と、言えるだけの余裕もなかった。
「モオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼」
「あっ、」
牛が急制動をかけた。油断していた俺は、草を引きちぎって、吹き飛ばされた――。
「おっとと、ここらか、よし――‼」
がしっ。誰かに掴まれる。柔らかな低反発生地に包まれ、生き延びた。もっともっと、赤さんのようにわめく暇も与えられず、俺は地面へと降ろされる。
「うおっ」
「キイッ」
降りた途端、目の前に鳥獣の顔がクローズアップされる。
「ああ、そいつはフォーティス。怖そうな顔してるけど、雑食性で人間は食べないの。安心して、歯がないから噛まれてもいたくないわ」
フォーティス......。
オオカミとダチョウとペリカンを混ぜたような、まとめればラプトルの見た目をしている鳥獣種だ。幼稚園生向けに表現するなら、ブサイクバードである。
「えっと、その」
ゆっくりと視線を上昇させる。そこには、ブサイクバードに乗りながら、こちらを見ている少女の姿がある。白色で、碧い髪をしている。高めの身長に、細めながらもがっしりとした筋肉があるルックス。きりっと吊り上がった眉に碧の眼、端正な顔立ちの、幼いボブカットの髪型を見せる、狩人の少女......。一言で言うなら、かわいい。重要な評価項目として「ボンキュッボン」があるが、ぱっと見た感じ、「キュッキュッキュッ」で皿洗いの音がするくらいの容姿だ。出るとこ出てない、というと、ほぼ悪口であるので、あまり言わない。
異世界人だ。外見こそ地球人に通じるものがあるが、漂う獣臭や、その特殊な髪と目の色。日本人ではない。
―—っ。
俺はいったい、どんな世界に迷い込んでしまったのか。
「......ここは、どこですか」
そっと、つぶやく。
「ああ、ここは中央大陸南海岸、貿易要衝都市セントラムからおおよそ20ノル離れた沼地だ。ようこそ、リミティット地方へ! トルトルの群れに襲われて災難だったな、怪我はないかっ」
―—ニホンゴが、つうじる。
でも、決して、喜ばしい状況ではないことは、確かだ。
望まぬ異世界転移。
巨大な生物が闊歩する、謎の世界。
まるで、ゲームの中のような、世界。
「......クソっ」
昨日まで、学校に通っていたのに。
昨日まで、日本にいたのに。
今は。モンスターが渦巻く、異世界へと。
ゲーム。ゲーム。ゲームの世界。
たぶんもう、戻れないんだ。あの世界には。
でも。
ゲームの中に入ることは......本望だ。
「——どうしたんだ」
少女はブサイクバードから降りると、俺のすぐそばに来た。鼓膜をかっぴらいている。そんなところ、申しわけなかったと思っている。
「——よっしゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ゲームのような、異世界生活が、始まる。
――
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