2話 授業中にお仕事 3

「今日は三種類の化学平衡の実験をし、グラフを作成したのち、考察を記入してもらう」


 教員の長々とした説明ののち、豚どもが黙々とビーカーの中の薬品をフラスコに入れ始めた。

 おおかた、薬剤を混ぜて反応を見る、ということだとはわかったが、これの何が楽しいのだろう。

 現代国語が月であれば、こんな作業は、汚れた底なし沼に沈むスッポン……。やる気が出ない。


「あの」


 いつ間にか、隣に皇がいた。驚いて、「ひぇっ!?」と声が出た。


「手伝います」


「チクショウ、皇め……!」

「俺たちより6つ先の実験が終わってるんだっけか……」

「天才な上にうまいところを取りやがって……っ!」

「俺は見たぞ……わざわざ先生に交渉してエルデさんのお世話係になっていた!」

「くっ! ずるい! あのボンボンめっ!」


 豚どものひそひそ声に微塵も反応することなく、皇は一滴、二滴と液体を垂らしながら、じっとフラスコを見つめていた。


「変化しました。書いてください」


「どこに、何を?」


「ここです。10mlのところに点を打ってください。そこからは、20mlのところまで弧を描くように点を打ってください」


 すっと伸びてきた指を見て、どきりと胸が鳴った。

 長くて、きれい……。

 この指が、昨日、私の髪にサクラを……。

 ぶわっと顔が熱くなる。

 だめだ! こんなふうに萌えを思い出してしまっては、また手が動かなくなる……!

 私は首を振って言われた通りのことをやった。


「髪飾り……」


「え?」

 

「いえ。よかったです」


 皇はフラスコの中身をジャっと捨てて洗い流した。

 どうやら1つ目が終わったらしい。

 

 少し、いらりとした。

 なんなんだ。もそもそもそもそと。容姿とギャップでつい萌えてしまうが、この男は根暗。

 そう思ったら、萌えの気持ちが萎んでいくのを感じた。

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