この冒険者パーティーは何かが足りない
あまねりん
プロローグ
突然、俺は異世界へと転移してしまった。
「......えっ」
夢でも見ているのだろうか。
意識を失って、いま、俺は夢の中なのか。
夢にしては、やけに精巧につくられた感覚である。気持ちの良い風あたりが違和感を抱えさせる。
こういうときは、自分の頬をつねってみるのが鉄板である。どこかのアニメとかで見た手法だ。試しに頬を痛くなるほどまでに引っ張る。
夢ではなかった。
視界は緑一色のままだ。
俺はノーマルな高校生だった。ノーマルな服を着て、ノーマルな顔をして、ノーマルな人生を送っている、そんな人間だった。
塾帰りの、少し暗めの時間帯。
長時間の学習で身体が疲労していたのか。
それとも、あてのない世界に失望していたのか。
いずれにせよ、不注意であったことに、変わりはないが。
真冬の、雪が降りしきる交差点で、スリップしてきた乗用車に衝突した。
一瞬の痛みを覚えて、気づけば、この世界にやってきてしまった。
そんなに吹っ飛ばされた覚えはない。
ただ、車のバンパーに直撃して、気づけばここにいたのだ。
もしかしたら死んだのかもしれない。
だが。
一瞬だけ、視界を全て覆うほどの巨大な閃光と、謎の言語が刻まれた、魔法陣を見た。まるで、死にかけだった俺を、誰かが救ったかのようだった。
そんなありえない出来事を信じたくはないが、 まだ帰れないと決まった訳では無いし、簡単に絶望したくない。
転移、ということにしておいた。
「......待って、待って」
あたり一面を見渡す。端から端まで草原だ。
地面に触れる。水がいきわたった健康な草が生えている。
異世界に、召喚されたのだ。
そして、このだだっぴろい草原。鳥などが飛ぶ気配はない。まるで、人間の描いた「夢の中の世界」というものが、そこに広がっていた。
はじめ、夢の中かと勘違いしたのは、あまりにも視界に流入する情報が少なすぎるからだ。
しかし、あまりにも感触が本物に近すぎる。
地面に触れると、少し温かみを感じる。
あまりにも雑草一つ一つがみずみずしいために、俺は少しばかり、口にしてみた。
別にまずくない。
食える草だ。もっと言うと、キュウリに唐辛子をミキサーした味がする。
現実世界では、犬猫に糞尿垂らされて病原菌まみれだろうが。
長らく、この地面の暖かさが気になった。非常にホットだ。お風呂くらいホットである。
まるで、生物の体温のように感じられた。
気づけば、少し拍動も感じられる。
だが。草原そのものが生命体だなんて、いくら何でも無茶苦茶すぎる。
俺は信じなかった。
刹那。
俺の身体は上方向に吹っ飛ばされる。
「うわあああああああああああああああああああッ‼」
丘が動き出した! 反応する暇もなく、途轍もない速度で地面が動く。
地面が拍動を起こしている。これは、生物である。
「——モオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼」
牛......?
何倍にも周波数が拡幅された爆音が響いて、それは駆けだす。
俺は振り落とされないように地面を確認した。先ほどまで草原だと思っていたその地形は、この牛のような巨大生物の背中だったのだ。
本当の地面はぬかるんでいて、泥まみれの、沼地だった。ぺしっ、と巨大な脚が踏んだ泥が、すぐ近くまで跳ね上がった。全力疾走をしている。
「——速い...ッ!」
すごい速度で移動している。まるで何かから逃げるように。
巨大な(圧倒的に亀のような見た目をしているが暫定)牛が、横十縦十くらいの群れで逃げている。
一体突然どうしたというのか。何とかしがみつきながら、周囲の状況を調べる。
どこかのファンタジー映画で言っていた。生き物が群れをなして、これだけの速度で移動する行為。それは、天敵に狙われているときにしか、行わない。
「うわっ」
牛たちが衝突する。そのはずみで、引っ張っていた草が引き抜ける。新たな草を握って、振り落とされないようにしがみつく。
「——グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼」
......咆哮。それは牛(亀)のものではない。別種の、そして轟音だ。俺は反射的に走る牛の後方を見た。
「——マジかよッ!」
トカゲに、翼を引っ付けたような外観をしている。顔は白亜紀後期の恐竜チックの。それは宙を滑空しながら、最後尾の牛の背中に張り付く。
「......っ」
マリンブルー色の、とがった瞳。頂点捕食者のプライドをひけらかしながら、その竜は牛の背中、草原を、鋭利な脚の爪でひっかいた。
「——グウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ」
ぴしゃっ、と青い液体が飛び散り、竜は抉れた傷口に己の脚を突っ込む。グリップさせると、そのまま両翼をはばたかせ、上昇する。
最後尾から三体ほど挟んだところにいる俺(の牛)にも届くほどの風圧だ。
「......えっ」
牛(亀)は、この揺れと移動速度から逆算しても、推定100tはあるだろう。その巨体を、竜は持ち上げた。高く、高くまで引っ張る。
太陽を隠さんとしたところで、竜は、持ち上げたものを、離した。
「——うわっ」
ドゴン。巨大な衝撃波が群れを襲う。
あの巨体を、空に持ち上げ、落下させただと......?
その竜は、滑空しながら、なお逃走を続ける群れを見やった。
「——やべえ」
「グワアアアアアアアアアアアアアアッ‼」
巨大な咆哮を、俺に飛ばす。凄まじい速度で接近する竜は、口先に水色の閃光を迸らせた。魔法陣が渦巻く。
「......」
死んだ。だって、絶対に避けれないから。
予測線のようなものが描かれた。青のラインで、それは、俺の眉間を突き刺している。
たとえそれが火球のようなものであろうと、小さな弾丸のようなビームであろうと、俺は死ぬ――。
「伏せてッ‼」
誰かの声が聞こえた。
刹那。
「グアアアアアアアッ!!!!!」
飛竜は空中で分解された。胴体、脚、首。赤色の血をドレッシングに、沼地へと落下していく。
「モオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼」
「あっ、」
牛が急制動をかけた。油断していた俺は大きく吹き飛ばされた。
☆
「うわあああああああああああっ」
「おっとと、待ってよ――‼」
がしっ。誰かに掴まれる。
柔らかな低反発生地に包まれ、生き延びた。
「ナイスキャッチだね」
もっともっと、赤さんのようにわめく暇も与えられず、俺は地面へと降ろされる。
「うおっ」
「キイッ」
降りた途端、目の前に鳥獣の顔がクローズアップされる。
「ああ、そいつはフォーティス。怖そうな顔してるけど、雑食性で人間は食べないの。安心して、歯がないから噛まれてもいたくない」
......。
「えっと、その」
ゆっくりと視線を上昇させる。そこには、フォーティスに乗りながら、こちらを見ている少女の姿がある。
白色で、碧い髪をしている。高めの身長に、細めながらもがっしりとした筋肉があるルックス。
きりっと吊り上がった眉に碧の眼、端正な顔立ちの、幼いボブカットの髪型を見せる、狩人の少女......。
一言で言うなら、かわいい。
重要な評価項目として「ボンキュッボン」があるが、ぱっと見た感じ、「キュッキュッキュッ」で皿洗いの音がするくらいの容姿だ。
異世界人だ。外見こそ地球人に通じるものがあるが、漂う獣臭や、その特殊な髪と目の色。日本人ではない。
―—っ。
俺はいったい、どんな世界に迷い込んでしまったのか。
「......ここは、どこですか」
そっと、つぶやく。
「ああ、ここは中央大陸南海岸、貿易要衝都市セントラムからおおよそ20ノル離れた沼地だよ。ようこそ、リミティット地方へ! トルトルの群れに襲われて災難だったね、怪我はない?」
ニホンゴが、つうじる。
でも、決して、喜ばしい状況ではないことは、確かだ。
ここは、異世界。
巨大な生物が闊歩する、謎の世界。
突然の転移からの異世界生活が、いま始まる......!
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