2話 授業中にお仕事 6

 「あの」と言いながら、皇は顔を拭き、メガネをかけようとした。


 「かけないで!」


 皇は少しメガネを見つめたが、そっとメガネをたたんだ。


「わかりました。それより、本当に体調は大丈夫ですか。運んでいる時、呼吸が荒かったので、具合が悪かったのかと」


 そんなに、きこえるくらい荒かったのだろうか……!? 

 体の底から恥ずかしさがこみ上がり、私はうつむいた。


 「念のため、目を洗っておいた方がいいかと。痛くなくても、煙による影響で視力が落ちることもあるので。こちらにどうぞ」


 どきりとした。私は、激しく動揺していた。

 だが、おとなしく好きすぎる顔の隣に立った。


 ――くっ! 目が離せない!

 目を離すのがもったいない……!


 皇が「どうぞ」と言って蛇口をひねる。しばらく茫然と皇の顔を眺めていたが、もう一度「どうぞ」と促されたので、しぶしぶ水に目を移した。

 細く流れる水を掬い、私は思い切り顔にたたきつける。おかしいくらい、顔が熱くなっていた。何度水を叩きつけても熱が冷めない。


「そろそろいいと思います。タオルをどうぞ」


 受け取ったままふかふかのタオルに顔をうずめる。

 目を上げると、私の全てを見透かすような皇の瞳が、触れそうなほど近くから私をのぞき込んでいた。


「ひっ!?」


「あ……すみません。目が赤くなっていないか、確かめようと思って……。赤み、ないですね。よかったです。

 もう一つ、確かめたいことがあって。タオル、外してもらえますか」


 おずおずと、タオルを外す。――って、なんでこの私が、大人しく人間の言うことを聞いているんだ!

 

「……エルデさんには、希死念慮がありますか?」


 ――希死念慮。死にたいという願望?

 なぜ? あるはずがないが……。

 こんなに素晴らしい文化にあふれた日本にいる上に、こんなに顔のいい男を目の前にしながら、そんなことを思うわけがないだろう。

 そもそも私は死女神なのだし。死なないのだし。


「あの?」

 

「え? あ、ありませんが……」


 皇は真顔で私をじっと見つめていたが、ほっと目をつむった。


「よかったです。昨日から希死念慮を思わせる言動があったので、もしそうならカウンセリングを薦めようかと。

 そうでないなら、危険より興味を優先している、ということですね」


 先の行動はそうではないが、私の生き方としては、あながち間違ってはいない。そもそも神である私に危険など起こりえないし。

 

「生きとし生けるものは、興味に屈服してしまうものだと僕は思います。

 ですが、死んでしまったり、傷ついてしまったりしたら、その興味を解き明かすことはできません。

 

 なので、もしまたエルデさんが何かに興味を抱き、確かめたいことができたら……。

 

 僕が、守ってもいいですか?」

 

 …………ま、まも……?

 

 ………………も……。

 

 萌え――――――――っ!

 

 好きすぎる美しい顔プラス、甘い言葉……! 萌えすぎる!

 この男の存在が――この男が起こす現象すべてが、萌える……………………っ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る