4話 間接キスでお仕事 4

「ここなら、5度は低いと思います」


 案内されたのは、校舎の下だった。屋根のおかげか、たしかに5度は低いかもしれなかった。コンクリートの床もひんやりしていて気持ちいい。

 座って、「どうぞ」と隣をすすめる。

 皇は少しもじもじとしたが、人一人分あけた隣に腰掛けた。

 もらった麦茶を喉に流す。香ばしさがふわりと鼻から抜ける。


「美味しい」


「お口にあってよかったです。本当は、一番お勧めしたいのは緑茶なのですが、カフェインが入っている上に利尿作用があるので、水分補給には向いていないんです。なので、よければ後日、お渡ししてもいいですか? 昨日の、お礼に」


「お礼? なんのですか?」


「放課後のお礼です。僕に興味を持っていただいたみたいですし、お話も、ゲームも楽しかったですし、顔も褒めていただいて」


 なんで茶が好きかと聞いたかと思ったら、そういうことか。

 資料に、皇の家は大手飲料メーカーだと書いてあった。自分の家の製品を礼品として渡そうと考えたのだろう。

 このペットボトルには、なぜかラベルが貼られていないが。

 

 ……茶…………。

 

 閃いた。

 この茶の中に、毒を混ぜるのだ。

 東洋の死神が仕掛けた毒が回避された理由がわかるかもしれない。

 私は念じ、麦茶に毒を混ぜ込んだ。そして、皇に差し出した。


「おいしかったです。皇さんも、喉、乾いたでしょう。飲んでください」


「いえ、僕は、向こうに自分の水筒があるので……」


「これは、私のお礼です。受け取ってくれないのですか?」


 皇は俯き、しばし考えていたが、おそるおそるといった様子で受け取った。

 ペットボトルの中を、じっと見る。

 ……なんだ。警戒して確かめているのか?

 色も匂いも変化はないはず。怪しまれる要素はないはずだ。

 さあ、飲め。毒に気づくなら、その理由を見せてみろ。

 皇は、白いペットボトルの口に、薄い唇を近づけた。


 ――が。

 片手で額と前髪の生え際を握り、ハァ……と深いため息を吐き、うなだれた。

 そして、前髪をかきあげ、顕になった美しい顔を私に見せた。

 頬と耳が、赤らんでいる。

 萌え…………っ!!

 美しい顔が羞恥で赤くほてってくしゃりと歪み、日本酒のような甘美な色気が漏れ出して……っ!

 そんな、まさか……! かっこよく美しく可愛らしいだけでなく、色気まで出せるなんて――!!

 それにしても、ななななな、なんで!? なんで急に……!?

 皇の目が、私を捕えた。ドキリと心臓が鳴り、体が凍り付く。

 

「キルコさんは、大丈夫、ですか……?

 僕が飲んでしまうと、間接的に、唇が接触する状況になりますが……」


 …………そっ。


 それって……!


 か、か、間接キス――――――ッ!!

 

 こんな顔のいいうぶな男が、わ、わ、私の唇が触れたところに口をつける……!?

 唇が……皇の、くくく、唇が……!

 ああっ! その下に輝くほくろが、えっちに見える……!


 ………………くっ! だめだ!

 心臓が、持たない…………っ!!!!

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