5話 アキバハラでお仕事 6

 そのあとは皇がさっさと店員に報告し、お代はいらないからと見送られる形となった。


「よくわかりましたね」


「小さい頃から色々な薬品をつかったり、飲食物で実験をしているので、匂いと質感には敏感で。よかったです、早めに気づいて」


 なるほど。だとすると毒は完全に、こいつには無効か……。

 まあ、その情報がわかったから今日はよしとしよう。


「他に行きたい場所やお店はありますか。食べたいものでも」


 他……。

 あ。

 

「お寿司。お寿司のテッペンに行きたいです」


 緋王様がアキバハラ巡りの最後に行き着いていたお店である。

 美味しいお寿司を食べながら、日本酒をクイっと飲んでいて、強く日本に憧れたのだ。

 

 ……が、テッペンは夜限定の店だったらしく、開いていなかった。無念……。


「お寿司なら、少し歩いたところに、もう一件あります。行ってみましょう」


 案内された店は、テッペンよりかなり階級の低い大衆向けの店のようだった。

 席数があったためにすんなり座れた。

 目の前で動いているものに、ハッとした。

 これは……。

 ジャパニーズ・回転寿司!

 レールの上に乗った寿司たちがくるくると動き回るのをぱっととって食べるタイプの寿司屋だ。ひおさんぽとは違う動画で見たことがある。

 さっそく、赤い魚の寿司が乗った皿が流れてきた。

 寿司の代表格、ジャパニーズ・マグロ!

 私は身を乗り出して、急いで皿を取った。やった……! 記念すべき一枚目の皿!

 たしか、これを醤油につけて……。


「いただきます」


 ひとくちで頬張ると、舌の上が魚の旨味で満ち満ちた。赤身らしいちょっとした血肉っぽさとわずかなお酢の風味が鼻から抜ける。おいしい!

 私は、気になったものを次から次へと手に取った。甘エビ、いくら、ねぎとろ、はまち、いか、たこ、蒸しエビ、ウニ……。

 2皿ずつ食べたところで、満足感が溢れた。酒を飲みたいと思っていたのに、なくても全然いけるじゃないか。流れていく寿司たちを見ていたら、もう一度マグロを食べたいかも、と思えてきた。


「……胃下垂ですか?」


 隣の皇の皿を見ると、10枚ほど――すなわち、私の3分の1ほどしか皿が重なっていなかった。私は神だから、人間のようにお腹がいっぱいになるなどということはないのだ。

 それより私が気になったのは、皇の顔だった。また前髪とメガネが戻ってしまっている!


「顔、出してください」


 さっとメガネを没収し、私の頭にかけた。


「では、もう一つ質問していいですか?」


 皇が前髪をかき上げて、私をみた。……きゅん。

 マグロを取ろうとしていた手が、つい止まってしまった。

 

「明日会う予定のご友人のことなのですが……。

 ……男性、ですか」


 ん?

 あぁ。そういえば、最初にそんな嘘をついていたんだった。

 真実は、どこにもなかった。皇の美しい顔は、険しかった。私の目を見て、答えをじっと待っている。


 くっ、顔がいい! そのせいで思考がいまいち固まらない。どう答えたらいいのだろう。

 ああもう! どう答えてもいいだろう。


「男性だったら、どうなのですか?」


 皇の唇がかすかに震えた。


「……僕は……」


「すみませぇん! お席、お時間です!」


 そういえば、2時間制と言っていたか。

 まだ食べたかったが、やむを得ない。

 外に出ると、カラスの権平が後ろから話しかけてきた。

 

「キル・リ・エルデ様。遅くなりまして申し訳ありません。男は現在、北海道のすすきのにいるとのことです」


 男――。あっ! 緋王様!!


「キルコさん、次は……」


「今日はもう時間が……!」


「わかりました」

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