section 24 蒼真の決断

「母さん、騒がないでくれ、静かにしてくれよ!」

 蒼真は壁を向いたまま、

「同情なんか嬉しくない! そんなものは要らない! 早く帰れ、二度と来るな! 君を見たくない、会うのが辛いんだ。はっきり言うぞ、別れよう、それしかない! 僕にかまわず自分の道を選べ、僕なんか忘れろ、捨てろ! 由紀だけは不幸になるな!」

 哀しい叫びが続いた。

「そんなに怒って泣かないで機嫌を直してください」

 涙を拭こうとした由紀の手を蒼真は乱暴に払ったが、「痛っ!!」、大声を出した。「あっ! 動いた! 動いた!」、由紀は抱きついた。


 不用意に腰を動かした激痛で叫んだ蒼真に、

「痛いのは生きている証拠です。父は意識がない蒼真さんの胸の十字を見たそうです。そしてわかってくれました。父から聞きましたが、リハビリは1カ月から3カ月がいちばん大事で、この回復期に個人のレベルに合わせてリハビリすると、動けるようになると言いました。蒼真さんは完全麻痺じゃなくて不完全麻痺なので、立てるようになると言ってます。そして筋肉がしっかりしているから、必ず自分で歩けると信じてます。お父さま、お母さま、私に蒼真さんを誘拐させてください、お願いします」


 蒼真は静かに由紀の話を聞いていたが、

「待ってくれ、君はこんな男と結婚しても何ひとついいことはない。収入はない、あっても僅かだ。父親になれるかどうかもわからない、君の荷物になるだけだ。今なら君は違う道を選べる、どこかの誰かと幸せになれるはずだ。そう考えないのか? 僕は君を守り通しただけで十分だ。頼むから別れてくれ、君が不幸になる。いいか、もっと冷静になれ、感情でなく理性で考えろ! 君と過ごした日々は楽しかった。だから君の荷物になりたくない! それをわかってくれ!」

「何を言いたいのでしょうか? 私は決めました。卒業したら必ず蒼真さんに戻って来ます。蒼真さんがいれば私は不幸ではありません。そんな心配するより、早く動けるようになりましょうよ。私は諦めません。蒼真さんこそ冷静に考えてください」


「君とご両親の気持ちはよくわかったが、1日だけ時間をくれ、考えさせてくれ」

「いいですよ、でも私はここにいます」

「イヤだ、出て行けよ! 一人で考えたい」

「ダメです、出て行きません、ずっとここにいます」

 ふーっ、動けない俺にあのセリフはなんだ! あいつはいつの間にあんなイジワル女になったんだ? これじゃあ逃げられない。クソーッ、腹を立てた蒼真はあいつの顔なんて見たくない! もっと悪態をつこうと思わず寝返りを打って激痛に襲われ、再び「痛い!」と叫んだ。

「ほら、動けるでしょ、意気地なし!」

 なんだと! 動けない俺に言いたい放題だ。さらに腹が立った蒼真は、由紀を引き寄せて乱暴にキスして離さなかった。

 ふたりからボロボロと涙が零れ落ちた。「お父さん、あとは由紀ちゃんに任せましょう」と蒼真の母は病室を後にした。


 蒼真の父はすぐ由紀の父に電話した。

「ご心配でしょうが蒼真くんを私に預けてくれませんか。必ず立って歩けるようにして、ご両親にお返しいたします。由紀は蒼真くんが例え車イスでも一緒に暮したいと言いました。私と娘の我儘をどうぞ許していただけませんか。娘の命を二度も救ってくれたからではありません。私も娘と同じように蒼真くんが好きなのです。どうぞお願いします、仙台でお待ちしています」

 由紀の父は遠くの電話に頭を下げた。


 翌朝、蒼真は仙台で厄介になると両親に告げた。

「由紀から地獄のリハビリだと脅かされた。どこまでやれるかわからないが、由紀に騙されてみるよ。父さんや母さんが泊まれるように改築して、僕のためにバリアフリーの平屋を用意してくださったと聞いた。仙台で頑張ってみる」

「お前の気持ちはわかった。由紀ちゃんのご両親に大きな負担をかけて申し訳ないが、それがいちばんいいだろう。ところで由紀ちゃんはどこだ? もう帰ったのか?」

 ここです! 布団をめくると由紀は丸くなって睡眠中だった。

「由紀は1晩中必死で僕を口説きました。君が不幸になる、僕を捨てろと何度も言ったけど、あいつはまったくブレなかった。そのうち、眼が半分ふさがって眠そうになり、失礼しますとベッドに潜り込んでバタンと寝ました。そんなやつなんです」

「まあ、よく眠ってること、本当に呆れちゃったわ!」

 口を押さえた蒼真の母は笑いが止まらなかった。

「蒼真、そうするか。由紀ちゃんのお父さんと話したが、信頼できる人だと思った。時々顔を出すから、お前は頑張るしかないだろう。母さんは大賛成だ。由紀ちゃんの部屋が母さんの宿になるそうだ。お前が自殺するかも知れないと心配したが、由紀ちゃんには負けたよ。いい人に出会ったな。出会うべくして巡り逢ったようだ。蒼真、頑張れよ」

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