3話 帰り道でお仕事 4

「では、聞きたいのですが」


「すみません、質問、どのくらいありますか」


「二つです」


「分かりました。少し待ってください」

 

 皇は、学生たちが流れていく右の道ではなく、左の道に足を向けた。そして、鞄から黒いスマホを取り出すと、もそもそとどこかに電話を掛けた。「40分後に、愛宕公園に迎えをお願いします」と聞こえた。

 少し歩くと、民家に囲まれた一角に小さな公園があった。目を見張った。一番奥に、大きなサクラが咲いていたのだ。

 吸い込まれるように公園に入る。

 サクラの下に入ると、優しい香りがふわりと香った。柔らかな風が花びらを地面に運び、足元は一面、ピンク色で埋め尽くされていた。

 

「咲いている時も美しいですが、終わりごろに地面が花びらで埋め尽くされている様子も美しいと思います。

 あ、ベンチ、どうぞ」


 サクラの下に木のベンチがあった。皇が花びらを払ったので、腰掛けた。真上からはらはらと、サクラの雨が降っていた。

 前方の砂場で、小学生らしき二人の子どもが子犬におやつらしきものを見せ、「待て!」と叫んでいた。


 「40分後に車を呼びましたので、それまで、よろしくお願いします」


 人一人分離れた場所に座った皇が、礼をする。

 ジャパニーズ・お辞儀。……きれいだ。

 

「では、質問させてもらいますが」


「すみません、その」


 Sit!!!!!!!!!!!

 何回私に「待て」をさせる気だ!!!!!!

 私は神! 犬ではないのだぞ!!

 怒りを飲み込み、皇を睨む。皇はどこかを見つめたまま、もじもじとしていた。


「僕も、聞きたいことがあるので、質問させてもらってもいいですか」


「いいですが、提案したのは私です。私から質問します」


「はい。どうぞ」


 やっとか。私はためにためていた一つ目の問いを投げた。

 

「ここに転校してきた日、案内をしてもらったでしょう。私はサクラに飛びこもうとあなたを誘いました。あの時、どうして一緒に飛び込んでくれたのですか?」


 あの時、私と一緒に飛び込んだということは、初めは少なからず私の洗脳が効いていた可能性がある。

 そうでなければ、飛び込むのをやめようと、はじめから私を止めていたはずだ。


「キ……エルデさんと飛び込んでみたいという興味が勝ったからです。興味あるものを検証したいと思う性分なので。

 それに、確実に死なない計算もできていましたから」


「死んでもいいとは思わなかったのですか」

 

「思いません。死んでしまうのは、悔しいではないですか」


「悔しい……?」


「この世界には、美しいものがたくさんあります。氷の結晶、味噌汁に浮かぶ六角形、適切な土の配合と太陽光を浴びて育ったサクラ、奇跡のような遺伝子配列……。

 まだ見ぬ美しいものがあるはずのこの世界から、それらと出会わずして退場するのは悔しい。だから、死なないための完璧な計算をしたんです。絶対に死なないし、エルデさんのことも傷つけないと確信したから、飛び込みました。これで、答えになりましたか?」


 ……ようするに、「悔しいから死にたくない」という強い負けず嫌いの気持ちによって、洗脳をはじき返した、ということか?

 これまで10年生き延びてきたのも、その気持ちがあったから……?

 なんだ、それは……。


「ひとまず分かりました。では、もう一つ。

 趣味は何ですか?」


「えっ……。

 気になったものと必要なものの研究、でしょうか」


「少女漫画や映画などは観たりしませんか?」


「物語は手に取りません」


「ご兄弟、ご家族の見ているものを一緒に、ということは?」


「ありません」


「では……どうして萌え台詞が言えるのですか?」


「え? 僕、何か言いましたか?」


 無自覚? 嘘だろう? 

 髪にサクラを刺して「美しいです」とほほ笑んだのも、「守っていいですか?」と言ったのも、無自覚?

 天然萌え言動製造機?

 強敵……。例を出してやめろと言っても、おそらく無駄だ。意図的に繰り出されてしまうのも困る。

 私は、「もういいです」と話を切り上げた。

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