section 13 赤い糸で結ばれた
「少し歩こう」、耳元で呟いて部屋に誘った。緊張した表情の由紀に、
「君が好きだ。恋人になりたい、本当の恋人にしてくれるか」
抱え上げてキスを続ける蒼真に、「痛い、苦しいです」と由紀が呟いた。ベッドに運び、「本当に恋人だな」と言ったら眼を閉じて頷いた。この子は初めてだろう、心と体を傷つけたくない、優しく服を脱がした。
「怖がらないでじっとして」
真っ白な胸に十字の傷痕がひときわ鮮やかに見えた。アソコを隠すことすら知らない無垢な裸を眺めて、蒼真は気持ちが揺らいだ。
「これから僕が何をするかわかるか? 後悔しないか?」
「わかります、家で医学書を見ました。怖いけど、蒼真さんだったら幸せです」
その言葉だけで十分だった。小さな乳房にキスして、
「少し痛いかも知れないけど、ガマンしてくれるか。ほら、力を抜いてだらんとして。僕は恋人だ」
蒼真は優しく重なった。ゴールの瞬間、ギュッと眼を閉じた由紀が可愛すぎた。この子は痛いだけで何もわからないだろう。しかし俺はどんな女を抱いたときよりも燃えた。ああ、やっとひとつになれた。
「大丈夫か? 痛かったらゴメンね。僕は最高に嬉しい! 君を好きになって本当の恋人になれた、ありがとう!」
「あの~ ツーンとして熱っぽいです。でも幸せです」
うっすらと涙を浮かべた由紀に、寒くないかと訊いたが、
「いいえ、何だか温かいです。幸せのまま眠りたいからずっとこのままで……」
そんな由紀が可愛くてセーブ不能になった蒼真は、ぼんやり微睡んでいる恋人に、
「お願いだ、もう一度抱きたい。君が欲しくてガマンできない、限界だ!」
再びゴールめがけて幾度もドリブルした。この子が欲しくてたまらない! 嵐のような攻撃に、由紀はのけぞってぐったりした。ごめん、こんなに夢中になってメチャクチャしたのは初めてだ。好きというより愛してる! ごめんな、俺は幸せだ!
由紀が微かに動いた。起きたのかと思ったら、薄く眼を開いてまた眠りに落ちた。蒼真は腕の中のこの温かいカタマリが不思議なことに懐かしく感じた。くそーっ、呪わしい朝が来た。由紀の胸の傷痕をなぞっていたら眼を覚ました。
「ごめん、僕はムチャしてしまった。驚いたか? 痛くないか?」
「うん? 少し治ったみたいです」
「幸せに眠れたかい? 君を抱いて眠っている僕は幸せだったよ。おいで、シャワーを浴びよう」
「見ないで、恥ずかしいです」
由紀を洗おうとしたら、すっと背を向けた。さっきまで裸だったじゃないか、なぜ恥ずかしい? 恥ずかしいと言う由紀が可愛くて、蒼真は身体中から湧き上がる灼熱の激情にふらついた。ああ、もうダメだ! ベッドへ運び、
「今度は絶対にムチャしない、約束する。だからお願いだ。本当にもう一度だけ抱きたい」
眼を閉じた由紀に重なって、懐かしいぬくもりに包まれて少し眠った。
いけねぇ、こんな時間だ。童女の顔で眠っている由紀をしばらく眺めて、起こした。
「時間はいいのか、もう10時だ。帰したくないけど練習があるんだろ? モーニングに行こう」
ボーッとしている由紀に服を着せていると、またアレがバリバリ元気になって顔を出そうとした。こら、ダメだ、ガマンしろ。もうゲームオーバーだ。恋人になったばかりの由紀を壊したくない、オマエは厚かましく出しゃばるな! 全力で宥めた。
「大学は休みだから時間があったら私の部屋に来て、ピアノの後半を聴いてくれませんか」
肩を抱いて由紀の部屋へ向かう蒼真は、こんな気持ちになったことはない、この子をマジに好きになったと思った。
「ショパンですがとっても軽やかな“華麗なる大円舞曲”と、ショパンが愛する女性に語りかける“ピアノ協奏曲第1番”を聴いてください。すごく切ない旋律です。
蒼真からキスされてピアノに向かった。大円舞曲は貴族たちが優雅に踊る曲かと想像したが違った。よく聴くあれかと思い出した途端、旋律はハイテンポに急変して、そのリズミカルなメロディが新鮮に感じた。次の曲はいきなり短い音からスタートして長い音に変わり、長短つけて音を揺らす繰り返しが続いて、やるせないほど切ない響きが伝わった。
ふと見ると、由紀は涙を零しながら、譜面を見ないで体を揺らして弾いていた。心が痛くなる旋律だ。そうか、吉田先生が言っていた由紀だけの感性か…… 俺は泣いてしまった。弾き終わった由紀が不思議な顔で俺を見つめた。ピアニストは長い時間を弾き続ける体力も必要なのか、初めてわかった。
「この曲がひどく哀しいんで、つい泣いてしまったけど、僕を泣かすほど君は上手いよ。どうして君は泣いてたんだ?」
「ショパンが愛の言葉すら言えずに別れた痛みで、この曲を作りました。青春の悩める心の揺らぎなんです。好きでも好きと言えない、言ったら拒絶されるかも知れない、だから言えない、でも愛している。そんな想いを抱いて弾くと切なくて……」
「ピアノを知らない僕が泣くほど心がジーンと震えたよ。よく帰って来たね、辛かったか? 苦しかったか?」
「ううん、蒼真さんとロンドンで会えて、いっぱい励まされたから少し楽になりました。ヘタでもいいから心で弾きたい、そう思ったの」
心配させまいと明るい顔でそう言うが、たった一人で絶望して苦しんでいたじゃないか、また泣けて来た。
「どうしたんです、そんな哀しい顔して泣かないで」
小さな手で抱きしめられた。俺の調子づいたアレがまた顔を出しそうで、必死で堪えた。
「さあ、駄々っ子みたいに泣かないで、吉田先生を呼んで来てくれますか。先生の宿題があったんです」
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