5話 アキバハラでお仕事 5

 他のゲームも気になったが、「じゃあ、行きましょうか、メイド喫茶へ」と言われ、本来の目的を思い出した。

 そうだ。今日はひおさんぽの聖地巡礼のために来ていたのだ。

 ゲーセンを出て、皇の道案内についていく。

 ついたのは、ビルの一階だった。ステンドグラスのガラスが嵌め込まれた扉の上に「メイド喫茶みぃみぃ」の看板がどんと貼られている。ここだ。

 扉を開くと……。


「おかえりなさいませ、お嬢様、ご主人様〜!」


 可愛いメイドちゃんたちがお決まりのセリフをいって迎えてくれた。可愛い! これが、元祖ジャパニーズ・萌え!!

 このメイド喫茶のポイントは、メイド服が少し和風であるところだ。袖のところが着物風になっている。内装も大正時代のカフェをモチーフにしているらしく、黒と赤でレトロな雰囲気に統一されていてシックである。

 和風イズロマン!


 ツインテールのメイドちゃんに接待されて、緋王様が頼んでいたジンジャーエールとオムライスを頼んだ。

 向かいに座る皇は、メガネと前髪ですっかり美しい顔が隠れてしまっていた。歩いている最中に直してしまったのである。


「さっきみたいに、顔、みせてください」


「いいのですが、昨日の約束は今日も有効ですか?」


 約束。私の要求で顔を見せた回数だけ、皇の質問に答えるというものだ。


「いいですよ」


「わかりました。では、二つ質問させてもらいます」


 そう言って、皇はメガネをとった。前髪を少し掻き、右に流す。

 ……う。好き……。完璧すぎる……。こんなに好みの顔が目の前にいていいのだろうか……。

 向かいに座ってよかった。私は、穴が開くほどじっと見つめた。

 皇も、真っ直ぐに私を見つめ返してきた。


 質問は、「以前はどこに住んでいたのか」と、「日本文化のどういったところが好きか」だった。

 以前住んでいたところについてはフランスと答えておいた。

 日本文化の魅力をつらつらと語っていると、メイドちゃんがやってきた。


 「お待たせいたしましたぁ!」


 皇の顔を見て、一瞬、驚いたような顔になった。

 わかる。すごい変貌ぶりだし、とんでもなく美しいし、そうなる気持ち、わかる。

 しかしメイドちゃんはプロだった。

 取り乱すことなく、ことん、と私たちの目の前にまっさらなオムライスを置いてくれた。


「それではぁ〜! 萌え萌えの魔法をかけちゃいますっ! 行きますよ〜! 萌え萌え、きゅ〜ん!」


 掛け声と共に、メイドちゃんがオムライスの上に「萌え」とハートマークをケチャップで描いた。

 本当に、魔法のように上手い!


「きゅんきゅんパワーですっ! 美味しく召し上がれ〜!」


 メイドちゃんはハートの形の手を私に向けてくれた。萌え!

 同じように皇のオムライスにもアートが描かれる。皇はケチャップのチューブ口とオムライスとを眺めていた。

 メイドちゃんが去ると、「ケチャップの濃度と質量、空気抵抗を考えるとあれが適切な高さでした。計算し尽くされていますね」と呟いた。

 顔が見えているからだろうか。非常に知的に見えて、萌えてしまった……。

 理屈っぽい男――すなわち理系の男はあまり好みではないと思っていたのに。皇の顔に惹かれてから、白衣にも、理系的な考え方にも、つい萌えを感じてしまう。


「一緒に食事をするのは、はじめてですね」


 皇が微笑を浮かべて言った。

 たしかに。飲食全てがはじめてだ。この前は私が麦茶を飲んだだけだったし。


 はっ。あの時毒を盛ったが、私が萌えてしまったために失敗したのだ。

 皇の食事に毒を混ぜれば、皇が毒を回避した理由を知ることができる――あわよくば魂を狩れるのでは?

 私は、皇から目を逸らした。

 チャンスは、いかさねば。たとえ皇が死に、この顔が二度と見れなくなろうと、私にはもう、プリクラがある!

 いざ、本物の皇を手にかける!


 ことん、と私の前にジンジャエールが置かれた。皇の前には、緑茶が置かれた。私は皇から目を逸らしたまま、毒が皇の食べ物たちに混ざるように念じた。

 私は、スプーンを持った。皇も、スプーンを持って、オムライスに差し込んだ。

 私も、オムライスにスプーンを入れようとした、その時。

 皇の左手が、私のスプーンを持つ手を握った。


「待ってください。ライスに若干粘り気があります。おそらく、食中毒の類かと」


 ――めざとい……。

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