3話 帰り道でお仕事 7
「か、顔が、好きだから……です…………」
は、恥ずかしい~~~~~~!
なんとか絞り出したのに……! 顔があげられない……!
頭から煙が出ているんじゃないかってくらい、顔が熱い……!
皇が動いたのが、視界の端に映った。ちらっと見ると、皇は、片手で顔を覆っていた。
見開いた目だけが見えて、あとは全部隠されてしまっている。
なんでだ! 好きだと言ったのに……! これでは見えない……!
はっ! そうだ、「顔を見たいから」と言えばよかったのだ……!
くそ、負けた……! 何にかはよくわからないが、私はひたすら巨大な敗北感の穴に堕ちていた。
「……それは、つまり、僕を…………」
皇の震える小さな声が聞こえた。だがその言葉は飲み込まれたようだった。
皇は顔から手を取り、立ち上がった。
「すみません。約束を破って、三つ目の質問をするところでした。枚数指定をお願いします」
枚数……。正直、もう、この顔が見えていれば何枚だって構わないが……!
「い、いち……」
「わかりました」
ふわ、と優しい風が吹いた。
公園の入り口に、黒光りの車が停まった。
「あ……。すみません。時間です」
黒いベンツは、細い道にぎゅうぎゅうになって止まっていた。
皇が乗るのかと思ったら、私が一人で乗るようにと言われた。
「僕は歩いて帰ります。暗くなってきましたので、ご自宅の前まで送らせてください。運転手に住所を伝えれば、そちらに向かいますので。それと」
皇が、鞄から水色のノートを取り出した。中を開き、その中に花びらを入れるように言われた。
「塩とお酢で花びらを数日漬けてお湯を注ぐと、桜茶になるので試してみてください。あと、昨日できなかった実験についてノートにまとめているので、これでレポートを完成させてください」
「どうも……」
車に乗り込もうとすると。
「待ってください」
振り向いた私の髪から、何かがふわりと舞った。
皇の指がやさしくつまむ。
それは、サクラの花びらだった。
「1枚取ったので、最後の質問、いいですか」
「え」
「キルコさん、とお呼びしてもいいですか。
頭の中で、ずっとキルコさんと呼んでいるので、皆と同じ苗字呼びにどうしても違和感を抱いてしまって」
「……な、なんでも……」
「よかった。キルコさん」
皇がほほ笑む。
ギュン! と心臓に矢が刺さった音がした。
心臓がバクバクする。
ほほ笑み、萌えっ!!!! 名前呼び、きゅん――っ!!!!!!
私の髪を、皇の長い指が撫でた。
さらりと髪が頬に流れる。
皇の指には、花びらがひとつつままれていた。
「すみません、もう一枚ついていたので。
おやすみなさい。……キルコさん」
扉が閉まる。窓の外の皇が、どんどん遠くなる。
彼は見えなくなるまで、私が乗った車を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます